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第七十六話 明らかになりつつある脅威

 新年が明けると、レルフ中将は約束通りに軍を出した。人数は五百名で部下のフブキ大佐が指揮する。山の麓の雪はまだ深くはない。どうにか間に合った感じだった。東の三村には無事でいてもらわねば困る。


 代官のミラに今年から納税は銀行振り込みにしてもらえるように、陳情の手紙を書く。

 街には穀物取引所がある。税として納める小麦は換金が容易だ。銀行もあるので、穀物取引所から銀行口座に入金ができる。あとは振込手数料を払って送金すればよい。


 重たい小麦を、わざわざ城にまで運ばなくていい。振込手数料は運搬代よりずっと安い。経費を節約できれば、領主の収入も増える。どうせ、軍は足りない兵糧を街で買う。書面上だけでお金をやりとりしたほうが合理的だ。


 手紙を書き終えると、キリクがやってきた。

「庄屋殿、我が隊にも司令部より命令がおりました。これより軍務に就くのであまり街のお手伝いはできなくなります」


 軍では部隊の再編があったな。グリフォン部隊は便利だ。道の状態に関係なく高速で移動できる。カバーできる範囲も広いので、防備にはもってこいだったので、残念でもある。


 軍の動きが気になったので探りを入れておく。

「どちらに行かれるのですか?」

「我らの任務は後方支援です。主に兵站任務に付きます」


 山の麓にはまだ雪がそれほど積もってはいない。山の中は積もったな。山中では馬でもゆっくりとしか進めない。となれば、山の民は待ち伏せと奇襲で、馬による補給路を潰せばいいと、素人でも考え付く。


 空からの輸送なら警戒は容易。物資の空輸で砦を維持する気だな。グリフォンの翼は強い。多少の悪天候でも飛べる。運ぶ荷を制限すれば戦闘も可能だ。


 アース・ワームと暴食龍の脅威を防いでくれたから、良しとするか。

「山の中の戦況はどうなのですか?」


 キリクがちらりと部屋の隅に控えてているママルを見る。

 気を利かせてママルは席を外した。


 二人だけになってからキリクは話す。キリクの表情は芳しくない。

「とても悪いです。マオ帝国は四つの砦を奪い、三つの砦の建設に懸かりました。ですが、建設中の砦は全てが破壊されました。奪った砦も、二つを奪い返されました」


 山の民は数では負ける。正面から戦わないか。地の利がある山奥にいったんマオ帝国軍を入れる。その上で叩いてきたな。


 マオ帝国が確保できた拠点は二つ。冬は、まだ終わらない。

 このままでは、春になれば侵攻前の状況に逆戻り。犠牲者だけを出した、で済めばいい。


 下手をすれば街を破壊しに山の民が攻めて来る。街を落とされれば、マオ帝国は三年ぐらい、山には手出しできなくなる。


 心配が当たった。だが、現状はマオ帝国の上層部にも予想できたはず。マオ帝国の上層部は何を考えている。ここから、何か山を制圧する奇策があるのか。


 それとなく、訊き出そうとした。

「正直な話、マオ帝国上層部は作戦失敗に慌てているでしょうね」


 キリクが不思議がって答える。

「いえ、それがあまり慌ててはいない様子です」


 これは何かマオ帝国は企んでいるな。侵攻計画の下準備を誰もわからないところでやっているのか。だが、山の民とて手の内を全て明かしたわけではない。


 この戦争、成り行きによっては、一年や二年はでは終わらないか。

 キリクの表情が暗くなる。

「ここだけの話ですが、庄屋殿には教えておきます。二つ問題が起きつつあります」


 重要事項だ。備えておきたい。

「是非とも聞かせてください。危険は早めに知りたい。対策が立てられるかもしれない」

「建設中の砦を破壊した存在は雪山龍です」


 あの小山のような龍を誘導してきたか。雪山龍は冬限定でしか使えない。だが、上手く運用すれば、浮遊要塞だからな。でも、街では対龍抗槍の作製が始まっている。雪山龍は何とかなる。もっとも相手が一体ならばの話だが。


「それで、もう一つは何です?」

「山の民の中で最大勢力を持つダーク・エルフです。彼らのクィーンが確認されました」


 ダーク・エルフ女王はこの辺りの昔話に出てくる。おそろしい魔術を使い、この辺りにあった人間の国家と戦った。ダーク・エルフ・クィーンは最後に人間の国家を滅ぼした。


 人間たちはダーク・エルフを恐れ、西に逃げた。ユウトたち旧王国はダーク・エルフたちに追われた国家の末裔だった。


 ダーク・エルフたちは人間より長命。もしかしたら、栄華を誇った国家を滅ぼした時のクィーンが存命なら簡単には倒せない。


 他にも謎の凶主と呼ばれる存在や、オーバー・ロードまで山にいる。敵は、ただ広いだけの山岳地帯を支配する蛮族などではない。問題は山の危険性が宮廷にまで届いているか、だ。

「山を支配下に置く政策は、無理かもしれないですね」


 キリクは冷静に異を唱えた。

「それはどうでしょう? 仮に名将や名軍師が敵にいても、マオ帝国の物量は圧倒的。もはや、マオ帝国に敵はないですよ」


 キリクにしても複雑な心境だろう。キリクたちの出身とする北の平原もマオ帝国に次々に敗れた。キリクたち一族は先見の明と政治力でマオ帝国に付いて生き延びた。


 本来なら、マオ帝国には屈したくなかったかも知れない。

「俺は単なる庄屋です。この地方の住民が平和に暮らせば、それでいいんですけどね」


 ばちばち、と音がする。雹が建物を叩く音だった。雷鳴も聞こえてきた。

 珍しいなと思っていると、ママルが入ってくる。


 ママルの顔はとても厳しい。

「僧正様、天が黒く染まりました。この悪天候は不吉な前触れです」


 冬なので天気が荒れるなんて状況は珍しくない。ママルも知っているはず。

 なのに、人払いの接客中に入ってきて警告するとは、異常事態が起きたのか。


「外にいたものが不吉な龍の声を聞きました。儂も聞きました。あれは、嵐龍です。備えねば、街は吹き飛びます」


 問題は二つではなく、三つだったのか。それとも、誰かが嵐龍を起こしたのだろうか。

 新年は波乱の幕開けとなった。

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