IF(アイエフ)世界
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2045年、7月25日、18:23。河島裕也
銃殺により死亡 ≫
…ここは……?
気がつくと、俺は見覚えの無い部屋にいた。横になっている訳でも、立っている訳でもなく、ただその空間に浮遊していた。四肢の感覚がないことから、ある程度状況を悟る。…俺は死んだのだと。
容易に死を受け入れられたのは単純に、死んだ時の記憶があったからだ。死因は銃殺で、脳天に射たれての即死。銃刀法違反とは一体何なのだろうか。一般人が持てる凶器ではないのはわかるが、命を狙われるほど目立った行動もしていない。疑問は浮かび続けるが、もう死んだのだ。どうしようもない。
ふと目の前にパソコンのようなものがあることに気づいた。それはパソコンというには複雑過ぎる構造をしており、普段目にする物とは違い、スーパーコンピュータのような、少なくとも家庭用ではないサイズの物であった。
しばらく凝視していると、パソコンの画面に人影のようなものが映り込んだ。
「やあ、河島君。死後の世界へようこそ。」
「っ!?」
突然脳内に、そのような声が響き渡った。声質から男のように聞こえるが、正体まではわからない。
「おっと、驚かせてしまったようだね。まずは自己紹介、私はこの世界の神、Yとでも呼んで貰おうか。」
創造主、それは神とも呼べる存在。地球では眉唾物だと断じたのだろうが、死後の世界があるのだ。神の一人や二人、いても可笑しくはない。神、という人の造語を話すことに多少の違和感が残るが、神だからという一言で自己完結させた。というのも、俺の中で、多くの疑問が浮かんでいたからだ。
「困惑するのも最もだし、少し話をしようか。…光島蛍の話なんてどうかな?」
なぜそれを、という疑問も、神だからと納得できた。何でも知っているであろう神ならば、あの事件の真相を知っているのかもしれない。
あの事件というのは、当時俺の片想い相手であった、同級生の光島蛍が失踪したというもので、俺の死の要因でもある出来事だった。
光島蛍は、明るく、交友関係も良好であったため、クラスでも高い人気を誇っていた。男女共に好かれている彼女に、初めは煩わしさを覚えもした。どうせ表裏があるのだろうと天邪鬼になっていたが、たまたま同じ委員会となった彼女と、次第に会話を増やすこととなった。そして俺は、次第に彼女の優しく、強い心に惹かれるようになっていった。
しかしある日、彼女は忽然と姿を消した。拉致の可能性があるとして動き出した警察も、有力な手がかりは見つけられずにいたようだった。彼女が失踪した翌日、俺は突然、背後から何者かに襲われ、見知らぬ場所へと連れてかれた。そこで、彼女を殺したということを明かされた俺は怒りを覚え、光島から取引現場の内容を聞いたかという質問に対して、せめてもの抵抗として沈黙を貫いた。拷問でも始まるのかと思いきや、奴らは俺に銃口を突き付けてきた。死、それに対する恐怖や絶望を感じる間もなく意識が途絶え、今に至る。
彼らは何者なのか。何故俺達は殺されたのか。沸き上がる疑問を読んだかのように、Yと名乗る神は言葉を続ける。
「光島蛍を殺害したのは、神崎組っていう、所謂ヤクザグループだよ。光島蛍は2045年12月4日に、神崎組と別の組織との取引現場を目撃してしまってね、それから目をつけられていたんだ。記憶にないかい?彼女が交通事故に巻き込まれそうになったとか…。」
確かに一年程前、光島がトラックに轢かれそうになっていたのを覚えている。あの時は轢かれる寸前で彼女を突き飛ばして助けたが、人為的なものだったのか。そういえばその辺りから、光島に少し余所余所さを感じていた。結局それが何なのかわからず仕舞いだったが、事の真実を聞いたことで、胸の痞えが取れたような気がした。
「…ありがとう、Y。あのままだったら、死んでも死にきれなかった気がする。でもこれで、気持ちの整理はついた。これで悔いなく死ねる…。」
心の中で、光島に再度別れの言葉を告げ、今世の終わりを待つ。
「助けたくないかい? 彼女を。」
そう神は言った。その言葉の意味を探ることは、この時の俺には出来るはずもなかった。ただ来世を待つだけだった俺には、とても。
「………どういう…。」
その返しを想定していたように、神はさらに言葉を紡ぐ。
「そのままの意味だよ。過去に戻って、彼女が拐われないように動く。それだけさ。」
「過去に、戻るだと…。」
