引き寄せる夢
「やば。え、りまガリガリ過ぎん? ここ何?」
「まさか……ここで監禁されとった、ってことやろか」
「ババ様が、預かるって……ここで?」
「嘘でしょ!? 五年だよっ?」
五年ーーそれがりまが地下のこの空間で過ごした年月でした。
「りま……聞こえる? あの時は、私達何もできなくてごめん」
「きっかはね、あの翌年から親にこっちに連れて来てもらえなくなったんよ。私としほも、家族に言われてここに来れんかった」
「いきなり怒鳴ってごめん、りま。りまのせいじゃなくて、取り憑かれたせいって分かっとるけど、でも、私達も、毎晩毎晩あんな夢見せられてかなり参っとる」
それぞれがりまに向かって呼びかけます。ですがりまは険しい顔で掠れた唸り声をわずかに漏らすだけでした。体をぐるぐる巻きにしていた注連縄は現在では手首の自由を封じるのみとなっていました。痩せこけた膝を使って鉄格子に這い寄ると、格子に顔面から倒れ込みます。鈍い音がしました。
怖がりのみちるは「ヒッ」と泣きそうな顔でしほにしがみつきます。
「大丈夫、みちる。ここからは出られないんだから。りま……やっぱりまだ終わってないんやね。女の霊に取り憑かれておかしくなったまま」
「どうしよう。やっぱりあの夢の通りするしか」
「やめてっ!」
「みちる……」
きっかが夢の話をしようとすると、みちるはヒステリックな声で制止しました。それをなだめようと、しほがみちるの背を擦ります。
「みちる、向き合わんと。そうせんとりまは一生このまんまやよ」
「だってあの夢……ババ様がっ」
「三人とも同じ夢を見るなんて、りまが私達を呼んだに違いないよ。ババ様を、殺す……ところも、わざと私達に見せた。りまは体を乗っ取られてあんなことを」
「ババ様が亡くなってから五日、あの夢をずっと見とる。こんなん、早く終わらせんと」
「次の犠牲者が出る前にね」
ババ様は五日前に亡くなった、それはりまにとっても衝撃的なことでした。どうりでこちらにやってこないはずです。
「りまの中のお前、私達と遊びたいんでしょう? 夢のとおりもう一回、かくれんぼをしよう。場所は分かるね? ここからそんなに離れてない。あの場所で、もう一度かくれんぼをしよう」
「夢であんたが言ったとおり、朝まで私達が逃げ切れたらこっちの勝ち。その時は、りまを返してくれる。やろ?」
「うぅ……また、やるのぉ……」
「みちる、泣くな! りまを取り戻すんやろ」
「うっ、ぐす……うん、絶対、取り戻す」
りまの返事を待たず、三人は決意を固めました。
「よし、絶対に勝とう」
「うんっ。勝って、りまを取り戻して、また四人で遊ぼう!」
「この中の一人でも勝てば良い。絶対、最低一人は逃げ切ろう」
「うん!」
三人は「りま、100数えるんだよ」と言い残し走り去りました。あの時のように大きな声は出せません。りまは三人の言うことがほとんど理解できませんでしたが、心の中で100を数え始めます。
ですがりまはここに閉じ込められているのです。どうやって三人を追い掛ければ良いのでしょうか。振り返り縛られた腕を見てみると、すっかりやせ細った腕は少し動かせば縄から抜けそうでした。きつく縛られていたわけではありませんが、ずっと後ろ手に拘束されたままでしたので肩は上手く動きません。痺れているような感覚もあります。深く息を吸いながら、ゆっくり指先や肩関節から動かしていきます。ぎしぎしと音が鳴っている気がします。
ゆっくりと時間をかけ、やっとのことで腕の感覚を取り戻すと途端に痛みがやって来ます。低く唸りながら歯を食いしばり、縄から抜け出しました。りまは久しぶりに自分の手のひらを見ます。そろりと指を握り、また開き、少し繰り返しました。手首には痛々しい縄の跡が残り、広範囲に痣ができて擦れたところがかさぶたになっています。かさぶたは剥げては新しくできを繰り返し、血の流れたあとも残っています。
りまの目にはじんわりと涙が浮かびました。ですが今はそんな場合ではありません。ぶんぶんと頭を振ると、手を伸ばして掛けられた錠を握ります。ガチャガチャと動かしますが、やはり開きませんでした。ふと牢の外、壁際の隅に置かれた封筒に気が付きました。
