【第1話】あの世とこの世の狭間にて①
そこは真っ白な空間だった。果てしなく続く雲の様な足場に、太陽がないのに真っ青な空。
まるで飛行機から雲の上を見た時のような光景に感嘆する。
雲の様なはそこそこ弾力があり、羽毛布団を踏んだ時と同じくらいの柔らかさを感じる。
まるで子供が描く夢の世界の様な光景にしばし感動するが、冷静になると今置かれている状況について考え始めた。
これは夢なんだろう。そう思い古典的ではあるが確実性が高いと思ったほっぺたをつねるという行為をしてみた。
「痛い…」
では夢ではないのだろうか。
だが、僕は実際に夢か現実かがわからない状況でほっぺたをつねった経験がない。
もしかすると夢でほっぺをつねったところで痛いと思うのかもしれない。
そう考えると結局これが夢なのか現実なのか全くわからない。
「無駄なことをしてしまったなぁ…」
一人ごちると、夢を見る前の状況を思い返していた。
僕は高校の修学旅行で北海道に来ていた。スキー体験をするためにバスで移動をしていた。
前日に友達と部屋で遅くまでカードゲームやら猥談をしていた為に寝不足であった。
更には全面白色の味気ない風景とバスの素晴らしい弾力のチェアと心地よいリズムで訪れる揺れのおかげでバスに乗り込むや早々に熟睡していた。
どんな夢を見ていたかは覚えていないが、途轍もない揺れがあった気がしていた。
もしかするとあの揺れは夢のものではないのかもしれない。
そう考えている内に、自分の影の横にもう一つ影が増えていることにふと気が付いた。
誰かが自分の後ろにいる。
振り向くといかにも仙人然とした風貌の老人が一人立っていた。
長髪の白髪は腰付近まであり、透明すぎると感じるほどに白く、髭も首元付近まであるが白く、清潔感を醸し出している。
顔にはしわがいくつもあり、年齢は60~70歳付近ではないかと推測する。
この空間で初めての人との遭遇に驚きはするが、まずは話しかけてみることにした。
「どうも、こんにちは。天気がいいですね。」
「うむ。こんにちは。ここは晴れしかないからのう。」
「そうなんですね。確かに、雲の上だと天気なんて関係ないですもんね。」
「そうじゃよ。しかし、お主、呑気じゃのう。突然の状況に驚いたりはしないのか?」
そう老人に言われ、驚いていない自分に驚いた。
人間は本当に驚いた時には冷静な思考を保てるものなのだなと思う。
「いえ、僕も今言われて冷静な自分に驚きました。もしかすると後で取り乱すかもしれません。」
老人は笑顔になり、優しそうな慈愛のこもった眼差しを僕に向けた。
「そうか。それでは取り乱す前ににいろいろと説明することにするかのう。」
「まず儂はお主の世界でいうところの神という存在じゃ。神というのは様々に多種多様に存在するのじゃが、わかりやすく言うとそのまとめ役。最高神と呼ばれておるのじゃ。」
この老人の神々しい姿を見て、神と言われれば納得もできる。
ここまで美しい白髪はみたことがない。汚れを知らない純白な布よりももっと純粋な白なのだ。
果たして僕の生きていた世界にこんなきれいな白色が存在するだろうか。
そう思うと老人、いや最高神の身分に納得がいった。
「そうなのですね。」
「そうなのじゃ。そして、この空間はお主と話をするために儂が作った空間じゃ。そうじゃの、所謂現実とあの世の境目と言ったところかの。」
最高神があの世という言葉を口にしたとき、僕は驚きに目を見開いた。
「あの世…。あの、僕は死んだということでしょうか。」
「そうじゃの。お主は死んだのじゃ。」
僕は死んだという。
普通だと今ここで最高神と話している自分がいる以上死んでいるということは受け入れられないだろう。
ただ、何故だかこの最高神が言う言葉には重みや説得力があり、僕はすんなりと受け止めていた。
「そうですか。僕は死んだんですね。」
僕がそういうと最高神は憐れみを込めた目を僕に向けた。
「そうじゃ。お主は死んだんじゃ。辛いことを突然言ってしまってすまないとは思っているんじゃが…」
