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雪解け鳴らす花時雨  作者: 木創たつみ
吸血鬼事件編
16/27

第五話

 ……何か聞こえる。自分は今まで何をしていたか。どうにも手の辺りが変な感じがする。

「ん……ぅ」

 椅子に座った状態で、身を小さくよじりながらフユキは目を覚ました。――ここはどこだ? どこかの廃屋か倉庫のようだが、明かりは点いているため視界の確保はできた。そのまま立ち上がり周囲をよく確認しようとした……が、それはできなかった。椅子に座らされ、手首を後ろで、足首を椅子の足に縛られていたのだ。

 己の置かれた異質な状況に、今一度何が起こったのか振り返る。外に出ていて、男に襲われ、気絶した――ならばここには男が連れてきたのだろう。首元に痛みや異変はまだ感じておらず、連れ去られもしているが、吸血鬼事件の被害者が置かれた状況と概ね一致している。

 改めて周囲を確認しようと首を振ると。

「ようやく起きたか、無謀で無能なお姫様?」

 先程の黒服に鬼の面を付けた男だ。右手にスタンガンを持っている。そしてその声を、フユキはよく知っていた。

「アナタが吸血鬼事件の犯人ですね――穴達エンジさん」

 男が笑う気配がした。男は面へ手を伸ばすとそのままゆっくりと外し――穴達の素顔を顕にした。

「部屋に盗聴器を仕掛けておいて正解だった。この辺りの奴らは事件と警察を恐れて何もしないからと油断していたら、まさか外部からあれこれ立ち入る無粋な輩が現れたんだからな」

「穴達さん、どうして……!」

「どうして?」

 穴達は鼻で笑う。その目は侮蔑、蔑みを隠そうともせずフユキを見下ろす。

「こうやって被害者面すんだ、女ってのはどいつもこいつも救えねぇな。ま、オマエを最後にしてしばらくは身を引くつもりだったし、答えてやるよ。……昼間、オレは会社を辞めたと言ったな。あれは辞めたんじゃない、辞めさせられたんだ。股緩クソ女のせいでな……!」

 穴達は会社でとある女性社員から告白された。しかしそれを断った結果、女性社員の腹いせでセクハラされたと根も葉もない噂を流され会社を解雇されたそうだ。

「オレは思ったんだよ。このまましてやられただけじゃ終われねぇってな」

「でも関係無い人を襲う理由にはなりませんよね」

「だが“女”への復讐にはなる。そんなこともわからないんでちゅか〜?」

 わざとらしく頬に親指を当て両指をひらひらさせる。その厭味ったらしい顔がどうにも不快で、フユキは真っ直ぐに睨みつけた。

「そう意気がっていられるのもいつまでだろうな。どっちみちオマエはオレに食われるんだ、素直な態度でいた方が身の為でちゅよー?」

「わざわざ首元を噛んだ理由は」

「まだ聞くのかよ、好奇心の塊か? ……ま、答えてやってもいいか」

 奥の方へ行き、机に並べられた幾つかの何かを弄りながらフユキを見もせずに語る。ガチャガチャと音を鳴らし、何かを整理しているようだった。

「最初はとにかく女に力を振るえればよかった。だが今まで清廉潔白に生きてきたオレだ、どう襲えばいいかなんてわかんなくてな。試しに動物の本能らしく噛んでみたら……これが意外と美味かったんだよな。それ以来女を食うのが趣味になった、っつーことだ。ここまで話せば、次に自分がどんな目に遭うかは無能な助手ちゃんのオマエでもわかるよな?」

「……血を味わうだけじゃなく、肉まで食べるってことですか」

「その通り。大正解〜、よく考えまちたね〜、褒美に苦しませずに解体してやるよ」

 そう言って穴達が机から手に取った物は白いロープと、錆びついた包丁。

「イケメン彼氏は迎えに来ないでちゅもんね〜、今までたくさん媚売ってきたのに残念でちたね〜」

「彼氏……? 何のことですか?」

 心からの疑問を口にすると、穴達は唾を吐きながら顔を歪ませた。

「けっ! 股開いてる上に嘘まで吐くのか。これだから女は信用ならねぇんだよ」

 本当に何のことかさっぱり見当も付かない。生まれてこの方、フユキに恋人がいたことなど一度も無い。もしや雨延を男と思っているのだろうか?