あり得ない、と断ずることは出来ない。神といい死後の世界といい、既に想像を越える出来事を目の当たりにしているんだ。タイムスリップなど造作もないことなのだろう。
「どうする、河島君?君が望むのなら、私は力を貸せるよ。」
無論、可能ならそうしたい。だが、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
「何故俺に肩入れするんだ。」
そう、先程から神は、俺を特別視するような発言ばかりしている。真実の打ち明けや俺の望むような提案。まるでそうすることが、神にとって利となるようであった。神にあるはずのない利は、何処から生まれるのだろうか。
「当たり前じゃないか!君は私の創造物だよ?困ってるなら助けるのが、神である私の役目さ。」
俺の質問に答えているようで外れた回答は、不思議と聞き返すに値しないものであった。
「…なら頼む。俺に、力を貸してくれ。」
まるで誘導されているかのような違和感を問い質すことなく、俺は神に助けを求める。どの道、俺にとっても利となるのだから、そう思考を放棄した。
「よろしい!」
活きのある声と共に、パソコンからキーボードを打つ音が聞こえてくる。神の世界にもパソコンは存在しているのか。意外と俺達の文明とそう大差ないのかも知れないな。そんなことを考えていると、再度声が聞こえてくる。
「詳しいことは後で話すけど、簡単に説明するね。君が向かう世界は仮定の世界、私は『IF世界』と呼んでいるんだけどね、そこに君を転送させるんだけど、その世界は、光島蛍が死亡する2時間前、連れ拐われる1時間前だ。あまりもたもた出来ないから注意してね。それと、転送する時、雰囲気作りの為に発光するから目瞑っといてねそれじゃ!」
「え、ちょっとまっt…」
心の準備をする間もなく、部屋中が眩い光に包まれた…。
光が弱まり、徐々に視界が開けてくる。それと同時に、俺の身体は五感を取り戻し始め、今は道を歩いている最中なのだと気付かされる。
「……それでね、…って、聞いてる?」
そんな声が、真横から聞こえてた。間違えるはずもない。気付くと、俺は足を止め、声の主の方へと視線を移動させる。
その存在を改めて認識した時、短く塞き止めていた脆い防波堤が崩れ去ろうとしていた。ああ、俺は今、絶望から帰ってきたのだと、一瞬にして悟る。
「あ…ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」
まったくもう…、と彼女は不服そうに頬を膨らませる。不思議と声に揺らぎは生まれなかった。比較的自然な反応で返し、少しの余韻から意識を戻す。
ここは光島が拐われる1時間前。悔しいが、俺だけでは恐らく、誤差はあれど結果は同じ、死だ。だが前回とは違い、神であるYがいる。Yと合流さえできれば、後は指示通りに動けば問題ないはずだ。その肝心なYがいないのが、今の問題だが。
下手に動けない為、外は危険だろうという判断の元、近くの店に入ることにした。すると同時に、脳内に接続音のようなものが流れ、音声が聞こえてくる。
(やあ河島君、遅れてゴメンね。ちょいと作業を寄り道させちゃった。)
(悠長だな…。)
そう言…いや、脳内で会話する。口に出そうではあったが、俺の身体が歯止めを効かせてくれた。俺の身体には、不自然なことを起こさない機能でもあるのだろうか。そうなると、考えが筒抜けになるのかと思ったが、意識的に向こうと接続しなければ、こちらの考えは伝わらないようだった。そんなことを考えている間に、Yが話し出す。
(さて、ここから行動を始める訳だけど、実はそこまで難しいことはしない。やり方は簡単、警察に神崎組の拠点場所を教える、これだけさ。)
…あまりにも簡潔な内容に、驚きを隠せない。神崎組の居場所を特定するのは容易では無いにしろ、それだけで解決出来てしまうものなのだろうか。警察だって、根拠の乏しい情報を鵜呑みにするほど甘い訳がない。その計画の穴を言及しようとするのを読み取ったように、Yは言葉を続ける。
(勿論こんな情報、普通は取り合ってはくれないさ。でもね、神崎組の件は別なんだよ。どうやら警察側も、神崎組を追いかけているようでね。些細な情報でも、彼らは喉から手が出る程欲しがってるようなんだ。もっと言えば、神崎組という名前も表には出てないんだ。その名前を知ってるだけでも、信憑性は上がる。)
…神崎組。確かに、普段ニュースでも取り上げられていなかった。一般人が知らないはずの情報を持っているというのは、確かに発言力が高まる。だが…
(何故神崎組の情報が伏せられているんだ。そいつらも暴力団的な何かなんだろ?)