「大丈夫です。もう納得しましたから。ただ、なんで僕が死んだかということだけは聞かせていただきたいです。」
「お主は修学旅行の移動でバスに乗っていたじゃろ?そのバスが雪道でスリップして、単独事故を起こしたのじゃ。その時の衝撃でお主は頭を打ってしまってそのまま死んでしまったのじゃ。」
「それじゃあ、あの夢での大きな揺れは…。」
「そういうことじゃの。」
「そうですか。それで、他のクラスメイトはどうなったんでしょうか…。」
僕は事故の話を聞き、クラスメイトが心配になった。
きっと僕以外にも被害が出ているのだろうなと思った。
「いや、お主以外に死者はおらんのじゃ。流石に怪我をしたものはおったが、いずれにせよ今後生きていくのに支障はないような怪我じゃ。」
「よかった。本当に良かったです。」
クラスメイトが無事ということを聞き、心の底から安堵した。
「しかし、お主はまっことに立派な魂をしておるのう。まさか、自分が死んだことよりもクラスメイトの命の心配をするとはのう。」
「そこまで不思議な事でしょうか。」
「普通は自分の状況についていけずにそこまで頭が回らんのじゃよ。とても立派じゃ。」
「ありがとうございます。ただ、やはり、友達に会えないってなるのは少し寂しいですね。」
そういうと最高神は悪戯が成功したかのような満面の笑みを湛えて僕に答えた。
「わははは。それがの、会えるのじゃよ。」
「どういうことでしょうか。全くわからないのですが…。」
僕は死んでいる友達は生きている。
この状況で僕がどうやって友達に会えるというのだろうか。
幽霊にでもなって夢枕に立てとでも言うのだろうか。
それとも誰かの守護霊にでもなれというのだろうか。
「色々考えているところ申し訳ないのじゃが、きっと全く見当違いなのじゃ。実はな、お主は別の世界で勇者として召喚されることになっておるのじゃ。」
「はあ。」
「そしてな、その仲間として、お主の仲の良かった友達も召喚されることになっておるのじゃ。」
情報量が多く、全く理解が追い付かなかった。
それを察したのか最高神は孫を見るような目で僕に説明をしてくれた。
「まずお主はその魂の気高さから稀有な存在なのじゃ。常々勇者になりえる存在を探してはおったのじゃが、勇者として召喚を許可するためにはいくつかの条件があっての。
まずは魂の気高さが勇者として相応しいものでなければならないのじゃ。
勇者として相応しい魂の気高さを持つ存在は大体十億人に一人と言ったところかのう。
その点でお主はまず合格じゃ。
そしてな、その稀有な存在が死んだときでしか勇者として召喚することが出来ないのじゃ。」
「なるほど。となると僕は勇者召喚にはうってつけの存在ということですね。」
「そうじゃ。そして、今回のケースは少し特殊でな。本来なら勇者一人が召喚されるはずなのじゃが、今回の召喚者が魔力を魔方陣に込めすぎてしまったようでな、お主の周りの人間にまで作用されてしまったのじゃ。その結果お主の友達までも召喚対象になってしまったのじゃ。」
勇者という単語がある時点で魔法だったりというものがある世界なのだろうとは思っていたが、実際に具体的な話を聞かされると、憧れと不安が入り混じった感情を抱いた。
そんな世界で果たして僕は生きていけるのだろうか。
そして、友達は僕のせいで巻き込まれている。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
友達には家族だっているのに。
そう思っていると最高神が僕の頭に手を置いた。
「今、お主はきっと友達を巻き込んでしまったということが悩ましいという顔をしておるのう。」
「はい。友達は生きています。死んでしまった僕とは違います。そして、友達には家族がいるんです。」
「大丈夫じゃ。」
「何が大丈夫なんでしょうか。友達は無関係で…」
「実はのう、今回巻き込まれるお主の友達については既に話がついておるのじゃ。」
「それはいったいどういうことでしょうか。」