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まだ遊ぼうよ【完】

「みぃつけた」

「ギャアアアアアッ!!」

「私の、勝ち」


 何度も転び怪我と泥にまみれたうつろな瞳のりまは、驚愕で開ききったしほの目にどう映っていたのでしょうか。隣のきっかもりまの声に気付くと同時にしほの叫び声が上がり、肩をビクッとさせます。

 我に返ったしほは勢い良く立ち上がるときっかを立たせ、腕を掴み走り出しました。


「まだ、捕まってない! 走れきっか!」

「う、うんっ」


 二人は無我夢中で駆けます。りまも今度は置いて行かれまいと、最後の力を振り絞り二人を追い掛けました。鬱蒼と木の生い茂る森の中を、強い緊張状態のまま何時間も動き回り、お互いに体力は限界でした。

 耳に流れていく音は木の揺れる音なのか、それとも自分たちが踏みつけた枝の音なのか。もう判別も付きません。それくらいに騒がしく聞こえていたのです。


「きっか! はやく!」

「しほっ」


 そこにいた誰もが、運動神経の良いしほでさえも、もう普段通りには走れません。震える足が崩れ落ち、何度も地面に手を付きました。それでも転んでは立ち上がり、二人は時折後ろを振り返りながら懸命に足を動かすのです。

 りまは意識が朦朧とする中、こうして三人で駆け回るのがなんだか懐かしく、場にそぐわぬ笑みが浮かんでしまうのでした。そしてそれに気付いたしほときっかは何度目か分からない叫声を上げます。


「やっぱ、みちるの、言う通りだったんじゃっ」

「なにっ」


 自分たちの立てる音で相手の声が聞こえないのか、しほは大きな声で聞き返しました。


「みちるのっ、いうとおりっ、もう手遅れなんじゃないのって!」


 しほは一瞬押し黙ります。そしてまた後ろを振り返りました。りまは何かを叫ぼうと大きく口を開けたところでした。しほはその顔を確かめると、きっかに向き直ります。


「でもっ、捕まったら、やばそうっ!」

「っ、たしかにっ!」


 叫ぶように会話する二人はお互いの会話に精一杯で、りまの叫んだ言葉は耳に届いていなかったようでした。


「きゃっ!」

「え、きっか? うわ!」


 きっかが何かに躓いたのかしほと繋いだ手が瞬発的に離れ、がくんと前のめりになりました。勢いで少し体が浮きました。きっかが倒れ込んだ先で、木と木の間に蔓が伝い絡みついています。

 ちょうど運悪く、きっかの首元はぶら下がった蔓に飛び込んでしまいました。首を吊るような形になり、きっかは何度かぴくぴくと震えるとそのまま動かなくなりました。


 手が離れたことで立ち止まっていたしほは、たった今目の前で動かなくなった親友を前に地面に座り込みます。顔の血の気がどんどんと引いていくのが分かりました。

 もう一人の親友は走るのをやめ、動けなくなってしまったしほの元へゆっくりと近付いていきます。


「だから、言ったやろ」

「や、やだっ! 来んなっ」

「ねえ、しほ。どうしてちゃんと聞いてくれんの」

「やめろっ! あんたのせいで、みちるも! きっかも! りまもっ!」


 しほは泥を掴み、りまに投げつけました。冷ややかにしほを見下ろしたまま、顔面に当たったそれをそっと指で拭いました。


「しほ」

「やだっ! やだあっ!」

「待って」


 しほはりまの声も聞かず、りまに背を向け走り出そうとします。


「うっ! ぐ、ぁぁっ」

「ね。待ってって、言ってるやろ」


 走り出したしほは一歩目を踏み出した瞬間、うめき声をあげ右足を庇うようにしゃがみ込みました。りまも、そして本来であればしほも、その辺りには獣用の罠が仕掛けてあることはよく分かっていたはずでした。パニックから動転していたのでしょう。しほの足には野生動物用の罠が深く食い込んでいたようでした。


