表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪解け鳴らす花時雨  作者: 木創たつみ
子どもは風の子編
10/27

第一話

 “子どもは風の子だから風邪を引き、大人は風とさよならをして、青春の心と引き換えに強さを得る”。

 ――ベッドに寝転がりネットの掲示板を流し読みしていた際に見つけた、匿名の誰かが書いたポエムだ。ならば風邪を引く大人はまだ風の子なのだろうか――? フユキは疑問に思う。

 フユキ自身風邪は毎年一回は引いているが、果たして自分はまだ風の子なのだろうか。そもそも風の子の定義は何だ? 一度“疑問”のコンロにかけられた“気になる”の湯は沸騰し、次々に“不思議”の泡を生む。

 こうなれば調べずにはいられない。早速“風の子 定義”で検索をかける。……出てきたのは“風の子とは寒い風の中でも気にせずに元気な子どものことを指す”という、ネット上の辞典のサイト。正しい解説ではあるが求めているものとは違う結果に、枕へ顔をうずめた。

 言葉を変え何度か再挑戦してみるが思っていたものは出てこず、これ以上検索したところで欲する情報に出会える気はしない。何より、あまり遅くまで起きていては明日のバイトに響く。フユキは仕方なく諦め、スマホの画面を閉じた。


 翌朝。三月になって少し経過した、穏やかに晴れた土曜日。事務所へ出勤したフユキの目に入ってきたのは何やら出かける準備を済ませた雨延の姿。コートを椅子にかけ、机の上には鞄も用意してある。

「どこかへ行くんですか?」

 始業前の支度をしながら聞いてみると、雨延は素直に答えた。

「うむ、少々依頼……正確にはボランティアの仕事があってな。月に一度、向かっている場所があるのだ。すぐにではないが、一時間後には出るつもりぞ」

 表情は穏やかで、その声は何だか明るく、妙にご機嫌な様子だ。雨延にとって楽しみな仕事ということか、と推測する。しかし、出かけるということは今日のフユキはお留守番だろうか? 雨延がいない状態で事務所を守ることに少しの、いやかなり大きい不安はあるが、やるべきことはやってみせる――フユキは意気込む。

「……あ、そうだ! お出かけの前に、探偵さんにお聞きしたいことがあるんです」

「む、何ぞ?」

 思い出したのは昨夜目にしたポエムのこと。そのポエムに登場しフユキの興味を引いた“風の子”について尋ねると、雨延は数秒の間顎に指を当てて考えてから――少し悪戯っ子のような顔でフユキに笑ってみせた。

「それについて知りたいのであれば……此度の依頼、フユキ殿も付いてきた方がよいやもしれぬな」


 機嫌のいい雨延に何も知らされぬまま連れられやってきた先は市内にある庭穂児童センター。多くを語らず、珍しく人を弄ぶ雨延のことが気がかりだが、きっと悪いことではないはずだ……と判断した。

 休日ということもあり、敷地内の至る所で子どもたちがはしゃいでいる姿が見受けられる。今日は比較的暖かいとはいえ、よくここまで元気でいられるものだ――風の子とは正にこのことかと、フユキは遠目に眺める。

 館内に入ると児童センターの職員であろう女性が二人を出迎えた。

「雨延さん、お待ちしてましたー! ……あら、そちらの女性は初めてお会いしますね? 私は植野、この児童センターの先生です!」

「はじめまして、植野先生。河出フユキです、よろしくお願いします……!」

 フユキと植野が軽く自己紹介をするのを済ませてから、雨延はようやくフユキに今回の仕事について説明した。

「某は時折この児童センターで子どもたちと交流をしておる。先生方も気づかぬ悩み事がある場合にはそれを解消する手伝いをしたり、な。日頃会わぬ者との交流は子どもたちにもよい刺激になるはずだ。そこでフユキ殿に仕事だ」

 “――今日一日、ここの子どもたちと思い切り遊んでいただきたい”。そう笑う雨延は、やはり悪戯が成功した時の子どもの顔をしていた。


「わ、ちょ、待ってー!」

「あっははは、フユキお姉ちゃん遅いー!」

 児童センターに来てから十数分後、フユキは早速子どもたちの洗礼を受けていた。

 子どもたちはとにかく元気と気合に溢れ、大きな声で己の喜びを表す。そのことは微笑ましい……の、だが。

「皆、速すぎ、だってば……!」

 氷鬼に付き合わされるフユキの体力はぐんぐんと減っていっている。鬼? もちろんフユキだ。タッチして凍らせても他の子どもがすぐ助けに入り氷は溶ける。それを何回繰り返しただろうか。

