【第4話】家出息子に想いを馳せる
無事に勇者召喚に向かったことを確認した最高神は一息つき、自分の住居に帰ってきた。
最高神の住居は神殿というにふさわしい厳かで壮観だった。
純白の柱に汚れ一つない壁、床は埃一つなく鏡の様な艶を放っている。
大部屋の中の奥には純白で装飾が凝った王座が置かれており、そこに最高神は座っていた。
見たものはひれ伏せざるを得ないような威厳を湛えたまま、最高神は考えに耽る。
何故こんなことになったのだろう。
何が間違っていたのだろう。
考えをいくら巡らせても答えはでない。
そして思い出されるのは、この場所で起きたあの出来事だ。
今から10年前のある日、勇者召喚をすることが神会議で決定されたその日だ。
最高神は大部屋の王座に凛としていた。
その周りには様々な階級の天使、神が鎮座していた。
最高神と向き合っていたのは最高神の息子だ。
「父上!どうかお考え直しください!」
「ならん!これは伝統なのじゃ!儂が最高神になる前からずっと続いているこの世界の理なのだ!」
「理ですか!?ただ先達がそうしていたからというだけでしょう!
召喚される勇者は前の世界では何一つ特別なことのない普通の高校生だったのですよ!
それを何の能力も権能も与えずに召喚だけ許可してなんて…!
あまりにも無謀ですよ!!」
「それが『自由主義』というものなのじゃよ!!世界は見えざる手によって良き方向に進むようにできているのじゃ!何も心配するでない!」
そう言うと最高神の息子は怒りの限界を超えた。
「その見えざる手というのは私たちの手の事でしょうが!!!!何故それがお分かりにならない!!
それに、良き方向に進んでいる?
確かに真なる魔王は討伐できております。
ただ、その人的被害は毎回途轍もないです。
特に直接真なる魔王と対峙する勇者パーティーの被害がです!!
前回の魔王討伐では勇者パーティーが全滅の上、勇者がギリギリで魔王とさし違えて討伐を成功させています。
更にその前の魔王討伐は勇者パーティーの聖女であり、勇者の恋人でもあった方が勇者を自らの命と引き換えに守り抜き、その怒りで勇者が覚醒し、魔王を討伐しました。
父上はこの後の勇者の末路をご存じでしょうか!!」
息子のあまりの剣幕に大部屋の誰もが、最高神さえも声を出せなかった。
息子はそのまま話をつづけた。
「知るはずもないですよね。
その後の勇者は聖女の後を追って自殺を図り、それに失敗。
生涯を寝たきりの状態で過ごしました。
勇者は介護をしてくれるものに『死なせてくれ』と毎日のようにいっていたそうです。
私たちは神です。
勇者を送り出す最終責任者なのですよ。
だから私たちは勇者の末路についても責任を持たなければならないのです。
出来るだけ幸せに、出来るだけ平穏に、出来るだけ満足してもらえるように。」
息子は最高神から目を離し、最高神の周りの神々と天使に向かって語り掛けた。
「私たちの自由主義。あくまで私たちはこの世界の管理者であり傍観者である。
この世界の主権はこの世界の中に住んでいる者たちにあるという『世界人類主権』という考え方。
大いに結構です。
ですが、勇者召喚は他の世界から来訪してくださっているいわば客賓なのです。
その客賓に不幸が訪れているとなれば、他の世界の神々に笑われてしまいます!!
どうかご一考を!!!」
息子の言葉を聞いた神々や天使たちは少し考えている様だった。
しかし、最高神は考える余地も何もないという風に言った。
「息子よ。
我らが世界に干渉してしまうと自由主義はおろか、世界人類主権の概念すら歪みかねないのじゃ。
それは神制世界を意味してしまう。
儂が存命の内は良いのじゃ。
だが、お主やお主の子供、その先の子孫までもが良き最高神であるかはわからんのじゃ。
だからこそ、ここで世界に干渉することで予期せぬ未来が訪れることを儂は危惧しておるのじゃ…わかってくれ息子よ…。」
息子は俯き、少し考えた後に最高神を見た。
そのまなざしには怒りとも絶望とも違う決意の炎が灯っていた。
「わかりました。父上。
きっとこのままでは議論は平行線です。
ですから私に一つ考えがあります。」
そういった息子の声に大部屋中が騒めいた。
「父上。私の神としての権能をお返しします。
そして、私は人間へと転生し、世界人類の一員として、勇者を陰から支えることにします。」
息子の宣言に大部屋は騒然となった。
あるものはそんなことは聞いたことがない。
あるものはそれは神々が手を下しているのと変わらないではないか。
あるものは泣き崩れた。
そんな息子の宣言に一番動揺していたのは最高神であった。
「ま、まて息子よ!!早まるな!!
そんなことをすれば、お主が死ぬまで神の世界に帰ってこれないではないか!!
人間の寿命を考えると100年近くは人間界で過ごすことになるのじゃよ!!」
「父上…私は100年もすれば神に戻り、父上や母上に会えます。
ですが勇者は100年たっても失った聖女とは会えないのですよ…。
私の決意は固いです。
今、ここで神の権能をお返しいたします。」
そう言うと息子の足元には虹色の魔方陣が出現し、そこから風が巻き上がり、息子の髪が逆立っていた。
純白に輝いていた白髪が灰色から黒色へと変色していくのと同時に体中の輝きが消え失せていく。
「ま、まて!!もう少し考えるのじゃ!今すぐそれを止めるのじゃ!!」
最高神は王座から立ち上がり息子に走り寄っていく。
「もう遅いです。
父上、母上、妹たちよ。
100年後にまた会いましょう。」
その言葉を最後に息子は大部屋から姿を消した。
息子がいた場所には大きく輝く光の玉が浮かんでいた。
その後の大部屋の騒動はしばらく続いた。
あるものは息子を失い泣き崩れ、あるものは自分も神の権能を返還しようとした。
その場で唯一冷静でいられたのは最高神の後方に佇んでいた最高神の妻、つまり息子の母親だった。
「静まりなさい!!!」
最高神の妻が発した一言には威厳と恐怖を感じる力がこもっていた。
最高神ですら体がビクッと反応していた。
「あなた方がやることは変わらないでしょ?今まで通り世界の監視。
ほら、何も変わらないわよね。
だから別に気にしなくていいわ。
ただの家出の様なものよ。
でも、家出息子には家出息子の考えがあった。
だから次にあの子に会うまでに各々があの子と対等に議論できるように考えなさい。」
その言葉をきっかけに神々、天使達は世界の監視と息子からの宿題についての仕事に戻った。
もちろんそれは最高神もである。
あれからいくら考えても最高神には間違えていないとしか思えなかった。
確かに息子の考えにも一理あるが、勇者の不幸と世界の命運なら世界の命運を取るべきなのは明らかだった。
ただただ、考えても考えても答えはでない。
そうなると今息子が何をしているのか
息子は元気でいるのか
そろそろ10年がたつが人間界にはなれたのか。
そればかりが心配だった。
「勇者に伝言を伝えはしたが、あの頑固者の事じゃ、100年後まで帰ってはこなさそうじゃ…
ただ、たまに手紙くらいはよこしてもよかろうに…」
最高神としての威厳よりも父としての心配が勝ってしまうのはやはり最高神も神とは言え生きているということだろう。
ただ最高神は知らなかった。
息子が父には内緒で母には近況報告をしてたことを。