「ああっ、ああっ!」

「ちゃんと助けてあげるね」

「やめてっ! 助けてっ!」

「しほ、静かにして。あっ」


 しほは触れられそうな距離まで近付くりまを恐れ、罠に足を噛ませたまま走り出します。もちろん思うように走れるわけもありません。それでも背後に迫る不気味な鬼から逃げたかったのでしょう。


「止まれっ! 止まれえっ、しほーーっ!」

「いやぁぁぁっ!」


 りまも酷い形相で彼女を追いました。手を伸ばし必死に掴もうとします。限界まで手を伸ばします。それでも、あと少し届きませんでした。


「あっ」


 それがしほの最期の言葉でした。

 しほは一瞬にして姿を消します。その辺りには獣用の落とし穴があり、中には先端の鋭利な長い杭がいくつか仕込まれています。りまは中を覗き込めませんでした。


「間に、合わなかった」


 ようやく空が白んできました。まるで四人の遊戯を観戦していた月が眠りにつき、勝者を称えて太陽がやって来たかのようでした。

 りまはその場で足元を確認して座り込み、まだ薄暗い森の天井を仰ぎ見ます。涙は出ませんでした。泣く体力も残っていなかったのです。そのまま意識が遠退いていくのに身を任せ、今度は妨げませんでした。





「と、これがあの日の。いえ。あの日までの全てです」


 喫茶店でテーブルを挟んで座る二人組の男女に告げる。聞いたこともない雑誌で記者をしているという男は、ズッとコーヒーを口に流し込んだ。この男は今更一体どんな記事を書くつもりなのか、あの時のことを取材したいと言ってきた。


「そうですか。そして貴方が唯一の生存者、りまさんですね」

「はい。正確には唯一ではありません」

「そのようだね」


 もう一人の来客者である眼鏡の女性が相槌を寄こした。記者の男は呪いだのといった霊的な話に詳しいと言う女を連れていた。あの一見以来、霊能力者は信じないし、そもそもこの話は……。


「部落の子じゃなかった、きっかです。あの子は一命を取り留めていました」

「蔦で首を吊った子、ですか」

「はい。しほとみちるの親が、寝ているはずの子どもがいないと警察や部落中に連絡し、あの時既に二人の捜索が始まっていました。なので私も気を失ったのですが、すぐに病院に運ばれたのです。きっかもまだ心臓が動いていたそうで、一緒に運ばれました」

「なるほど」

「……ですが、彼女は」


 記者と自称霊能力者が目を合わせた。


「首が閉まって一時的に酸素の供給が止まったことによる後遺症、か」

「はい。自力では動けず、意志の疎通も出来ない状態で」

「それは……残念でしたね」


 きっと言葉を探してくれた上でこんな言葉しか出てこなかったのだろう。


「りまさんはその後どうなったんですか?」

「私は五年の地下生活ですっかり体が弱っていたそうで、しばらくの間入院することになりました。誘拐や監禁など事件性があるということで、警察も動いてくれています」

「そうなんですね。あの、おばあさんの手紙は」

「はい、これです」


 男性記者がババ様の手紙を開き、隣の女性はそれを覗き込んだ。


 りまちゃんへ。これを読んでいると言うことは、もう私は死んでいるのでしょう。貴方がここへ来て五年が経ちましたね。本当にごめんなさい。貴方には申し訳ないことをしたと、謝っても許してもらえることではないと思っています。

 最初は本当に悪霊に取り憑かれてしまったのだと思っていたのです。当主の私がどうにかせねばならないと、そう思っていたのです。

 次第にそうではない可能性も頭を過りましたが、私はここで権力を持ち続けなければなりませんでした。そのためには、今になって間違っていたとは言えなかったのです。

 こうしてこの世から去ることでしか償えません。年寄り一人の命では到底足りないと思いますが、どうかご容赦ください。


「これは……」

「はい。私はそもそも何かに取り憑かれてなんかいないんです。最初から最後までしっかりと覚えていますし、全て自分の意志で動いていました。あんな祠、開けたところでどうこうなるものではなかったんです。呪いなんて、なかったんです」

