第九十一話 ラジットの献策
パヤがいなくなり、サイメイに密書を渡し、いつもの日常に戻る。銀山への物流を増やす計画を立てる。輸送業者は軍需物資を運ぶ業者を使えばいい。何を運んでいるかと詮索せずに運んでくれる。街の物流を担う商人たちは口が堅い。
こちらからゴブリンに出す米は、穀物取引所から買えばよい。取引所の所長であるアンドレは父親。必要な書類は用意できる。召喚石はかさばる物ではなない。ただ、館の倉庫に置くと見つかった時に困る。召喚石は寺の倉庫に預けておこう。僧正の立場があれば、武僧たちもとやかくは言うまい。
縁故関係を利用し品物を手に入れ、宗教団体を隠れ蓑にするなんて、ますます悪徳庄屋のやりそうな仕事だが、今は乱世で、ここは最前線。街と村を守るためには、綺麗ごとは言ってられない。
お昼になると、ラジットがやってきた。暗号が解読できたのだろうか?
ラジットは明るい顔で頼んできた。
「庄屋様。暗号を早く解きたいので、お金を出してください」
金の話か、いくらかかるんだろう。
ユウトの気が滅入ると、ラジットは笑った。
「なに、そんな大金はいりませんよ。金貨の二十枚もあればいいでしょう」
国家レベルの暗号解読にかかる費用にしては激安だった。
「何に使うんですか?」
「酒場に密書を貼りだして、庄屋様からの挑戦状として懸賞金を懸けます。解ければ安酒を一樽進呈します。参加者が多ければ、解くにはそれほど時間がかからないでしょう」
ラジットの言葉に驚いた。
「まずいでしょう。テルマの遣いかもしれないパヤが持ってきた密書ですよ。機密情報が書いてあったらどうするんです?」
「パヤは自分がテルマの使者だと名乗っていないでしょう。なら、密書をどう扱おうとこちらの勝手です。もし、機密情報が書いてあったらテルマが間抜けです」
パヤの後ろにテルマがいるのは予想でしかない。パヤが本物の使者かどうかもわからない。ならば、密書の中に何が書いてあっても、極東の国の偽密書だったで、通せばよいか。
酒場の大衆の中にテルマの暗号が解ける者がいるとは思えない。だが、もしいたら、そいつはなかなかの人材だ。街で雇っても良い。失敗しても金貨二十枚。使われ方も町人の娯楽なら悪い気はしない。
「わかりました。金貨を出しましょう。それでいつくらいに解けますか?」
「一晩もあれば充分かと」
才女のサイメイにして時間が掛かるとした難題を一晩で解くのか? 賢者のラジットの言葉でなければ信じがたい。だが、もし早く解ければテルマにこちらの実力を認めさせられる。やって損はなし。ユウトは金貨を渡してラジットを帰した。
ラジットが帰っていったので、穀物取引所に行く。アンドレはすぐに会ってくれた。
「父さんは元気ですか? 今日はお昼を一緒に食べましょう」
息子でもあり、街の有力者であるユウトの誘いなので、アンドレは機嫌よく受けた。
「美味しい旧王国風の料理を出す飯屋を見つけた。混雑しているが、金を出して席を空けさせよう」
父は着実に街で基盤を築いていた。商談用に無理が利く料理屋を一軒、二軒押さえて接待に使っている。旧王都で羽振りが良かった頃の勢いを取り戻していた。
「いえ、取引所の応接室でいいです。親子だけで邪魔が入らない状況で食事しましょう」
かつて豪商と呼ばれただけに、ユウトの言い回しにアンドレはピンと来たようだった。
アンドレは、すぐ食べられるサンドイッチを買ってこさせると、人払いをする。秘書と給仕にも退出を命じる。秘書も給仕も慣れたもので、主人の意を汲んですぐに外に出た。
二人きりになったところでユウトは切り出す。
「穀物の取引状況はどうですか?」
「盛況だよ。去年はマオ帝国では米が大豊作だった。あまりに穫れて、南部では大きく値崩れして貴族たちが困った。少しでも高く売ろうと、ここ東部まで米を運んできている」