「最後にもう一つ聞きます。鬼の面を被っていたことに理由はあるんですか?」

「別に大した理由はねぇよ。オレは復讐鬼だからな、鬼に変じるのはおかしくないだろ?」

 また鼻で笑う。そして自分の言ったことが自分でおかしいのか、喉でくつくつと笑い始めた。自己陶酔に溺れる穴達に、フユキは毅然と言い放つ。

「……弱い無実の人を狙って犯行を繰り返した。どんな理由があろうと、アナタは卑劣以外の何者でもありません。アナタの罪はそのうち明るみに晒されます。覚悟はしておいてくださいよ」

「へぇ、未だに強がれるのか。無謀で無能って評価は間違ってなかったみてぇだな」

 包丁を一度近くの棚に置き、白いロープを鞭のように引っ張りながら穴達が近づく。その顔はやけにニタっとしていて、自分の成功を全く疑わない。ここまでなのか? いや、まだだ。フユキの決意と共に、ペンダントが明かりを反射して煌めいた。

 ――コン、コン。

 ……扉に何かが当たる音した。

「……あん? 風で何か飛ばされてきたか?」

 コン、コン。音は――ノックは鳴り止まない。穴達が苛立ちを隠さずに外へ確認しに行く。……扉を雑に開け放ったそこにあったのは。

「穴達エンジ殿。其方の犯行の一部始終、全て記録させていただいた」

「探偵さん……!」

 穴達が予想もしていなかった人物の登場にフリーズした隙を突き、雨延が中へ突入する。そしてフユキの拘束を解くと真っ先にフユキを抱き締めた。

「……すまぬ。予め話していたとはいえ、恐ろしかったであろう。位置の特定や準備に手間取った故、救出に時間がかかってしもうた。本当に申し訳ない」

「いえ……! 言ったじゃないですか、探偵さんは必ず助けに来てくれるって信じてましたから……!」

 その二人だけの世界に、穴達は嫌悪感を存分に表して割って入る。

「けっ、王子様気取りの彼氏の登場かよ。……だがな、ここでオマエら二人を始末すれば事件は明るみには出ない。警察には賄賂を握らせているから、上手く処理してくれる」

 憎悪で歯ぎしりをしていた穴達は、己がこれから何をするかを思い出すとまた嫌らしい笑みを浮かべた。だが。

「……だそうであるぞ、篠ノ井殿、地元の記者の方々?」

「……は?」

 穴達が鍵を開けたままの扉。……そこから、大勢の記者たちが流れ込んだ。その中には篠ノ井もいる。

「穴達エンジさん、今の言葉は本当ですか!」

 何人もの記者たちがボイスレコーダーとカメラと明かりを向け群がった。

「ッチ……おい、どういうことだよ!」

 存在を意識さえしなかった人々の襲来に怒鳴り声で雨延に問いかける。

「フユキ殿にはGPSロガーとボイスレコーダー付きの超小型ペンダントを持たせていた。部屋では盗聴器を仕掛けられている可能性がある故、廊下で此度の作戦について話してな。そしてそのデータは全てこちらの記者の方々にも共有しておる」

 つまり。

「穴達殿。其方の犯行、全てが明るみに晒されるということぞ。……それと一つ訂正しよう。某はフユキ殿の彼氏などではい。――れっきとした女で、仮初めの上司ぞ」

 それを聞き、穴達は膝から崩れ落ちた。


 フユキを救出した翌日の朝刊に、穴達の記事は載っていた。地元の地方紙にも、篠ノ井が急いで執筆した大手新聞社のものにも。その件で旅館は大騒ぎだ。まさか女将の息子がそのような犯行に及んでいたとは誰も思うまい。……そして、その女将も息子を思う気持ちから事件の隠蔽に関わっていた。

 記者たちは皆、雨延から頼まれた篠ノ井が呼び集めた者たちで、大スクープがあると言って回った結果、地元新聞社のほとんどが集まってくれた。事件の解決の為ならばと協力を惜しまなかった篠ノ井に、雨延とフユキは心から感謝した。

 そしてここまで騒がれては警察も黙ってはいられない。賄賂で捜査を打ち切ったことを非難される前に穴達を逮捕。そうでなくとも追って上層部から沙汰が下されるだろうが。数日後には被害者やその家族に向けて会見を開き、事件は徐々に終わりへ向かっていった。

 庭穂市へ帰った二人はアキハルにも一部始終を説明した。フユキを意図的に危険な目に遭わせたことの謝罪の為だ。アキハルも黙って聞いてはいなかった。……だが、一方で。

「……君が、人の為に自分から危険に身を投じる覚悟を決められるようになっていたとは、驚いた。……成長したんだな」

「えへへ、探偵さんのおかげだよ」

 そう言ってフユキは笑う。二人の間には強い信頼関係と絆がある。そのことを真正面で受け止めたアキハルは笑みを漏らし、可愛いいとこの頭を撫でた。

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