一般的に情報を開示してもよいのではないかという問いかけに対し、Yは唸り声をあげた。
(う~ん。詳しくはわからないけど、ここまで大々的な隠蔽ってのは、国家絡みの組織なのかもねぇ。神崎組はその手駒とか。)
何でもお見通しというYが珍しく、曖昧な答え方をする。流石に何でもは知らないのか。線引きはわからないが、底無しと思っていたYの底が、少し垣間見えた気がした。
(まあそこら辺は警察にでも任せるとして、まずは彼女から話を聞いてみようか。)
ある程度次の一手を予測していたのだが、Yは予想外の手を提案してきた。
(聞くまでもないだろ。光島よりお前の方が、神崎組をよく知ってるはずだからな。)
(そりゃ情報には期待してないよ。でもこのまま君が電話したら、君の記憶にバグが生じる。君は本来、何も知らない一般人なんだから。)
そういえばそうだ。俺が神崎組の存在を知ったのは、死んだ後。光島を助けることだけに囚われ続けていたが、記憶の矛盾にも気を払わなければならないのか。納得の信号を送り、光島に、話があると言い、人気の無い空間へと誘導する。大分待たせていた気がしたが、本人は気にしてない様子。Y曰く、脳内での会話中は、周りの時間が遅くなるらしい。確かに、先程立っていた場所は、歩いていたはずなのにまだ店の入口辺りだった。何でもありなんだろうな、神にとっては。
「それで、話って?」
店の三階にある、一階よりは人気の少ない場所へと移る。居ないことはないが、わざわざ聞く耳を立てる人も居ないだろう。早速光島に、最近様子がおかしいという旨を伝える。初めは話すことを躊躇っていたが、次第に事の全てを話すようになった。
新たな情報として、光島は一度、警察に相談をしたようだ。その後、神崎組という組織を追っている部署に取り合って貰ったものの、取引現場を再度調査しても何も成果はあげられなかった為、今に至る。という内容だった。
「一応、何かあったら警察に合言葉を伝えて頼って、って言われたんだけど、これまでの出来事の何が神崎組っていう組織との関わりがあるのかなって考えちゃって…ごめんね、黙ってて。」
どうやら俺に相談出来なかったことに負い目を感じているようだった。恐らく、俺に余計な心配をさせない為だったのだろう。そんなことないと伝えながら、光島を抱き寄せようとする…が、まだそんな間柄でないことに気付き、慌てて手を引っ込める。
…とにかく、これでフラグは立ったはずだ。後は彼らの位置情報だが…。
(彼らの居場所は、彼女が見た取引現場のだよ。彼女からその場所を聞き出して、証拠を見つけ、警察に突き出す。それで解決さ。)
どうして取引現場だとわかったのかとか、そこら辺はいいのか。まぁ、何となく向かってみたって理由だけでもいいのか。光島のことになったら感情的になると、俺の記憶も処理してくれるはずだ。多分。
光島に、ここで待っててと伝え、聞き出した取引現場へと急ぐ。その場所は、どこにでもありそうな数階建てのビルで、表向きは塾などを経営しているようで、他にも横にいくつかのショッピングセンターと連結しているようだった。恐らく光島は、偶然このビルの隠し部屋に迷い込み、その取引現場に出会してしまったようだ。ドラマでも、賑わいの最中での取引、なんてものがあるし、そういうものなのだろう。居場所はこの建物の地下。Yによると、今日は光島だけを本格的に狙う為に集ったようで、奴らを捕まえる絶好の機会だとのこと。だが。今警察を呼ぼうにも、証拠が足りない。それに記憶の矛盾も起きる。
(…どうするんだ。このままだと手詰まりだぞ。)
(いいやあるさ。どうやって彼女は地下に潜り込んだんだい?)