穀物の価格は貴族の収入に直結する。あまりに穫れ過ぎるのも生活を苦しくする。だが、マオ帝国がここまで大きくなれば、輸出によって調整する対応も取れた。おかげで、急に人口が増えた東部でも、食糧の奪い合いになっていない。
アンドレはもう一つ教えてくれた。
「北部からライ麦が入ってくるようになった。あまり売れてはいないが、北部出身の人間には好評だ」
東の地からは北部への輸送ルートがある。安ければ運んでも商人に利益が出る。北に米を運んで、帰りに荷馬車を空にして戻って来る商人はいない。人を運んだり、物資を運んだりしているので、北部の経済にも良い影響が出ている。
ユウトは本題を進める。
「では、街で米を買い付けてもそれほど問題にならないのですね」
「ユウトが商売を始めたいのか? それとも街で米の在庫を持ちたいのかどっちだ?」
「街です。街を豊かにするために、米を買って外で売りたい」
どこに米を持って行くのかはあえて教えなかった。だが、米の売買で利益を出したいのなら、街には取引所がある。外にまで現物を持って行く必要はない。
アンドレは米の行き先を確認にしなかった。ユウトを止めもしなかった。
「リスクのある取引をしようとしていないか?」
「リスクはありますが、実入りも大きい取引です」
アンドレは冷静にユウトを評した。
「庄屋殿が決めたのなら、穀物取引所の所長としては止める気はない。ただ、息子になら言いたいことが二つある。お前には長男のエンリコほどの商才はない。商売の攻め時と引き際がわかっていないと知れ」
密貿易が拡げ過ぎて大損するのを警戒しているのか。わからんではない。領主がのめり込むようなら、注意は必要だ。
「もう一つはなんですか?」
表情を厳しくしてアンドレは教えた。
「きちんと自分の利益を取れ。己の利益にならない取引はするな」
父らしい言葉だった。だが、あれこれとやりたいようにやってユウトは庄屋から大庄屋にまで出世した。領主や代官は無理も言ってくるが、待遇も生活にも満足している。
もっと儲けたいなら、儲けられただろうが、これでも良いと満足している。アンドレには野心のなさが不満なのだろうが、ユウトももう独立している。やりたいようにやりたい。
「教訓、しかと覚えておきます」
「ならばよい。あとはできるかぎり協力しよう」
その後、情報交換をして米の運び出しについて大まかな打ち合わせをした。
館に帰って、一晩が経過する。
朝食を済ませるとサイメイがやってきた。サイメイの顔は明るい。
「庄屋様。暗号が解けました」
本当に一晩で解けたな。ラジットの予言した通りになった。
「どうやって解いたの?」
「酒場で懸賞金を付けて、老若男女で色々と考えたら、すらすら解けました。中でも、お年寄りのセンベイさんの功績が大きいです」
聞いた覚えのない名前だった。響きからして極東の国から流れて来たのか。街にはまだ在野の傑物がいる。探し出して会っておいたほうがいいな。人材の発掘と登用は庄屋の仕事だ。
「センベイさんってどんな人?」
「田舎の小役人の隠居と謙遜していました。ですが、あの頭脳はきっと名のある学者だと思います」
サイメイが帰った後にハルヒを呼ぶ。ハルヒは街のお年寄りに詳しい。
「小柄な老人でセンベイさんってどこに住んでいるの?」
「知らない人ですね」
と、ハルヒは首を傾げる。
街に一時金を払って入居した老人ではないのか? 街も暮らしやすくなってきたから外から部屋を借りて住む人が増えた。だが、収入がない老人では生活は苦しいはず。これは探して、しっかり雇い入れよう。
「センベイさんを探して。顔はサイメイが知っているから、似顔絵を描いてもらって」