「どうしてそんなことを?」


 霊能力者の女は顔色一つ変えず、男性記者が眉を寄せ信じられないといった顔をした。


「私も同じことを思います。どうしてあんなことをしたのか。ただひと夏の思い出に、みんなを盛り上げようと思っておかしくなったふりをしたのです。古い祠に触れて取り憑かれる、というような話はよくありますから」

「どこかの段階で違うと言えなかったの?」

「もちろん言おうとしました。ババ様たちが現れ、しほが過呼吸になり、最初は自体の深刻さに気付かず、木からは落ちるし笑っちゃって。でもまずいことをしたなあと反省しているうちに、喋れないようにされてしまったので。まさかそんな冗談で五年も監禁されるとは思わなくて」


 成長したみんなが来たときだって、ちゃんと説明しようとしたのだ。


「みんなは私が本当におかしくなったと信じきっていました。相当おかしく見えたのでしょう。地下にみんなが来たときは口枷がされたままでしたし、見つけた後もみんなが死にそうになる度に止めようとはしたのですが話を聞いてもらえず……」

「助けようとした行為が余計に彼女たちの恐怖心を煽ったんですね」

「多分そうだと思います」


 ひとしきり話し終えると、男性は丁寧にお礼を言い、封筒に包まれた謝礼を差し出した。ありがたく受け取ると女性のほうが言いづらそうに口を開く。


「りほさん。君、田舎に戻る気は?」

「なかったんですが、ちょっと二人の墓参りにでも行こうかなと」

「そうか……気をつけて」

「え、はい。ありがとうございます」


 女性の表情は気になったが、まだ二人は喫茶店に残るそう。私は先に店を出た。


「はあ。なんか嫌なこと思い出したなあ。これいくら入ってるんだろ」


 封筒を大事にしまう。家に帰ってからのお楽しみと言ったところだろうか。人に話して少しすっきりした気分で家路についた。




「おい。どうして生存者が一人じゃないって分かった?」


 語り手の女性が去ると、男は隣の女に雑に切り出す。


「それ、分かって聞いてるだろ。……まだ二人が遊んでほしそうにしてたからな。一人足りないから生きてんのかなって」

「田舎帰んの大丈夫なの?」

「んーー……だめそう」


 不吉な会話は、りまの耳に届くことはない。




お読みいただきありがとうございます!!

閲覧、お気に入り登録、評価、コメント、全て全て嬉しいです。いつも本当にありがとうございます。

今年は去年より5分早く完成したなっ(๑• ̀ω•́๑)✧

(しめきりぎりぎりの民)


以下読まなくていいあとがき








こちらまで目を通してくださりありがとうございます。

前のとか読んでくださった方がもしいたら、最後は予想できたかもしれないですね。

最初は普通に呪われる予定だったのですが、こねくり回したら「ほ、ホラー???」になりましたけど、ホラーということにさせていただけたら……!


全然裏話ですが最後に出てきたのは、ノクターンで連載完結済み『闇喰』の二人です。もしご興味持っていただけたらぜひ。

R18(G寄り)で人を選ぶかもなので充分ご注意のうえお楽しみいただけたら幸いです!


去年の『白石公園の自由研究』(だったか??笑)もぜひーーー

あと2ふんしかない!!


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去年のホラーコン
白石公園前駅の自由研究

最後の二人誰やの(´◉ω◉)
【R18】闇喰

こちらもご興味あればぜひです♡
― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)シンプルに子供ホラーの怪談かなと思ったら、思った以上に大きなスケールの緻密なホラーでしたね。虚言に始まり、それが様々な事柄と絡み合い悲劇を生む。最後の最後になってもその雰囲気が崩れる…
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