(…まさか、あの立入禁止の場所を通れと?)
あまりにも無謀だ。今は対策され、立入禁止となっている。潜入は困難なはずだ。
(問題ないさ。スマホは持っているね?)
さっぱり理解できないが、取り敢えず指示通りにポケットからスマホを取り出す。
(その時計で、16時38分13秒きっかりに、立入禁止区域に入るように。もう向かっていいよ。)
よく分からないまま、言われた通りに足を動かす。細かい時間調整があったが、何とか辿り着く。その後も、細かな指示の元、奥へと潜入していく。見張りは勿論居たが、運良くと言うべきか、必然と言うべきか、面白い具合に捌けていく。これが神の使う乱数調整か。
(ここでいいや。辺りを写真で撮って。)
スマホのカメラを起動させ、証拠となりそうなものを無音で写していく。再度Yの指示通りに、誰にも気づかれることなくその場後をにした。
(流石河島君、見事な不法侵入だったね!)
(やれっつったのお前だろ…。)
ビルを後にした俺は、そのまま警察署へと足を運ぶことになった。110番で済ませられないのは勿論、証拠である写真を直接提示しなければならないからだ。合言葉である、『神の群れ』は、おそらく神崎の神に、組織という群れから名付けられたのだろう。確かに、これなら事情を知らない人間には気付かれないだろう。受付の人に合言葉を告げ、神崎組担当の部署へと繋いで貰う。
その後も異様なほど順調に、事が進んでいった。証拠の提示した後、再度ビルの調査を依頼。警察の迅速な対応の元、すぐさまビルへ直行。完全包囲の後、現場にいた神崎組を現行犯逮捕。全てYの指示ではあったものの、失敗の一つもないというのは些か不自然に思えた。
(これで暫くは、光島蛍の安全は保証されたよ。おめでとう!)
まるで事前に用意されていたように、ファンファーレが鳴り響いた。人生で一度たりと聴いたことのない祝福の音色は、俺の心には何一つ響くことはなく、その心には幾つもの不自然な点への疑問を残していた。
(なぁ、Y。この『IF世界』ってのは、これまでに何回作られたんだ?)
(………。)
それは、初めてYが動揺した瞬間であった。
そう、考えてみれば不可解なことばかりなのだ。ここまで神の力だと片付けてきたものも、このIF世界というものを何度も経験したと仮定すれば、事件の真相を知っていたことも、乱数調整のように俺を動かせたことも、所々無知であったことも説明がつく。当然、未経験の出来事を知っているはずがないのだから。つまり、Yはここまで、何度もこのIF世界を経験し、攻略法を見つけ、それを俺に実演させている。そしてその仮説も、今のYの反応を見る限り正しいようだ。
(お前と会った時ははぐらかされたが、目的は何だ。何故そこまで俺に執着する。)
(………。)
再度問い詰めようとするが、俺を呼ぶ光島の声に反応し、慌てて振り返る。無事であったことに安堵し、光島の方へと歩き出した。
「ねぇねぇ聞いてよ!、私が見た取引現場のビルでさ、あの神崎組の人たちが捕まえられてたんだ!。…もしかして、さっき急に飛び出したことに何か関係してたり…?」
「何のことかな。 」
「嘘だ~、裕也君が嘘つく時、鼻がピクッて動くんだもん。」
「…そんなことないよ。」
「どうかな~?」
やはり見破られてしまった。そんなにばれやすいのだろうか。或いは一緒にいる時間が長いから…って、そんな訳ないか。
(…最後に一つだけ。このことだけは記憶させてあげよう。最後にこの世界を手にするのは、君であって君ではない。でももし、この物語の結末を知りたいのならば、彼女と共に、この世界を生き抜くことだ。)
そう言い残し、Yは脳内から消えた。少なくとも今の俺には、その言葉の真意を知る術はない。ただ、Yは今後、俺の脳内に現れることはない、ということだけは分かった。少なくとも、今の俺の前には。
「ま、そういうことにしておこうかな。」
そう言うと光島は、俺の先を歩き出した。そしてふと、此方を振り返ると、「…ありがと。」とだけ言い、また前へと向き直った。一瞬見えたその顔色は、夕焼けによるものなのか、それとも別のものなのか。そんな彼女の様子を見て、自然と笑みが溢れた。
