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雪解け鳴らす花時雨  作者: 木創たつみ
吸血鬼事件編
12/27

第一話

 三月上旬。季節としては冬から春に移ったものの、春の象徴たる桜が咲く時期はまだ遠い。だが後少しの辛抱だ。日も暮れるまでの時間が少しずつ長くなってきており、人々が、命が飛び跳ねる時期はもうじきなのだとフユキは実感する。

 そんなフユキもバイトはもうお手の物で、今日も雨延を献身的に支えている。具体的に言うと書類整理の他、来客時の情報整理、一部経理の仕事、それから――。

「探偵さん、こことかどうです?」

「ん……うむ、非常によい。できればもう少し力を入れていただけるか?」

 来客の無い隙を見て、所長の席に座る雨延の肩をフユキが揉む。――そう、マッサージだ。以前雨延に初めてマッサージをした際に思わぬ大好評を受けてからというもの、フユキは調子に乗りこれまでに何度もマッサージを施している。そして雨延もフユキのマッサージにハマってしまっていた。

 フユキが思うに、雨延は働きすぎだ。ただでさえフユキが来るまで従業員が誰一人としておらず、たった一人で依頼を全てこなし、フユキが来てからも依然として前線に立っている。フユキがただの臨時バイトである以上それは仕方がないが、フユキは雨延にもっと休息を摂ってほしいと心配していた。そして自分がその力になれるのならば、事務であれ現場への同行であれこのようなマッサージであれ、喜んで協力する。

 程よい力で一連の流れをこなした後、フユキは息に達成感を乗せて吐き出した。

「よいしょ、っと……これで終わりです。どうでした?」

 マッサージを終えて雨延は肩を片方ずつ回し、最後に両肩を大きく動かしながら背中の筋肉を伸ばす。

「毎度申しておるが、何とも素晴らしい妙技だ。幼き頃より幾度も積み重ね磨き上げたその技……本格的に学べばプロの世界でも通用するやもしれぬぞ? いや、今のフユキ殿だからこそのよさもあるがな」

 まるでここではない場所で働いてほしいと語るような口ぶり。しかしフユキの技術を素晴らしいと褒めるのは間違いなく本心だ。


 言い方が少しだけ不思議だが技術を褒める言葉にフユキが喜びかけた時、雨延のパソコンが高く短い着信音を鳴らした。この音はメールだ、依頼かもしれないとすぐにメールソフトを開き受信欄を確認する。……予想は的中していた。

「依頼者は者蔵県立夜往高等学校校長、新谷セイイチ殿……」

「者蔵県って関西の方ですよね?」

 新たな仕事の気配を感じ、フユキが雨延の椅子の上に手を置き後ろから覗き込む。

「うむ。この夷経都からは離れた位置にあるな」

 者蔵県のどこへ行くかにもよるが、夷経都から者蔵県へ向かうには新幹線で最低でも三時間はかかる見込みだ。関東にある夷経都に事務所を構えている以上、普段はこの関東或いは周辺からの依頼が多い。故にわざわざ関西から依頼が来ることは珍しかった。

「件名は……吸血鬼事件について? はて……」

 奇妙な件名を小さく呟きながらメールの本文を読む。

 依頼主曰く。ここ一ヶ月程、夜往市内にて少女が何者かに襲われ首元を噛まれる事件が多発しているのだという。被害者は全員が夜往高校の女子生徒で、下校時等の暗い時間帯に事件は起きている。もちろん警察に相談し、当初は捜査を進めてもらっていた。しかしある日突然捜査が打ち切られ、以降何度話しても取り合ってもらえなかった……とのことだ。

「“この件は校内では吸血鬼事件と呼ばれております。どうか、この事件を解決してはいただけませんでしょうか。”……なる程」

 メールを一通り読み終えた雨延の目が鋭くなる。吸血鬼事件とは? 警察が関わることをやめた理由は? 疑問は次々に湧く。これは実際に現場へ行ってみなければならないだろう。

 メールの返信画面を開き、後方のフユキへ振り返った。

「……フユキ殿。調査の間はしばらく事務所を空ける故、留守番は任せたぞ」

 これはいつも以上に気を引き締めて当たらねばならない。フユキを危険な目に遭わせない為にも、ここは一人で向かおうとする。しかし返ってきたのは異を唱える明るく元気な声。

「えっ? まさか探偵さんだけ行くつもりですか? ワタシも行きます……!」

 雨延の力になりたいフユキなら付いてこようとするだろう、それはわかっていた。その上で断る。

「此度の依頼、どうにも嫌な予感がするのだ。メールにも書いてあったであろう、女子生徒……若い女子が被害に遭っておると」

 フユキは十九歳。去年までは高校生であり、年齢としては被害者たちとほぼ同じようなものだ。加えてフユキの見た目は高校生のように若い。制服を着ていないとはいえ、犯人がフユキを女子生徒と間違える可能性もあるのだ。

「もし、万が一フユキ殿まで襲われては敵わぬ」

 だから今回は連れていけない――そう伝える。だが、それでもフユキは笑う。

「大丈夫です、ワタシには探偵さんが付いていますから。何かあったら助けてくれるでしょう? それに、被害者の方に年が近いワタシだからこそ何か役に立てることもあるかもですし……!」

 ……これは何が何でも付いてくるつもりだ。例え雨延が何度頼もうと、フユキは諦めないだろう。何故そこまで意欲的なのか――それを今は語らないが、彼女の目には青色をした炎の情熱が、大胆に笑う口元には覚悟が透けて見える気がした。

「全く……了承した、某のお手上げぞ。では此度もフユキ殿に手助けいただいてもよろしいか?」

 その言葉を聞いた途端、フユキの顔が瞬時に晴れやかになる。

「……! はい、もちろんです! 頑張りますね!」


 校長とメールでやり取りを重ね、二人が夜往市へ向かう日は数日後となった。すぐに新幹線と宿を予約し、当日までの準備を整える。

 その日の仕事を終え、フユキも帰宅後にしばらく庭穂市からいなくなることをアキハルに連絡すると、アキハルは文面越しにもわかる程の驚きを見せた。

「“君が仕事に対してここまで積極的になっていたとはな。いとことして、とても喜ばしい。探偵のことをよろしく頼んだぞ”」

 そうエールを送ってきたアキハルはきっと内心では相当に心配しているだろうことを、フユキは察していた。フユキのことをよく知るアキハルのことだ、本当は付いていきたいとさえ思っているだろう。だが、信じて送り出すことにした。その優しさと信頼に応えるべく、フユキも決意を新たにした。

「(にしても吸血鬼事件、かぁ……)」

 吸血鬼と聞いて真っ先に頭に浮かんだとある人物。事件の犯人は本当に彼と同類なのか? 今はまだ根拠の無い予想しかできない。当日に何としてでも解決してみせる――そう意気込み、ベッドへジャンプして体を委ねた。

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