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雪解け鳴らす花時雨  作者: 木創たつみ
吸血鬼事件編
13/27

第二話

 二人が者蔵県夜往市に到着したのは、依頼者である校長と約束した日の午後一時過ぎだった。宿のチェックインの時刻まではまだ時間があるため、駅のコインロッカーに荷物を預け徒歩で夜往高校へ向かう。ちなみに昼食は新幹線内で駅弁を食べていた。フユキは魚の煮付け弁当、雨延は鶏そぼろの弁当だ。

 この夜往市は噂によると住みやすい田舎ランキングで上位に入ったことがあるらしく、道中田園風景が多く見られ、よく晴れた青空に裸の田んぼが映えている。きっと、もう少し時が経てば田植えが始まり、青々とした光景がまた美しいのだろう。また、少し離れた所では歴史ある建物が見られるらしい。一般的にはこういった景色をのどかだと表現するのだろうと、フユキは歩きながら思った。

 駅から夜往高校まではかなり近く、歩いて十分強で到着した。事務室側の玄関から入り、校長と会う約束をしている旨を伝えると早速校長室へ案内された。

「おお……! お待ちしておりました、雨延さん。それと……助手の方ですかな? 改めまして、当校校長の新谷と申します」

 二人を待っていたのは白髪の、見るからに温和そうな男性だった。挨拶を返す雨延の横でフユキがちらりと彼女を見ると、思いを見る能力を持つ雨延の顔も穏やかで、どうやらこの校長は信頼に値する人物であろうと判断する。

「こちらは河出フユキ殿と言い、現在は少しの間だけ手伝いをなされている方だ」

「あっ、えっと、河出フユキと申します。よろしくお願いします!」

 雨延に紹介され、一気に意識が引き戻される。思わずどもりながら勢いよくお辞儀をすると、校長はにこりと優しく笑った。

「とてもお元気な方ですね」

「あ、あはは……」

 恥ずかしい。顔に熱が集まり、もし今自分の顔を見たら太陽の光を十分に浴びた林檎の如く真っ赤に染まっていそうだ。それに配慮してなのか、校長は応接用のソファに二人を案内し、二人は校長と向き合う形で座った。丁度そのタイミングで、校長室に繋がる事務室から事務員が三人分の飲み物を持ってくる。机に置かれたそれを覗くに、紅茶のようだ。二人は礼を言いつつそれに手を付けた。

「さて、早速本題に入りましょうか……」

 二人が紅茶を一口飲んだことを確認してから校長は話を切り出した。

「貴校の生徒が被害に遭っている吸血鬼事件、についてであるな」

「えぇ」

 校長は伏せ目がちに、どこか悲痛な声で語る。

「最初に事件が起きたのは二月上旬頃。丁度一ヶ月程前ですな。この平和な街で事件が起きるなど、まさか、考えたこともありませんでした」

 フユキにとって小説やお話の中で見る校長は権力に溺れる者が多い印象で、これまでに通った学校の校長もあまり接点が無いせいか“話が長い”程度にしか思っていなかった。だが、この校長は心から生徒のことを案じているように見える。いや、もしかすると生徒の平和=自分の校長としての実績と考えているからかもしれないが。……そこまで考えて、これは流石に失礼かと頭から邪念を振り払った。

「詳しくお聞かせ願えるか?」

 雨延はというと、邪推するフユキとは反対にしっかりと話を聞いている。フユキも雨延に倣い、メモを取りながら話に集中した。

「一番最初の事件は女子生徒の家族が警察に通報をしました。そして警察も動いていたのですが、その数日後に二度目の事件が、そして三度目が……と続き、これには“我が校の女子生徒が被害者である”、“皆、首を噛まれ出血する程の傷を負っている”という共通点があると判明したのです。ここまでは警察が教えてくださいました。ですが……」

 ここで校長は言い淀む。いや、やるせない気持ちで言葉が詰まったようだ。唇を噛み、眉頭に力が入り、机の上で組んだ両手を震わせている。

「ある日突然、警察は“この件には今後一切関与しない”と言い出したのです。私は納得がいきませんでした。もちろん保護者の皆様もそうです。……それから、言葉通りこの件の捜査は打ち切られました。しかし事件は未だ続き、被害者は増え続けております。こうなっては頼れるのは雨延さん、河出さん、貴方がたしかいないのです……!」

 ――何卒、何卒よろしくお願いいたします。……校長は深く頭を下げた。その姿はあまりにも必死で、フユキの心を動かすには十分すぎた。

「……大丈夫ですよ、校長先生。ワタシたちは全力で協力します……! ですよねっ、探偵さん!」

「うむ。校長先生のご期待に沿えるよう、某たちも持てる全てを使う所存ぞ」

 その言葉に校長は一度頭を上げた。その顔は雨雲の合間に青空を見つけたように期待を滲ませ、もう一度頭を低くして礼を告げた。


 話を終え夜往高校を後にした二人は次なる目的地へ向かっていた。先程の話で校長から聞けた情報はあまり多くない。だが、手がかりにはなる。

 今回は校長の取り計らいにより、一人だけ被害者に話を聞くことができることになっている。女子生徒は今もトラウマで外に出られず、家で勉強をしているらしい。事件のことを思い出させてしまうことは申し訳ないが……それでも、彼女らを泣き寝入りさせる訳にはいかない。

「犯人ってやっぱり男なんでしょうか? 多分弱いから女子高生をターゲットにしてると思うんですけど、意図的に弱い存在を狙うのって男性が多いイメージなので……」

「まだ可能性の段階故、肯定はできぬが否定もできぬな」

 被害者の家はまだ遠く、まだ緑の無い薄橙の田んぼの脇を歩きながら、二人はあれこれと己の推察を話す。現段階ではまだ何もわからないが、話して情報を整理することで発見があるかもしれないからだ。

 そんな二人の前方に、道路の片側に車を寄せて停められた車と、山の方向へカメラを向ける男の姿が見えた。……しかもそれはよく見知った顔で。

「ここで何をしておられるのだ、篠ノ井殿?」

 話しかけられカメラの構えを解いた男――篠ノ井は雨延たちの姿を見ると、表情を一気に花開かせた。その姿は大好きな飼い主に再会できた大型犬のようで、こちらへダッシュで向かってくる彼には尻尾が見える気もする。

「雨延ちゃーん! フユキちゃーん! 何でここにいるんだ⁉ あっ、もしかして運命の出会いってやつ――」

「違います」

 フユキが雨延に若干隠れるようにしながら短く断言する。しかしその塩対応も全く気にせず、篠ノ井はずっと嬉しそうだ。

「またまた、俺たちの仲だろー? あ、何をしてるんだー、って聞いてたよな? 今は見ての通り、田んぼ越しの山を撮ってたんだよ! ま、本当は別の用事があるんだけどさ……」

「別の用事、とな?」

 後ろで永遠に警戒を解かないフユキをさり気なく守りつつ、雨延は尋ねる。

「俺はこの地に蔓延るとある事件を追っていてさ……吸血鬼事件について探りを入れてるのさ」

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