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イタチの短編小説

ごめんなさい、おかあさん

作者: 板近 代

 起きていれば悪夢を見ないという話は、嘘である。





//2024年3月14日:いけすかないカフェにて//


 あいつは言った。


「最近、なんにもしていないのに泣きそうになるんだ。つらいことなんてなにもないのにさ」


 私はあいつに、なら泣けばいい、泣いてはならない理由なんてないだろう――――と言い返した。


 そうしたらあいつは私に、こう、返したんだ。


「泣かないよ。僕が泣いたらお母さんが心配する」


 私はなにも応えずに、煙草に火をつけた。

 それがあいつとの最後の会話だった。




//2024年3月27日:居心地の悪い葬式にて//


 あいつの母親は、こう、言った。


「きっと、あの子は寿命だったのよ。心のね」


 ひどくやつれた母親に私は…………なにを話したんだっけな。

 覚えてはいないけれど、土砂降りの雨でポケットの中の煙草を濡らしてしまったことは覚えている。家について、乾かすために、テーブルの上に煙草を並べていたら妙に寂しい気持ちになったんだっけ。




//2024年4月28日:いけすかないカフェにて//


 あの葬式に出席してから、知りもしない奴を知り合いと見間違えることが増えた。すれ違う他人が、知人に見えるのだ。


「ミルク砂糖はおつけしますか?」

「あ、ブラックでいいです」


 はじめは、数十人のうち一人くらい。ごくまれに勘違いする程度だった。


「かしこまりました」

「あと、灰皿をお願いできますか」


 それから少しづつ数が増え、今では、すれ違う人の五分の一程度が知り合いに見える。


「すみません、うち禁煙になりまして」

「ああ、そうですか。じゃあ、珈琲だけ」


 それは良い、改善らしい改善だ。禁煙にすれば客も増えるだろうし。


 私は二度と、来ないけど。




//いつか:あいつの墓にて//


 墓石に冷たい水をかけながら、在りし日の会話を思い出す。


「僕はさ、人間の精神は煙草みたい ものだと思うんだ」

「喫煙者への嫌味か?」

「嫌味なんかじゃ いよ。一回吸ったら、忘れられなくなる。でも煙草は燃えていくばかりで戻らないでしょう。消えてなくなる とに抗えない、まるで人生だ! 吸 ば吸うほど君の肺が黒く っていくのと同じだね」

「精神と肉体を同列に語るな」


 私は吸いかけの煙草を墓前に供える。きっと、喉の弱いあいつはあの世で咽ていることだろう。


「同じさ。精神医学は、隠して る。精神の余命もある程度正確にはかれることを。きっと、煙草の害を語るより簡単だよ?」

「悪いが、その話はやめてくれ。煙草がまずくなる」

「拗ねないでよ。 ら、謝るからさ」

「いらん。おまえの謝罪には心が籠っていない」


 ろくでもない思い出ばかりだ。

 なんでだろうな。

 私は一応おまえの……恋人だったのだけれど。


「なら、どう って謝ればいい? 君がひと月で煙 に使うお金を計算してあげようか? 借金、やばいんでしょ?」

「一回死んでみるのはどうだ」

「死 のは一回でい か ぁ」


 そうか、そうだよな。


 ああ。 


 おまえが今でも、こんな世の中に蘇りたくないと思っているならば。


 ゆっくりあの世で待っていてくれ。


「そん ことな って。ほん   いと   る ごめ 、ご んねってば」

「それが謝罪の言葉か?」

「ご んって        」

「おまえ、煽ってんだろ」

「あー              」

「煙草の本数が増えるのはな、おまえのせいだよ」


 私はチェーンスモーカーだからな。消す前に、次の一本に火をつけるんだよ。そうすれば、終わらない。終わらないはずだろう。


「            」


 だから、やめてくれよ。赦してくれよ。

 どうしておまえの言葉だけが、私の記憶から消えていくんだ。

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