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浄化

「そんな……じゃありまは?」


 ババ様が一頻りあの祠に纏わることを話し終えると、部屋には重苦しい空気が流れ、みんな口を噤んでいました。その静寂を恐る恐る打ち破ったのは、絶望に満ちたきっかの呟きのような問でした。

 そして、ババ様はそれに対して静かに首を振るだけでした。


 ババ様が言うには、あの祠は代々ババ様の家で護ってきた物なんだそうです。この村で信仰していた神様がある時、信仰心を失いつつあったこの山の人々に物凄くお怒りになり、その怒りは一週間続いたそうです。そのお怒りを鎮めるため若い女性が人柱となったのですが、その魂を祀るための祠なんだとか。体に入られて村を破滅に導こうとしている。そういうことを言っていたと思います。


「わけわからんよ! そんな危ないやつ、なんで私らに言っておかんやったの!?」

「もう古い慣習やしね、こんなことになるて思ってなかったんよ」


 納得できないと、今にもババ様に掴みかかりそうなしほをみちるが止めていました。


「とにかく、りまちゃんをこのままには出来ん。わたしの家で預かろう」

「りまを、どうするって言うんですかっ」

「落ち着け、仕方ないやろ。子どもたちに言うとらんかった私たちの責任やけども、今すぐどうこう出来ん。りまがこの先どうなるか分からんが、野放しにしておくわけにもいかん」


 ババ様は神妙な面持ちでりまを家で保護する提案をしましたが、りまの父親は倒れたりまの母親を抱えながら反論します。当のりまは口に回された縄が痛み時折顔を振り回していました。言葉は発せず、うーうーと激しく唸るような声が部屋に響くだけでした。そしてそんなりまを見て、三人の友人たちはとうとう泣き始めてしまったのです。


「もうこんな不気味なところにはいられないわ、早く帰るわよ。立ちなさい、きっか」

「まって、お母さんっ。りま! りまぁっ!」


 きっかはりまへと手を伸ばしますがきっかのお母さんは聞く耳を持たず、きっかの腕を掴んで立たせると部屋を出て行きました。


「しほちゃん、みちるちゃんも早く帰り。あんたらも一緒に遊んどったからな、ここにはおらんほうが良い」


 ババ様がそう言うと二人の親も顔を見合わせりほの両親を申し訳なさそうにちらりと見てから、泣き続けるしほとみちるを連れ帰りました。

 こうして残ったりまは、ババ様の家の地下牢に連れて行かれることとなったのです。


 地下牢はその単語から大抵の人が思い浮かべるものよりは、部屋に近い造りでした。広さは8畳程度でしょうか。横になるにはどうにか困らない広さでした。元は普通の部屋だったのか、壁に取り付けられたような鉄の格子がありました。格子は天井と床を繋ぎ、間隔は10cmぐらいで子どもの腕が悠々と入ります。その格子にはプラスチック製の器具でペットボトルがはめられていて、まるで犬や猫の給水器のようでした。隅には簡易トイレが置いてあります。床は畳です。使うのは初めてなのかとても綺麗でした。


「うう゛ー……うう゛ー」

「悪霊め。私の目の黒いうちは悪さはさせん」

「うぐっ」


 唸り続けるりまを格子の中へと押し込むと、その拍子にりまは側面から倒れました。りまが倒れ込みすぐに起き上がれずにいると、ババ様は丈夫そうな錠をかけます。りまは閉じ込められた、とすぐに気が付き痛む体を起こして、鉄格子に駆け寄ります。ババ様は冷たく睨みつけるだけでした。


「まずは浄化が先決やね」


 そう言い残し正面の階段で上の部屋へ行きます。しばらくして戻ってきたババ様は正装というのか、落ち着いた色合いの高価そうな袴姿で現れました。手には透明な液体の入った瓶が二本あり、りまは何をするのかと身構えます。


「んんー! ん゛ー!」

「苦しいか! 出ていけ! そこから出ていけ!」


 液体は生温く、においはほとんどありません。柵越しにりま目掛けて浴びせられます。ババ様はひどく恐ろしい形相で、必死に何か念仏のような呪文のような言葉を叫びながら二瓶が空になるまで液体を撒き続けます。

