第三話
篠ノ井との思わぬ再会を果たした二人は、彼の厚意で車に乗せてもらい女子生徒宅を訪れていた。
さて、その篠ノ井がこの夜往市にいる理由だが、どうやら吸血鬼事件の噂を聞いてオカルト好きの血が騒ぎ、記者の仕事とは別に一人こうして独自に調査をしていたらしい。
今回女子生徒と会う予定があるのは雨延とフユキだけのため、篠ノ井は駐車場の車内で待機。二人はインターホンを鳴らし、家に一人でいた女子生徒に中へと案内された。
「この度は大変な目に遭われてしもうたな。心中お察し致す」
「……はい」
居間にて向き合い、タートルネックで首元を隠した女子生徒は俯き、か細い声で返事をする。体の傷は見ないようにできても、心の傷は無視できないようだ。
「ワタシたち、犯人を見過ごせないんです。見つけ出して然るべき機関に裁いてもらう為にも、少しでも情報が欲しくて……辛いとは思いますけど、当時のことで覚えていることがあれば教えてもらえませんか……!」
これが被害者たちの為にもなると信じ、フユキは真っ直ぐに訴える。この事件を放っておけない理由は他にもあるが、第一に同年代の女の子を襲った卑劣な犯人を許せなかった。その気持ちが通じたのか、女子生徒は視線は上げないものの少しずつ語り出した。
「顔は、わからないです。後ろから足音がして、振り向いたら鬼のお面で顔を隠した男がいて、首元に何か衝撃が来たと思ったら、そのまま気を失って……気づけば首に痛みが走る状態で倒れてたんです」
犯人はやはり男のようだ。顔を隠しているあたり、自分のやっていることが許されるものではないとは十分に理解しているだろう。
「その鬼の面はどのようなものであったか、覚えておるか?」
「えっ……と、能とか劇に使うような、顔全体を隠したやつでした。暗かったですし一瞬だったので、詳しい姿とかは覚えてないです……」
そこまで言ったところで、女子生徒は両腕を抱え体を震わせた。……辛い記憶を思い出させてしまったか。フユキはすぐに詫びを入れる。
「……ごめんなさい、怖いですよね。教えてくれてありがとうございます」
女子生徒は何も言わない。否、言えない。もし口を開いたら涙と共にあらゆる感情が溢れ出るだろう。そのことを察した二人は話を切り上げる。
「其方の情報は確かに受け取った、感謝する。必ずや事件解決に繋げてみせようぞ」
「……はい」
震えた弱々しい声で、一言だけ返事をした。
被害者宅を発ち、もうすぐでチェックインの時間となるため二人は篠ノ井の車で旅館に向かう。篠ノ井は別の宿を取っており、二人は最初己の足で向かおうとしたが、篠ノ井が“女の子だけじゃ危ないから送っていく”と言って聞かなかったのだ。
「確か、被害者の方は犯人の顔を見てない……んでしたっけ」
車内の右後部座席に座るフユキは隣の雨延に確認する。
「正確には素顔を、であるな。犯人は鬼の面を被り、被害者を何らかの手段で気絶させた……」
雨延は車窓から田んぼを鋭く睨む。からっと乾いた青空はこの街で事件など起こる訳が無いとでも言いたげだ。しかし、実際に事件は起きてしまった。
「話を聞く限り、犯人の被った面は顔全体を隠すものだが、被害者は首元を噛まれておる。犯行には口を使うというのにわざわざ口元が出ていない物を使うとは、少々違和感がある」
確かに口元が出たタイプの方が犯行には及びやすいはずだ。
「何か拘りがあったりするんでしょうか? ほら、ミステリーにありがちな“自分はこのルールに則って事件を起こしてるんだぞー”、的なあれで」
ドラマでも犯人が独自の規則を設け、それに沿って行動している描写はよく見られる。フユキは今回の犯人もその類ではないかと予想した。
「有り得るな。後は……自らの行動に酔っている、というのも考えられる」
一般的な目出し帽ではなくわざわざ鬼の面を使用するあたり、何か思惑があるのは確かだろう。それらを暴く時に事件の真相が見えるはずだ――とはわかるものの、推理の為のパーツが足りない。
「そもそも犯人って本当に同一人物なんですかね? 吸血鬼事件として一つにまとめられてますけど、そのうちの幾つかは模倣犯の可能性もある気がするんです」
フユキの質問に雨延が口を開いた――が、それより先に運転席の篠ノ井が答えを返した。
「いや、同一人物だろうな」
「……何でそう言い切れるんですか?」
否定ではなく純粋な疑問だ。篠ノ井は前方に集中しながら己の推論を話す。
「俺もそこは不思議に思ったよ。でも警察は“一連の事件の捜査を打ち切った”んだろう? 仮に犯人が複数いるなら、吸血鬼事件をまとめて一つのものとして扱いはしないはずだ。もし無理やり納得させるにしても、きっと一人の犯人に全ての責任を擦り付けて逮捕して誤魔化す」
篠ノ井の言い分は尤もに聞こえる。雨延も同意を示しており、二人がそのような答えに行き着いたならとフユキも納得した。
「某にも思うところがある。この事件、仮称として吸血鬼事件と呼ばれてはおるが、犯人は吸血鬼ではない……人間であろうよ」
本当に吸血鬼であれば、わざわざ犯行の爪痕を残すことは無い――洗脳でも何でも使い、人智を超えた謎の事件として片付けられる――そう話す雨延に、フユキは安心したように息を吐いて笑った。
「……そう、ですか……!」
「もしやフユキ殿が今回の事件に興味を示したのは、これが原因か?」
どうやら図星らしく、フユキはこくりと頷いた。
「吸血鬼って聞いて、真っ先に思いついたのがミサクくんだったんです。ミサクくんの……友達の同胞が事件を起こしたなら、彼の顔に泥を塗るようなことをしていることになるので、放っておけなくて。だから犯人が吸血鬼じゃないって聞けてほっとしました……! ……いえ、事件が起きたこと自体は全くよくないですけど!」
ようやく本心を打ち明けたフユキに雨延は微笑んだ。別に隠していた訳でもないのだろうが、何か抱えたまま調査に当たっていたのは事実で、それを聞けて雨延も腑に落ちたようだ。
「フユキ殿は誠に友達思いであるな」
「い、いえ、そんなことはないですよ……!」
思ってもみなかった角度から突然褒められ動揺する。だが嬉しいのも本当で、耳が熱くなっていくのを感じた。
「俺のことも友達に含めていいんだぞっ☆」
後部座席に座る二人の会話に混ざりたくなったのか、篠ノ井もちょっかいを出す。が。
「篠ノ井さんはどうぞ運転に集中してください」
「んー冷たい! 流石フユキちゃん!」
当初の事件について考えを煮詰めていた重たい雰囲気はいつしか消え、車内は賑わい、騒ぎ合いで満ちていった。