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雪解け鳴らす花時雨  作者: 木創たつみ
子どもは風の子編
11/27

第二話

 ――昼食後。他の子どもが遊びに行き教室で一人ぼっちとなったナオキに一人の少女……フユキが近づいた。

「寺岡ナオキくん……だよね? はじめまして!」

「……誰?」

 知らない年上の出現に、警戒心を隠すことなく溢れさせじろりと睨む。

「ワタシは河出フユキ。ワタシも名前に“キ”って付いてるんだよ。お揃いだね……!」

「あっそう」

 冷たくあしらわれる。早速コミュニケーションに敗北しかけるフユキだが、ここで倒れる訳にはいかない。少しでも話をよい方向に進めるべく、次のカードを切った。

「ワタシ、探偵さん……ナオキくんがさっきお話してた雨延さんのところで働いてるんだ。よかったら隣、いいかな?」

「! 雨延さんの……うん、いいよ」

 少し好意的に傾いた手応えを感じ、“お邪魔します”と一言挨拶をしてから隣の席に座る。子ども用の椅子には違和感しかないものの、気にしている場合ではない。

「ナオキくんには大好きなものってある? 食べ物でも、人でも、何でもいいよ!」

「人に質問するならまず自分から答えれば?」

 ……辛辣だが正論である。ならば、とフユキは自分の好きな人について勢いよく語り出した。

「ワタシはね、いとこのアキ兄って人がいるんだけど、その人のことが大好き! 他にも探偵さんのことはすっごく尊敬してるし、学校にもたった一人だけど大切な友達がいるんだ……!」

 しかしこの話は悪手だったようで、ナオキの顔が曇り歪められる。

「ふーん、仲いい人がたくさんいて幸せじゃん」

 ……子どもらしからぬ特大級の皮肉が直撃。元々人との交流が苦手なフユキの自信はグラフのマイナス方面を勢いよく突き進む。しかしどうにか体勢を持ち直し、会話を続けた。

「ナオキくんに大好きな人はいないの?」

 改めて聞くと、ナオキは俯き机をじっと見つめる。言いたいことは言いたい時に言っていい――フユキは決して急かさず、彼の出方を待った。しばらく経ち、ナオキは小声だがようやく口を開いた。

「……パパ」

「そっか、ナオキくんはお父さんのことが大好きなんだね……!」

 視線は未だ上がらない。それでも、ゆっくりと時間をかけて、思いを口にしていく。

「うち、ママがいないからパパはママの分まで働いてるんだ。だから全然お話できない」

 ここで一度口を閉ざす。話が終わったのではなく、何かをこらえるように喉の奥で言葉を押さえつける。……そして、フユキになら話してもいいと判断したのか、奥底に埋め立て心を縛り付けていた本音を震えながらこぼした。

「……皆、ぼくの親がパパしかいないってわかったら笑うんだ。皆だけいい思いして、それを持ってない人のことを馬鹿にして……許せないよ」

 ナオキの気持ちは痛い程わかる。フユキが全く同じ体験をした訳ではない。しかし、人に笑われて尚群れるよりも、孤独を選ぶ方が“遥かに楽”だとは十分に知っていた。

「……そうだよね。笑ってくる人は嫌だし、自分に無いものを持つ人は正直羨ましいよね。でも逆に言うと、人と違うってことは、自分もまた相手に無いものを持ってるんだよ」

「って言うと?」

 少しだけ目線をフユキへ向ける。目を直視はせず、首元辺りを弱々しく見る。

「ナオキくんはきっと挫折を知ってる。挫折を知ってる人はね、知らない人よりも強いんだよ。力じゃなくて人間性が。辛い過去から学んで、人に優しくしたり、よりよい未来を選べる手段を持ってる。力は使いようって言うように、ナオキくんの未来はナオキくんが決めることだよ」

「……!」

 ――顔を上げる。その視線の先には優しく微笑むフユキの顔があった。

「フユキさん……」

 説得できる自信は無い。むしろ烏滸がましすぎる。だから、あくまで自分の意見を伝えるだけ。

「……これはある人が言ってたことなんだけど、子どもは風の子で、大人になったら風とさよならしなきゃいけないんだって。風とっていうか、風と過ごした思い出と、かな? それと引き換えに強さを得るーって話だけどね。だから、ナオキくんは風と仲良くできるうちに、ナオキくんと風の思い出を作ってほしいなー……って、ワタシは思うよ」

「風の思い出? ……あ、雨延さん」

 ナオキが聞き返した時、入口の方から雨延が入ってきた。先程まで子どもたちと遊んでいたのだろう、いい運動ができてすっきりとした表情だ。丁度風の子の話を聞いていたらしく、内容に補足をする。

「青春時代は風のように駆け抜けていく。その僅かな時間を大切にしてほしい……そういうことだ」

「ぼくの未来、ぼくの風、ぼくの時間……」

 反芻するように二人の言葉を口にする。今まで人をわざと遠ざけてきた。そのおかげで自分の安寧は守られた。しかし代わりに喜びは手にすることすらしなかった。……未来を自分の手で決められるのなら、それを掴んでもいいのかもしれない――。

「……やってみる。約束はできないけど」


 午後三時。少しずつ親のお迎えが始まっていく。子どもたちは先生に挨拶をしてから大好きな親に手を引かれ児童センターを後にする。その光景を見届けるフユキと雨延も、今日の仕事を終えるべく帰る準備を始めた。

「お二人共、今日はありがとうございました! 私たちもとっても助かりました!」

「こちらこそ、子どもたちの元気いっぱいな姿にエネルギーをいただいた。また機会があればよろしくお頼み申す」

 植野に見送られ、帰ろうとする二人。そんな二人を引き止める、小さな声があった。

「――雨延さん、フユキさん!」

 振り返ると、そこにはナオキがいた。

「……きっともう会えないと思うから、今のうちに言っとく。……ぼく、頑張るよ。転校したら今度こそ皆に優しくする、友達を作る」

 小さな勇気を奮い立たせる彼とは、きっとここでお別れだ。最後に二人はナオキの未来を祈りエールを送る。

「ナオキ殿が後悔せぬ人生を選ぶとよい」

「きっと大丈夫だよ。皆にも、自分にも優しくね……!」

「……うん!」

 やや困り顔だが、やっと笑顔を見せた。これから先のナオキにいい出会いが待っていることを信じ、二人は児童センターを後にした。

 事務所への帰り道で、雨延はフユキに尋ねる。

「風の子が何かはわかったか?」

 フユキもさっぱりとした顔付きで、空を見上げた。暖かな陽気の中で、まだ春本番ではないことを知らせる冷たい風が吹く。

「皆に訪れる青春時代。すぐに過ぎ去るその時間を一つ残らず楽しめる心じゃないかなって思います。ワタシは風の子にはなれなかったですけど!」

 そう言って笑い飛ばす。その笑い声も風が吹き飛ばし、すぐに消えていった。

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