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第七十八話 人事異動

 頼み事は決まっているので、密書はすぐに完成した。好感を持ってもらえるように細工する。紙はこの付近ではあまり流通しない雁皮紙を使った。


 リスクを見積もるために、ダナムを訪ねる。ダナムは家の前の除雪をしていた。

 家の中に入れてもらう。少々、危ないと思ったが率直に尋ねる。

「もし、俺が敵国にある村と文通を始めたら、レルフ中将はどう思いますかね?」


 ダナムが不機嫌にユウトを睨む。だが、怒鳴りはしない。

「そんなことをレルフの前で絶対に言うなよ。反逆罪で捕まるぞ」


 レルフ中将に知られるのは危険か。

「レルフ中将だから捕まえるのですか? それともマオ帝国軍人だから、捕まえるのですか?」


「面白い質問だな。両方だ。俺とてまだ軍に籍があったら黙ってはおれん。ただ、今の雇い主は庄屋殿で、仕事は相談相手と水道の警備だ。その点は理解している」


 マオ帝国軍人は忠誠心が高い人間が多いんだな。特に上に行けば行くほど忠義に厚い人物は多いのか。


 皇帝の手腕の賜物だ。だが、人間は不満を持つ生き物。不満を持って軍を離れた人間なら協力はしてくれるか。レルフ中将には秘密にしておくと決めた。


 ダナムとの相談後に屋敷にミラが来た。領主が待ちに待っている納税の時期なので、訪ねてくる頃合いだった。リシュールが作成した納税書類なので不備はない。計算間違いもない。


 書類のチェックを終えると、ミラと軽く飲む。

「この街の書類のチェックは楽でいいわ。他もこうであってほしいわね」


 ミラの評価は高い。当然である。こっちは天下の大宰相が務まる人物を使っている。役人の心もやり口も全て知り尽くしている。


 ミラのワインを飲む姿は実にほっとしている。

「領主様はユウトの働きを認めています。この度の銀行を通して納税の提案についても、褒めておられます」


 便利だからね、銀行振替の納税。銀行も手持ちの現金が多くなるので、頭取のロックも喜ぶ。金は金を呼ぶので穀物取引も活発。手数料の収益は多く、穀物取引所に出資している街も潤う。


「この度の働きに応じて領主様はユウトに褒美を与えます」

「ありがたき幸せ」と喜びはしたものの、用心しておく。


 言葉通りに褒美とは限らない。領主様なら不良債権を押し付けてくる展開もある。

「南西の村、北西の村、ここの庄屋もユウトに任せます」


 おやっと思う? この二村には、支配者として騎士がいる。騎士は、一代限りとはいえ、貴族。領主といえど、かつてに庄屋を任命できない。


 ユウトの疑問をミラが答える。

「村を支配する騎士が山で戦死しました。どちらも、後継者がいません。二村は領主様の直轄領に戻ります」


 戦争は厳しいな。北西の村の騎士には男子がいた。だが、まだ子供ゆえに領地の管理は無理としての召し上げ。南西の村の騎士に二人の男子がいた。こちらは、成人している。となると、父と一緒に従軍して亡くなったと見ていい。


 山では多数の将兵が亡くなっている。攻勢に出ている時はいいが、負けるとすぐに死体だ。厳しい世の中だが、戦いの人生を選んだのは他ならぬ軍人たちだ。


 これで七村、一鉱山、一街を経営する大庄屋だ。この山岳地方は現在、十三村、一鉱山、一街、二城からなる。領地の半分はユウトが経営している。ロック辺りと組めば経済力で山に囲まれたこの地を支配できそうなもの。つまり、用心が必要なポジションだ。


 領主は有能な庄屋を欲している。だが、有能過ぎる人間は目障りと思うかもしれない。

 戦地を離れた北西と南西の村は貧しいが平和である。平和も資源と考えれば有効利用できる。


 ミラが機嫌よく語る。

「この地の生産力は日に日に高まっています。十万石に到達する日も近いでしょう」


 十万石越えは一つの目安。十万石を超えれば格が一つ上がる。だが、よいことばかりとは限らない。城の増設や体面を保つための経費も増える。庄屋としての舵取りはより難しくなる。


 ユウトは、ここでへりくだった態度でミラに質問する。

「ところでお代官様。遠く離れたところに交友を見出しとうございます。文通するのを領主様は、どうお思いでしょうか?」


 ミラなら怒るとは思わない。だが、ストレートに言うと危ない。

 わざと持って回った言い方をした。


 目を細めてミラは微笑む。

「遠く離れた、とはどっち? 心情的に? それとも地理的に?」

「詩的表現でございます。かの詩人ミゲロのようにです」


 ミゲロ・ハサンは、この地方では有名な詩人だった。活躍時期は、山の中にあった人間の国家が滅亡する前。出身地は山の中の街で、極東の国を思う詩を詠んだ。知識人なら知っているので、ミラの知識にもある。


「ミゲロの詩を私は好まないわ。でも、領主様は好きね。ミゲロの業績を調べて書物にして献上すればお喜びになるわ。もっとも、皇帝陛下の怒りに触れた時は庄屋が責任を取るならば、だけどね」


 ミラの言葉の解釈はわかる。ミラは領主の代行として、暗に独自外交に踏み出すのを認めた。名目は詩人の足跡を追うとしてだ。ただ、これは秘密裏にやらねばならず、失敗した時はユウトが責任を取らされる。


 領主は外面ではマオ帝国に忠誠を誓っている。だが、内心では今の地位では終わりたくないのが見てとれた。


 領主様が出世して転封になった時を見据えるか。領主様の後釜にサイメイを置けば、俺の地位と、この地は安泰だ。


 宴の最後でミラが指示を出す。

「冬の終わりに大きな会議がこの街で開催されます。準備しておきなさい」


 軍の会議なら後方の城でやる。とすると、政治的な集まりだな。なおかつ、この街が舞台となるなら、異種族絡みか。第一回講和会議か。


 春から秋はマオ帝国にとって農作業の時季。職業軍人は活動できるが、お百姓さんは農作業に忙しい。戦争に動員できる人的資源量が変わってくる。春までの戦果を評価して、方針を調整する流れは考えられた。


 ほどなくして、人事が通達される。通知では騎士の殉職と共にユウトの昇進が載っていた。北西の村と南西の村の元庄屋が引き継ぎにきた。


 ユウトは提案した。

「村での地位ですが、引き続きナンバー・ツーの年寄役をお願いします。役料は据え置きを約束しますよ」


 二人の元庄屋は収入が保全されると知ると、安堵していた。

 ユウトとしても不祥事を起こしていない二人を切るメリットはない。新たに経営するは狭い村。外から空気を入れる対応はしなかった。


 方針が固まったので、ユウトは氷竜の長距離飛行訓練としてコジロウを外に出す。色よい返事を期待したいが、こればかりはわからない。

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