彼女への脅威は、まだ残っている。次もまた彼女を守れるかと言われたら、肯定できる自信はない。だがそれでも、彼女と共に歩み続ける、その誓いだけは、死んでも忘れることはないだろう。一歩前進したIF世界を、これからも歩み続けるのだと、俺は心に誓った。
光が弱まり、徐々に視界が開けてくる。そこは先程と同じ、人影が映ったパソコンの画面だった。当然の光景だと言わんばかりに、それは存在している。
「困惑かな?その表情は。」
突然の呼び掛けに驚きを表すと同時に、その表現に違和感を覚える。さっきの話を聞く限りでは、光が発光した後すぐに現世へ転送させられるということだった。本来ならば、俺はもうここを離れているはずだ。しかし神は、転送失敗の報告ではなく、ただ冷静に、俺の心情を観察しているような発言をした。それが表す真意は…。
「…これがお前にとっての成功、ということか…。」
「流石河島君!大正解だよ!」
まるで事前に用意されていたように、ファンファーレが鳴り響いた。人生で一度たりと聴いたことのない祝福の音色は、俺の心には何一つ響くことはなく、何故嘘をついたのか、何故これが神にとってメリットとなるのかという、疑念と動揺だけが胸を渦巻くだけであった。
「何が目的なんだ。俺を騙して楽しんでる訳じゃないんだろ?」
「う~ん…あんまり時間無いんだけど、最後に特別に教えてあげるよ。」
また不可解な発言だ。何を目的としてこいつは動いているのか。それもまた、これから明かされる真実に関係してくるのだろうか。少しばかりの間を置き、神は話し始める。
「まずは誤解を解いておこうか。僕は間違いなく、君をIF世界へ転送したよ。」
…何を言っているんだ、こいつは。俺は確かに今、この死後の世界にいる。足元をみても、やはり実体はない。
「おっと、この言葉では、君への説明には不十分だったね。言い方を変えようか。僕は君の『コピー』を転送したんだよ。もはや君自身といってもいい程の、完璧なコピーを、ね。」
「コピー…?」
意味がわからない。俺からすれば、河島裕也のコピーは俺ではなく、ただの別人だ。やはり神は約束を違えている。
「もっといえば、オリジナルのコピーかな。君もまた、オリジナルのコピーなんだよ。」
「…何を言ってる…俺は正真正銘河島裕也で、俺がオリジナルだろうが!!」
張り上げた声の声量に驚きながら、次第に冷静さを取り戻す。もし俺がコピーなのであれば、奴が言った、コピーを転送したという発言も、嘘ではないことになる。オリジナルとコピーは別物だが、コピーとコピーは全く同じものだ。そう考えれば、認めたくはないが俺もコピーとなるのだろう。最も、奴の発言が正しければの話だが。
「…話を続けるよ。なんで君のコピーを転送したのか。そうだね…ゲームで例えようか。例えば敵にやられて死んでしまったデータを、君が死んだこの世界線だとしよう。君は再度敵に挑むために、セーブした地点からまたやり直すだろう。でも死んだデータでは、死んだ状態のまま保存されて、データは消される。やり直せるのは、プレイヤーである君だけ。…もうわかったかな?」
「…つまり、この世界で不都合を生まない為のコピー、という訳か。」
そういうこと、という言葉と同時に、キーボードを叩く音が聞こえてくる。時間がないとはいっていたが、かなり多くのことを話してくれた。
とは言え、もう彼女に会えないのは心残りだ。チャンスをちらつかされたのも相まって、その気持ちはより強くなった。おそらく別の世界で彼女も、俺のコピーと生き続けられるのだろう。もし来世があるのなら、巡り会える時は来るのだろうか。そんなことを考えているとき、ある疑問が脳裏をよぎった。
「…この世界は…どうなるんだ?」
さっきの例えでは、死んだデータは消されると言っていた。最も、この世界では俺は死んでいるわけで、この世界がどうなろうと関係ないのかもしれない。だが、この先の希望すらも潰えることにもなる。そうなれば、どういう心境で本当の死を迎えれば良いのだろうか。キーボードの音が止み、神はこう告げた。
「ん?もちろん消すよ?」
死んだ身ではありながら、この瞬間、再度死への恐怖を体感した。それは命の終わりではなく、魂の消滅なのだと。わかっていたことだというのに、無い身体が恐怖に畏縮するのを感じた。パソコンから、今度はクリック音が聞こえてきた。それは、消滅へのカウントダウンのようにも聞こえた。
