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第八十三話 オーバー・ロード と 老婆・ロード

 高いか安いかわからない買い物をして屋敷に帰った。人払いをして袋の口を開く。中身は古びた書物が五冊。表題は読めないが、以前にキリンが持って来た転職の書に似ている。


 転職の書が五冊で大銀貨三枚とは安過ぎる買い物だ。ホークは果たして中身を知っていいたのだろうか? 袋の底には一枚の紙が入っていた。紙はクリーム色の一般的な紙だった。広げるが、何も書いていない。


 紙を机の上に置くと、仄かに光り出す。紙の上に全長二十㎝の人間の幻影が浮かび上がった。女性は短い金色の髪をして、白い肌をしている。顔は丸く、体形は、ぽっちゃり型。年の頃は三十前後で色あせた赤いローブを着ている、


 幻影の女性が語り出す。

「私は山に住む者で名はアイン。人は私を転輪王またはオーバー・ロードと呼びます」


 オーバー・ロードは山にいたのか。ここで接触してくるとは目的が気になる。戦争を止めたい、とかならいいが。それなら、ホークを介して庄屋なんぞと接触しなくていい。アインの目的は何だ。

 アインは微笑み言葉を続ける。


「帝国が山を通り道とだけするなら、よいでしょう。ですが、支配するのであれば、これは大きな災いを呼ぶでしょう」


 こちらからのメッセージが通じるかわからないが、問い掛ける。

「山を通り抜ければ、先にある極東の国と戦争になりますよ」


 涼しい顔をしてアインは答えた。

「でしょうね。それで、それが何か問題でも?」


 アインは二つの国をぶつけようとしているのか。山の一部で、終わらない戦争を続けさせて、山全体としては平和を保つ策か。山は険しく通り抜けるだけでも一苦労。大軍は通れない。決着は、なかなか着かない。


 戦地が山の中なら白骨山道ができるが、街は平和だ。むしろ、戦線が後退しないなら、戦争による需要で商売ができる。だが、それは、やっていけない気がする。


 とはいっても、今のユウトには、和平に持っていく交渉は不可能。また、庄屋では戦争を止める力はない。戦争に関する権限を持つのは皇帝と軍部だ。


 滔々とアインは語る。

「人間は殺し合う生き物です。人間の本性を無視してはいけません。殺し合いたいなら、殺し合いを飽きるまでさせてあげるべきです」


 アインは正気か? 気になったので確認する。

「貴女は死の商人ではない。戦争が続く状況で何を得るのですか?」


 些細な話だとばかりに、アインは言ってのける。

「何も得ません。私は平和を望み。煩わしさを嫌います。山の民が殺戮されようが、マオ帝国の人間が戦死しようが、極東の国の兵の死体が野晒になろうが、知ったことではありません」


 オーバー・ロードは、もっと徳の高い君主的な人間を想像していたが、違うな。アインは本当にオーバー・ロードなのだろうか?


 もしかしたら、誰かが裏でオーバー・ロードの名を使って偽情報をばらまいているのかもしれない。


 オーバー・ロードなら転職の書を作れる。なら、気軽にお土産として転職の書も配れよう。転職の書は金さえあれば買える。財力があれば偽装可能だ。


 ユウトが疑っていると、アインは優しい目で問い掛ける。

「我が友、キリンのイクサは元気にしていますか? イクサは丁重にもてなしてもらいたいものです」


 キリンの名まで知っているのか。前にキリンは転職の書を持って来た。あれは、オーバー・ロードの元にあった書か。キリンとオーバー・ロードが繋がっていても、不思議ではない。とすると、アインは本物のオーバー・ロードなのか?


「貴女の目的は、何ですか?」

「全てのロードたちの力を発展させて、世界をもっと良くしたい」


 言っている思想は立派だ。されど、人の命がどうでも良い存在が見る未来とは、どんな未来かが不安だ。大地に優しくても、人に残酷な世界が到来するかもしれない。


 アインが少しばかり残念がる。

「思っていたより、時間がないようです。最後に何か聞きたい話でもあれば、一つ二つどうぞ?」

「より良い世界のためとやらのために、俺に何をさせたいんですか?」


「東の地の実権を手に入れてください。二城も含めてです」

 東の地は山に囲まれた盆地。平野への出入するための場所は二箇所。一つは北西の街道の先にある城を抜けるルート。もう一つは南西の街道の先にある城を通過するルートだ。


 この二城を押さえておけば東の地は閉鎖できる。

 仮にユウトが領主で二城を閉鎖したとする。巨大なマオ帝国が相手なら、東の地を守るのは無理だ。全住民が協力し、かつ、名采配を振るっても一年も保たない。たった一年ばかり王様気分を味わうことに何の意味もない。


 それとも、アインはマオ帝国が分裂するとでも思っているのか? 今のところは、そんな兆しは全くない。はたまた、この東の地には、まだ誰もが気付いていない大きな価値があるのだろうか。

アインは先を促す。


「あと、一つ、どうぞ」

「貴女に協力して俺は何を得るのですか?」


 今の地位で満足しているが、見返りがある提案なら聞いておきたい。これは単純に、興味からだった。


 アインは、さらりと教えてくれた。

「得るものは、ほとんどないでしょうね。ただ、失うものもないでしょう」


 タダ働きともとれるが、ユウトは「失うものはない」の言葉が気になった。

「もしかして、俺は今のままでは大切なものを失う。だが、貴女に協力すれば、失わなくて済む、とでも?」


 アインはユウトから視線を外す。

「時間ですね。私の言葉は、どうとってもらっても良いですよ」

「協力を要請しておいて、誤解させるような言い方は、いささか卑怯ですね?」


 アインは意地悪く笑う。

「それが政治です。あと、女は少しミステリアスなほうが美しく見えるんです」


 幻影は消えると、紙は燃え上がり、消えた。テーブルの上には灰が残らず、焼け焦げもない。

 現状では得な取引ができたが、接触が本当に得だったのかは、わからなかった。

 オーバー・ロードか、講和会議の前にきて何を画策する。

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