 実際にはほとんどが柵を濡らし手前の畳に染みを作っただけでした。ですが、りまを弱らせるにはそれだけで充分でした。抵抗もやめ注連縄で後ろ手に体を縛られたまま腰をぺたんと降ろし、涙か涎かも分からない液体に塗れた顔で、虚ろな目を床に向けていました。


 


 それからどれ程の月日が流れたのでしょうか。りまの閉じ込められた地下牢には時計もなく、窓もありません。数時間置きにババ様がやってきた時にだけ食事を摂らされるのです。摂らされる、というのは言葉通りで、液状にされたどろどろの介護食のようなものを漏斗を用いて口枷の隙間から入れられるのです。最初は抵抗し暴れたり吐き出したりしていましたが、それも次第になくなっていきました。それどころか月日が経つと、諦めの気持ちからり大人しく食事を摂るようになったのです。その頃にはババ様は、今日はこれがあったあれがあったとりまに聞かせるようになっていました。


 運動量も随分減り、食事も成長期の健康な体には充分な量ではありません。りまは自分でもやせ細った腕や足が伸びていくのを感じていました。鏡を見なくても分かる程、体が成長していたのです。それくらいに月日が経 過していました。

 毎日寝食するだけの生活です。あれから一度も外には出られませんでした。ババ様がやってきて食事を摂らされ、念仏のようなあれを聞きながら例の透明な液体を頭から浴び体を拭かれます。最近ではすっかり体力も落ちてしまい、一日中寝ていることもありました。一日がいつ終わるのかは分かりませんが、とにかく起きる気力が湧くまで寝るのです。


 今が何時かは分かりません。騒がしい音がして、りまはふと目を覚ましました。麻痺して空腹も感じませんでしたが、しばらく食事をしていないことを思い出しました。最後に食事を摂らされてから、何度か寝ては起きてを繰り返しました。しかし何度起きてもババ様は現れません。どれくらい寝ていたのか、どれくらいババ様を見ていないのか、考えても分かりませんでした。りまは部屋をぐるりと見渡します。喉の乾きを潤そうにも、給水器のボトルは前回目が覚めたときのまま空っぽでした。廊の隅に置かれた簡易トイレが掃除されてないのが分かると、胃の奥がぎゅっと苦しくなり激しい嘔吐感に襲われます。

「っエエエエッ」

 声にならない嗚咽音がお腹から喉を締め付けながら出てきます。胃の中には何もありません。口枷を濡らすのは黄味がかった液体だけでした。


「ハァッハァッ……」


 生理的な涙で視界がぼやけます。胃液すら出て来なくなり肩を上下させ呼吸を整えていたところに、目覚まし代わりの騒音がどたどたと近付いてきました。

 ババ様だろうか、いや。いつもこんな慌てた音は立てて来ない。ぼーっとした頭をどうにか回転させようとしても、まともな答えは浮かびませんでした。


「りまっ!」


 ドン、というような重い音がして、直後懐かしい声と複数の足音が聞こえました。鉄製の重厚な戸を力いっぱい開けたのでしょう。りまは低下した思考力の中でも、彼女たちがやって来たのだとすぐに分かりました。ですが記憶の中の声よりも少し大人びた声には、感動を喜ぶ音は含まれていませんでした。

 階段を駆け下りて来たのはりまの予想したとおり、かつての親友たちでした。視界も上手く定まらず眉を寄せ一生懸命に三人の顔を見ようとしますが、ぼんやりとしています。それでも彼女たちの背丈が伸び、あの頃より大人になっていることは分かりました。


「なんでこんなことするんっ」

「毎晩毎晩、おかしくなりそうだよ! 私達にどうしろって言うの!」

「りま……元のりまに戻ってよ……」


 しほが格子を掴みがたがたと揺らします。三人は次々に捲し立てました。りまは掠れた声で呻きますが、三人には何を言っているか分かりません。興奮状態から落ち着き、やっと余りにも酷いりまの有様に気が付いたのか部屋を見渡しお互いの反応を伺っているようでした。



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最後の二人誰やの(´◉ω◉)
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