「僕はこれからもう一つの、コピーを送った世界に行くよ。二つの世界を管理するのは大変なんだ。処理も重くなるし、こっちのデータは消させてもらうよ。」
「ま、まて!お前はまさか…」
「それじゃあ。」
お前はまさか
俺のオ
≪ IF世界 「人生 3rd」を削除しました ≫
短く息を吐き、長きに渡った試行の終わりを実感する。パソコンの電源を落とし、少しばかりの休息を求め、冷蔵庫から麦茶を取り出し、残っていた分を飲み干した。
IF世界。或いは「人生シュミレーター」。そう名付けられたプログラムは、現在世界的な注目を浴びている。人工知能の終着点とも言える、多種多様な性格や知能、環境や物理法則の再現、それは、新世界の創造ともいえるものである。世界の創造主、神のごとき存在として、仮想現実や異世界を創り出し、その世界の住人として生活することすら可能にする。そんなプログラムの製作に、私も携わっていた。この人生を完成させるために。
今回のターニングポイントで、10481回の試行を行った。ある程度世界の進行状況を確認できるとはいえ、コピーによる試行を行わなければならない箇所が多数存在した為の回数だ。本来であれば、ここもプログラムを作成すれば良いだけの話だが、勿論そうしない理由もある。それは、彼らが人間と呼ぶに差し支えない存在であるからだ。プログラムされた訳でもなく、疑問を持ち、感情を表す。そういった独立した思考を以て、彼らは行動しているのだ。その自然な振る舞いを、こういう動作をするだろうといった第三者的な目線で縛ることは、なにより私の計画にもそぐわない。
だが、そんなことを考える度に、ある考えが脳裏に纏わり付く。この世界は、オリジナルではないのではないか、と。現在のVR技術は革新的な進化を遂げており、今や現実との区別も困難となっている。そんな世界が創れるのであれば、この世界は5秒前に作られたデータであるとも、この世界こそがIF世界であるとも言えてしまう。際限の無い進化への渇望を代償に、我々はとんでもないものを生み出してしまったのではないかと感じてしまう。世界の存在証明すら曖昧なこの世界の結末は、削除か、はたまた終わりの無い虚構なのか。
だが、私は私だ。18年前、神崎組によって引き起こされた事故で失った彼女を、例えデータの中であってもいいと、『IF世界』の完成を誓ったあの時から、私は何も変わっていない。この世界が例え、繰り返された世界だとしても、私は私であり続けるだろう。
彼らもいずれ、世界の存在に疑いを持ち始めるはずだ。忘却の彼方へと飛ばした、私の言葉を拾わずとも。行き着く先は当然、仮説の域を越えない妄想ではあるが。
…遅いな。先程からIF世界内の時間を加速させ、既に4年は経ったはずだが、ターニングポイントはまだ現れていないようだ。まさかあの助言が影響を与えた…。運命に抗っているとでもいうのか。私ですら敵わなかったものに、コピーの分際で…。
………ならば見せて貰おうか。彼女の正体を、理不尽な運命を、全てを知った君が綴る結末を、君の人生のプレイヤーである私に、そう。
『オリジナル』である私に…。
そう彼は笑った。
完読ありがとうございました。
新たな世界の創造が可能となるのならば、この世界は、もう一つの世界の人間によって造られたとしても、不思議ではありません。今やオープンワールドなどの、自由性の高く、広大な世界をテーマとしたゲームがつくられています。新世界の創造、というのは、遠い未来、或いは、不可能かもしれません。しかし、もし出来てしまったのであれば、仮説のように我々は生まれてしまったのかもしれません(可能性が高まるというだけですが)。
最後の言葉の意味は、ご想像にお任せします。ドのように解釈していただいても構いません。
初の小説投稿でしたので、慣れない部分、拙い部分等々あったかと思いますが、お付き合いありがとうございました。この作品は、学校の課題のために作った小説なので、次投稿することがあれば、異世界小説か何かを書こうと思ってます(無双系は書かないと思います)。
それでは、機会がありましたら、次回作でお会い致しましょう。お疲れ様でした!