 館内を走り回り、フユキはもうヘトヘトでヘロヘロだ。元々運動は得意ではなく、体を使った遊びには弱いフユキはとうとうその場にしゃがみ込んでしまった。

「フユキお姉ちゃん、もう終わりー? 弱っちいの!」

「ご、ごめんね……タイム……」

 息も切れ切れに絞り出すと、子どもたちはやれやれといった様子で笑う。

「しょうがないなー!」

 フユキの休憩に合わせ、皆も水分補給や体力回復等をしに一度散らばる。フユキもまた手持ちのペットボトルを取りに行こうとした――が、向かう道のりで一つの光景を目にした。

「(探偵さん? と、あの子は……)」

 目線の先には教室。その中で、雨延と一人の幼い少年が隣り合って話をしている。距離があるため内容までは聞こえてこないが、あの空間は完全に二人だけの世界だろう。……他の子と遊ばない彼のことが妙に気になった。しかし。

「(ワタシも人のこと言えないし、何か事情があるのかな)」

 フユキも人付き合いはいい方ではない。大勢と遊ぶよりも一人でいる方が“遥かに楽”であることはよく知っているつもりだ。

 二人を遠くから眺めていると、一人の女の子が近づき話しかけてきた。

「雨延お姉ちゃん、またナオキくんと一緒にいるー。ナオキくんといたってつまらないのに。フユキお姉ちゃんは私たちと一緒に遊んでくれるもんね!」

「えっ? ……きっと、理由があるんだよ」

 肯定はせず曖昧にはぐらかす。ただ、女の子は既にナオキと呼んだ少年への興味を失ったようで、フユキの言葉を聞き終えるとすぐに走り去った。

 雨延とナオキのことが妙に気にかかるが、そこは頼れる雨延に任せて今は他の子どもたちの面倒を見よう――。そう決めてペットボトルへ手を伸ばす。が。

「フユキお姉ちゃんー! 早くー!」

「はーい! もうちょっと待ってねー……!」

 早くも休憩を切り上げた体力自慢の子どもたちに急かされる。フユキもすぐに水分を取り、皆の輪へ戻った。


 子どもたちと遊んでいると時間はあっという間に過ぎ去り、正午を知らせる鐘がスピーカーから聞こえてきた。

 さっきまでずっと遊んでいた子どもたちは腹ペコで、自分のお弁当を食べにすぐ教室へ走って行った。

 フユキも重労働からやっと解放され、荷物を置かせてもらっていた職員室へ。昼食を鞄から取り出し食べる準備をしていると、少し遅れて雨延も合流した。

「フユキ殿、お疲れ様。よい運動にはなったか?」

「お疲れ様です! そりゃもう一年分の運動はしましたよ……いや一生分かも」

 大げさではあるが、それ程刺激を受けたのもまた事実。“明日は筋肉痛です”――なんて笑いながら言うと、雨延は“ならば先日のお返しに某がマッサージをして差し上げよう”と同じく笑って返した。

「ところで、探偵さんは男の子……ナオキくん? って子と一緒にいましたよね。あの子がどうかしたんですか?」

 先程、雨延と教室で二人きりだった男の子。どうにも彼のことが気になって仕方がない。何やら訳ありな様子の彼について、雨延はお弁当に手を伸ばしながら話す。

「彼は去年の四月に転校してきたものの、他の子と馴染めずにおってな。次の四月に再び転校することが決まっているが、それまでの時間を少しでも楽しく過ごしてほしいのだ。……そうだ」

 甘く作ってある卵焼きを掴んだ雨延は、何か思いついたのかフユキを見る。その目には悪戯心が……否、期待がじわりと滲んでいる。

「よろしければ、午後はナオキ殿の相手をしてはいただけぬか? 彼はいつも先生方や某とばかり話している故、最初も申したが、たまには別の者と交流した方がよい刺激となるであろうよ」

 果たして自分にその役割が務まるだろうか? 返答に悩んでいると、傍で同じように昼食を摂っていた植野も話に混ざってきた。

「私からもお願いできませんか? ナオキくんに、少しでもいい思い出を持った状態で旅立ってほしいんです!」

 ……ここまで言われては引き受けるしかないだろう。二人たってのお願いに、フユキは覚悟を決め頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