三人が置いていったのかと這うように近付くと格子の隙間から手を伸ばし封筒を掴み取り、封を乱雑に破り中を見ます。中には二枚の便箋と、鍵が入っていました。鍵を、と逸る気持ちを抑え便箋を開きました。それはババ様が遺したものでした。読み終えるとパンツのポケットにくしゃっと突っ込み、四苦八苦しながら錠を開けました。
また途中で数え忘れてしまいましたが、今度は数え直しませんでした。そして一度深呼吸をしてから、そっと錠のはずれた格子戸を押します。りまは五年ぶりに、与えられたスペースから外に出ることが出来ました。
ほとんど寝たきり状態だったりまにとって、三人を追い掛けるのはとても難しいことです。鉄格子を握り、めいいっぱい力を振り絞ります。何度も崩れ落ちそうになりながらやっとのことで立ち上がりました。こんなんで山道を進めるわけない、と挫けてしまいそうでした。ですがここから出られると思い、自身を奮い立たせます。
最初の難関は、地下から脱出するための階段でした。りまの弱った足腰では、ただの階段でさえも難所となりました。這って上るしかありません。腕も使いながら必死に一階を、地上を目指しました。また涙が溢れてきます。やっと外に出られるのです。
時間をかけてようやく階段を上り終えました。ババ様の家の居間を通るのはあの日以来でした。この家の構造については記憶が朧気です。混乱のまま地下に連れて行かれ、その際一度通っただけなのでよく覚えていませんでした。
辺りを警戒しながら壁伝いに歩きます。地下へ続く階段は屋敷の最奥部にあったようで進める方向は一つでした。廊下に沿って歩いていくと、途中で台所がありました。水道を思いっきり捻ります。流水にそのまま横向きに顔を突っ込み、口枷を濡らしながら喉を潤します。しばらくはそうしていました。シンクの下の戸を開けると包丁がありました。口に回された縄を切ります。ぱくぱくと口を開閉し顎の痛み以外に問題がないことを確認してしばらくして、あーあーと発声をしてみました。大きな声は出せませんが、掠れた声が出ました。玄関が見えます。早く外に出たい、その一心で軽くて重い足を前に前にと動かします。足が縺れそうになりながらも、りまは玄関の戸に触れました。
「ううっ、うっ、」
とうとう嗚咽が出てしまいます。五年ぶりに見た空にはあの日のように月が浮かんでいました。
「すー……っ、げほっげほっ! ……あは、あはははっ!!」
外の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込み、噎せました。
噎せてしまったことさえも、嬉しくてなんだかおかしく感じます。りまは泣きながら笑っていました。笑いが止まらなくなり、フラフラしながら山道へ向かいます。
ババ様の家はあの山の中腹に位置し、例の祠からそんなに遠くない距離にあります。門を出ると舗道が少しだけあり、すぐに険しい山道になりました。
宛もなく山道を歩きます。しばらくすると目は慣れてきますが、三人がどこに隠れたのかは全く見当がつきません。やって来た時の様子から、りまをどうにか助けようとしていること、何か恐ろしい夢を見てまた三人が集まったことは分かりました。りまはきっとあの時の再現をして自分を救おうとしているのではないかと考え、まずはあの祠を探すことにしました。
ババ様の一族が管理していたということはそんなに遠い場所にはないだろうと、目を凝らして歩きます。
「どこ……」
りまは中々目的の物を見付けることが出来ず、半ば諦めかけていました。このまま山を降りて誰か大人に助けを求めれば終わるんじゃないか。とも考えました。ですが悪霊に取り憑かれたというりまの言葉を誰が信じるのか、そう思うとどうも山を降りる気にはならなかったのです。
「探さないと、終わらない」
その声は自分にしか聞こえない小さなものでしたが、りまの挫けそうな心にはどうにか届きました。
歩き出したその時、足になにかがぶつかりました。
まさか。そう思い、しゃがみこんでぺたぺたと輪郭を確かめるように触れていきます。
「あった……これだ」
引き寄せられたのでしょうか。不思議なことに、りまのすぐ近くにあの祠がありました。