表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/187

第九話 軍師カクメイ

 村の世話人からの報告がきた。

 昨日の晩に恐慌を来して村から逃げた兵士は五十名。


 そのうちほとんどが昼になっても帰らなかった。

 僻地にある村とはいえ、周りは帰れなくなるほどの複雑な地形ではない。


 嫌な予感がした。夕方前にロシェがやってくる。

 ユウトはお礼を述べる。

「昨晩は村を守ってもらい、ありがとうございました」


 ロシェは軽くユウトの礼を遮る。

「村人を守るのが軍人の務めじゃからな」


 気になっていた情報を尋ねる。

「相手は本当にゴブリンなんでしょうか?」


 ロシェは軽い調子で断言した。

「柵の外にゴブリンの死体を確認した。ゴブリンが相手で間違いはない」


 エリザの報告は本当なのか。でも、昨晩の襲撃は激しかった気がする。

「相手の数は三十とは本当でしょうか」

「それは間違いじゃ。昨晩に相手にしたゴブリンだが、三百はいる」


 ロシェの言葉に驚きを隠せなかった

「エリザさんの報告とまるで違いますよ」


「敵は用兵に慣れておる。隊を小分けにして休ませることなくして襲撃。弱らせ、脅かし、士気をくじく。やっとのことで安心したところで、総攻撃で殲滅するつもりだったのじゃろう」


 ゴブリンってこんなに頭が良いのだろうか。

「ではどうして村は無事だったんですか」


 ロシェは馬鹿にするなと言わんばかり怒る。

「儂を誰だと思っているんじゃ。こっちには防衛施設があって歴戦の精鋭がいるんじゃぞ。倍くらいの襲撃なら軽く防衛できるわ」


 討伐隊はゴブリンを侮って負けた。ゴブリンはロシェを侮って負けたのか。

 村を襲ったゴブリンは頭が良い。頭が良かっただけに、ここがお年寄りの村だと知っていた。また、老兵だけだと知り、落とせると踏んだのが間違いだった。


 俺が老婆・ロードじゃなかったら。ロシェがいなかったら。きっと村は滅んでいたな。

 不安もある。さすがに毎夜毎夜襲撃されたら、討伐隊と同じ目に遭う。


「今夜も来ますかね?」

 ロシェは心配していなかった。

「来たら阿呆じゃな。いっそやりやすい」


「用心はかかさないでくださいよ」

 ロシェの顔が曇る。

「もちろんじゃ。だが、ここからが大変じゃぞ」


「村が襲われることはないのに、何が大変なんですか?」

「ゴブリンは他の村でやりたい放題やるじゃろうな」


「まさか、ロシェ閣下を誘き出すためにですか」

「儂を引き離してここを攻める。こなければやりたい放題を続ける」


 充分に考えられる展開だった。

 参ったな。俺は一人しかいない。ロシェの討伐隊に従いていけば村が危ない。


 村に籠れば討伐に出たロシェが討たれる。ロシェが討たれれば村は守れない。

 これは遅かれ早かれ村が滅ぶぞ。


 ユウトが不安になるとロシェが苦い顔で意見する。

「どうじゃ、大変じゃろう?」

「総督に大部隊を派遣してもらいましょう」


 ロシェは暗い顔で首を横に振る。

「無理じゃな。総督には面子がある。たかだか、数百のゴブリンに万の軍隊を動かしたとあれば笑い者じゃ」


 また偉い人のせいで苦い思いをするのか。

「そんな悠長なこと言っていたら、次々に村が滅びますよ」

「今回の件は手遅れになるだろう」


「ちょっと、それはないでしょう。わかっているなら、助けてくださいよ」

 ロシェは真剣な顔で宣言する。

「残念だが儂に手はない。だが、儂は駐屯軍の司令官じゃ。解決はする」


「どうするんですか?」

 ロシェはあっさりと認めた。

「儂にもわからん。だが、解決法を知る者はいる」


「どなたです」

「古い友人で。カクメイという婆さんじゃ」


「お婆さんに解決できるんですか」

「カクメイはこれでなかなかの名軍師。ただ、ちょっと足腰が弱く、呆けかけておる」


 本当に老婆・ロードになったな。でも、大丈夫かな。

 夜になった。ロシェの読み通りにゴブリンは来なかった。


 奇襲が失敗して攻め難しと見たか。ターゲットに固執せず目標を変えたか。

 三日後、悪い知らせが届いた。


 ハルヒが不安な顔で教えてくれた。

「庄屋様。近くの村でゴブリンによる略奪がありました」


 始まったかと苦々しく思う。だが、助けは出せない。下手に動けば共倒れである。

「ここにはロシェ閣下の精鋭がいる。安全だよ」


 躊躇いがちにハルヒはお願いしてきた。

「ロシェ閣下に討伐隊を出してもらうわけにいかないでしょうか」


 ユウトは心の中で犠牲になった村人とハルヒに謝りながら答える。

「頼んではみるよ。でも、すぐには動けない。軍も役所だから」


 ごめんな。今は駄目なんだ。

 次の日には良いニュースが入った。


 飛竜でカクメイがやってきた。カクメイは白髪でよぼよぼのお婆さんだった。

 一人では歩けず、介助人が必要だった。目も良く見えていない。


 服は食べこぼしで汚れており、着方もだらしない。

 ロシェがカクメイを出迎える。


「よく来てくれた。カクメイ」

 カクメイはプルプルと震えながら小首を傾げる。

「はて、誰じゃったかのう?」


 不安しかなかった。このお婆さんに村の運命が懸かるのか。

 ロシェは気にせず笑いかける。

「ほら、ロシェじゃ。よく軍議で討論したじゃろう」


 カクメイはぼんやりとロシェを見て薄ら笑う。

「おお、おお、娘婿のロシェか、孫はどこじゃ」


 本当に大丈夫なのかな?

 ロシェは気にしない。


「温泉が好きじゃったろう。ここの温泉はいいぞ。飯も上手い。ゆっくりしていけ」

 ロシェは微笑むとカクメイを連れ行った。


 別の村が襲われた一報が入った。ハルヒは悲し気な顔でユウトを見る。

 良心が痛んだ。


 俺だって、見捨てたくて、見捨てているわけじゃないんだよ。

 弁解はむなしいので我慢する。


 カクメイが到着して四日後。カクメイを連れてロシェがやってきた。

 カクメイはきちんと服を着ていた。目にも知性の光が宿っていた。


 シャキッとはしたようだ。だが、果たして大丈夫なのかな。相手は強敵だぞ。

 カクメイは椅子に座ると、にこりと笑う。


「私の頭に叡智の光を戻してくれてありがとうございます。温泉と料理のお礼に、この難局を救ってご覧に入れましょう」


 言葉は頼もしい。だが、本当にゴブリンを倒せるのか。不安だった。

 ロシェをちらりと見ると、ロシェは自信ありげにニヤリと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