第七十三話 暴食龍 対 竜士のコタロウ
龍への対応なら専門家に訊くに限る。竜舎に出向く。
コタロウは対応に出ない。代わりに孫のコジロウが相手になってくれた。
「お師匠様はお身体の具合が悪いので、私が対応します」
正式に教えを学ぶときは、祖父といえど「お師匠様」と呼ぶんだな。
「薬は必要ですか? 必要なら届けますよ」
「いえ、お師匠様は、そこまで悪くありません。大事を取っているだけです」
コタロウも高齢だ。いつ亡くなるかわからないから不安でもある。
人に聞かれない場所で、こっそり尋ねる。
「街から遠い場所ですが、暴食龍が出ました。対策は、ありますか?」
コジロウは考え込みながら答える。
「一番は逃げることです。暴食龍は簡単に倒せる相手ではありません」
強い相手とは戦わない。賢い選択ではある。だが、逃げるわけにはいかない。
「逃げると銀山が危ない。暴食龍は『龍』と名が付くので、対龍抗槍は有効でしょうか?」
「有効ですが一本や二本では倒せないでしょう。六本は必要でしょう」
対龍抗槍は当たれば火竜でも一撃で倒せる。そんな兵器を六回も当てなければいけないのか。外れることも考えると十本は欲しい。製作期間と持ち運びの時間を考えると間に合うかが問題だな。
「時間を稼ぐ方法は、ありますか?」
「一番は餌を与えてやる方法です。暴食龍は食べると眠るが大好きです」
野生生物らしい行動様式だな。
「一番の餌は何ですか?」
コジロウの顔が曇る。
「竜の肉です」
氷竜を餌にする判断は論外だ。氷竜には大金が掛かっている。餌になどできない。
「他にはなにかありますか?」
「やはり、肉ですね。牛や馬が大好きです。馬は速いので牛がよく狙われます」
どちらも高級品だね。大食いの暴食龍の餌には、できない。
「穀類はどうでしょう。米なら安く手に入ります」
うーんとコジロウは考える。
「暴食龍は何でも食べるので米も食べます。でも、肉の気配があったら追っていきますよ」
アース・ワームが近くにいると、臭い肉でもそっちを追うかもしれないな。餌付けで時間稼ぎは無理か。
対龍抗槍の完成を急がせるのはいい。だが、そうすると、レルフ中将からの注文を待ってもらわねばならない。果たして、銀山の防衛を優先してくれるか。
困っていると、コタロウが現れる。
コジロウが驚いた。
「お師匠様。寝ていなくて、いいのですか?」
「最近は気温が下がってきたからな。体調もだいぶ良くなった」
暑さにやられて体力が低下していたところで、風邪を引いて伏せっていたのか。
熟練竜士のコタロウにも相談してみるか。ユウトはコタロウにも暴食龍の出現を教えた。
ふむふむ、とコタロウは聞くと確認してくる。
「上手くいく保証はありませんが、一つ策がございます。成功すれば肉も使わず、対龍抗槍も使わずに、暴食龍を倒せます」
そんな都合の良い作戦が可能なのか? できるなら儲けものだ。
「どんな策ですか。詳しく教えてください」
「奇抜な作戦なので、私に指揮を執らせてもらう必要があります。また、街の外にいるグリフォン乗りを動員してもらう必要もあります」
コタロウの発言に良い気はしなかった
「正面から戦うのは止めたほうがいい。損害が馬鹿にならない」
あっけらかんとした態度でコタロウは返す。
「策が決まれば被害はゼロで暴食龍は倒せます。掛かる費用も大銀貨で五十枚もいかないでしょう」
そんなに安く簡単に倒せるとは思えない。だが、龍を知る竜士ならでは、の解決策があるのか。
「何を用意すればいいのですか?」
「餅を搗く準備をしてください」
餅に薬を入れて眠らせるのか? 暴食龍は毒に強い。でも、コタロウは倒すと明言した。
「わけがわかりませんが、協力しましょう」
二週間の準備期間を置く。キリクたちグリフォン騎士団と共に夜が明ける前に街を出る。
重装備は不要とのコタロウの判断で、グリフォン騎士団は軽装だった。
変わった品は、臼、杵、蒸し器、大量の糯米と水を持っている状況だった。
とても、暴食龍の退治に行く装備ではない。これでは出張の餅搗き大会だ。
キリクたちは文句を言わなかったが、顔には不信感が現れている。
追い風に乗ったグリフォンは速い。森が開けた場所でコタロウは停止の合図を出す。
グリフォンが降りると、コタロウは号令を出す。
「餅の作成に掛かってください。水は多目にお願いします」
警戒用の斥候を残して、軍人がぺったんぺったんと餅を搗き始める。
キリクたちの文化圏では餅を食べない。餅搗きに苦労していた。
コタロウとコジロウがアドバイスを出して餅を搗いて行く。
三俵の糯米が見るみる餅に変わっていく。餅に変わったところはない。
コタロウは頃合いを見て火を焚き、醤油を煮詰める。辺りに醤油の香りが漂った。
食事に醤油を使わないキリクたちは、醤油の匂いに顔を歪める。
保温用の筵の上に搗きたての餅は積み上げられる。餅に醤油が掛けられた。
工程の最後になると、警戒に出ていた斥候が飛んでくる。
「暴食龍がこちらに向かっています」
醤油の匂いに釣られてきたか。さて、どうする?
コタロウは素早く指示を出す。
「道具は捨てて全員で騎乗。隠れてください」
辺りには木々があるので隠れられる。醤油の強い匂いが充満しているので臭いでばれることもない。全員が従い、隠れた。
しばらくすると、地響きがする。紫がかった体表を持つ太った肉食龍が現れた。暴食龍は二足歩行をしていた。暴食龍の体に付いた傷が戦闘経験の多さを物語る。
凄い威圧感だ。正面から戦えば二百人のグリフォン騎士団でも多数の犠牲者が出る。
肉食竜は数秒ほど警戒しただけ。グリフォンには気付かない。
もっぱらの興味は筵に注がれていた。筵まで大股で歩いていく。笛の音が辺りに響く。グリフォン騎士団は空中に飛び出した。だが、グリフォンは暴食龍を攻撃しない。
ただ、餌を狙うカラスの如く上空を旋回して激しく鳴いた。
グリフォンに餌を横取りされると暴食龍は思ったのか、筵に走り出した。
激しく鳴くグリフォンに急かされるように暴食龍は熱い餅を丸呑みした。
暴食龍の様子が二十秒もしないうちに変化する。暴食龍が苦しみ出してのたうつ。その後しばらくして痙攣して動かなくなった。
暴食龍は慌てて熱い餅を一気喰いして、餅を喉に詰まらせた。そのまま、暴食龍は亡くなった。
餌を盗られまいと慌てたのが悪かった。また、熱い餅なんて初めて喰うから喰い方を知らず丸呑みしたのがいけない。食い意地がはっていたのが原因だな。
鳴くのを止めてグリフォンたちが降下する。起き上がらないと思うが、キリクが暴食龍の喉を掻き切る。暴食龍に止めが刺された。
兵士たちがこんなに簡単に倒せて良いのかと顔を見合わせる。凄いな、お年寄りの知恵。安く、早く、暴食龍を葬った。これでレルフ中将にも顔を向けができる。




