第七話 英傑の野望
税務職員が帰ってから、いままでになかった厳しい訓練が始まった。
ロシェが先頭に立って参加するので、下の兵士は嫌とは言えない。訓練は僻地駐屯軍が行うものではなかった。老兵に耐えられるものでもない。
だが、誰一人、脱落者はいなかった。ロシェはなにかを確認していた。
ユウトは苦々しい思いで訓練を遠目に見ていた。
ロシェが危険になってきた。ロシェだけ恩恵効果から外せないか試した。無駄だった。
解明されていない能力だけに扱いがわからない。
まずいね、完全に戦時に備えた訓練だ。俺を世界中、引きまわして各地で戦うつもりか。
年と共に限界が見えれば、分をわきまえるしかない。だが、鍛えれれば鍛えただけ強くなるとしたら人はどうする。もし、どこまでも上を目指せるとしたら、人間はどこに行くのか。
ロシェは返り咲こうとしているのかもしれない。人生の最後まで戦場を駆け続ける気か。
ロシェが古豪を集めたらどうする? 俺の冒険はこれから始まるのか?
待ち焦がれた冒険の世界。凄腕たちと並んで歩く夢。
だが、いざ理想が迫って来るとユウトは尻込みした。
夢が叶うなら、俺は村を捨てるべきか。
村が安穏とした生活の象徴であれば捨てた。財産なら処分して武具に変えた。
だが、村は今のユウトにとって挑戦の場であり、形を変えた理想であった。
ロシェの遣いが話をしたいと言ってきた。かつての英傑が動くか。
ユウトは食事会をセッティングして家にロシェを招いた。
差し障りのない世間話の後、ロシェが切り出す。
「村を大きくしたいがどう思う?」
きたぞ、どんな爆弾をぶつけてくる。
「私はいち庄屋でございます。村が発展してくれれば嬉しいです。ですが、村の有り様が大きく変わるのは好みません」
ロシェは笑った。
「変革を嫌うなど、どちらが年寄かわからんな」
ロシェめ、何をするつもりだ。
ロシェが目をぎらりと光らせ語る。
「儂はこの村を練兵場にしたい。兵を集め精鋭を組織する」
ロシェの発言に冷やりとした。
「兵を鍛えてどうするつもりですか」
ロシェから覇気が感じられた。
「中央に返り咲く。このままでは終わらん」
元気になったと思ったら、権力欲が出たか。
ロシェには助けてもらった。感謝もしている。
だが、今のロシェは村に戦禍を呼び込む。危険な気がしてならなかった。
かといってロシェを排除する力はユウトにはない。
力を取り戻したロシェの武力は見た。並みの武将では討ち取れない。
ロシェは知将でもある、下手な奸計は見抜かれる。
なんだかとんでもない化物を目覚めさせちまったな。
「閣下が夢を見るのは自由です。人はいくつになっても夢を見るもの。でも、閣下の見る夢は危険すぎます」
「危険を冒さずに得られる戦果なぞない」
村はまだロシェのものにはなっていない。領主は別にいる。
エリナはいちどロシェを殺そうとした。ならば、ロシェの野望を教えるべきか。
村からロシェを追い出せば、ロシェは年相応の年寄に戻る。
ロシェは食後のワインを楽しそうに飲む。
「儂の計画の要は庄屋殿だ。考えておいてくれ」
ロシェが帰った三日後にエリナが視察にやってきた。
チャンスだとユウトは喜んだ。だが、すぐに気を引き締める。
どうも怪しい。作為的な匂いがする。
「今日はどのようなご用件でしょうか」
エリナは澄ました顔で答える。
「近くまで来たから寄っただけよ。代官が村にきて困ることでもある?」
エリナの態度に不審な点は見られない。だが、言い方が気になった。
ロシェがエリナを呼んだな。ロシェは俺を試している。
ユウトの推理には自信があった。
ただ、なんとするのが正解なのか、迷っていた。
ロシェは何を望む。本当にロシェには野望があるのか。
「お代官様。ロシェ閣下は忠義に厚い武人ですか?」
「忠義の人でもあるわ」
「では、政敵はいますか」
「当然いるわ」
想像は当たりか。なら、だいたいロシェが何を望むか見えた気がする。
「実は、ロシェ閣下はこのところ兵を鍛えています」
エリナはあっさり認めた。
「知っているわよ。駐屯軍には不要なほどハードな訓練だそうだね」
「もしかすると、もしかする、かもしれませんよ」
エリナは鼻で笑って取り合わなかった。
「挙兵はないわ。それは断言できる」
まずこれでいい。俺が忠義を尽くすべく対象は領主。上司は代官のエリナだ。
最低限の忠義をわきまえない人間をロシェは認めない。
野望は見せかけ。欲に溺れた演技を見せて俺の欲の深さを計ったな。
喰えない爺だ。気を取り直す。
エリナが素っ気ない態度で自然に質問する。
「村で変わったことはない?」
「温泉に若返り効果があるとか、ないとか」
次の答えはこれでいい。忠義は忠義。信義は信義だ。
簡単に約束を破る人間をロシェは信用しない。
ユウトの言葉を聞いてもエリナは興味を示さなかった。
「それはいいわね。では、風呂に入っていくわ」
エリナはひと風呂浴びると、ロシェの暮らす兵舎に出掛けて行く。
今回は金に困っていないのか徴発はなかった。
エリナが帰ると、ロシェから山羊の煮込みが届く。
村の山羊の煮込みは脛肉を使う。だが、今回は腹の肉が使われていた。
気になったのでハルヒに尋ねる。
「ハルヒの国では山羊の煮込みに腹肉を使うのか?」
目をぱちくりさせてハルヒが答える。
「煮込みは普通、脛肉かスジ肉ですね」
「そうか、腹肉が余ったのかな?」
でも、腹肉は高価な肉だ。
ハルヒが微笑む。
「腹肉には意味がありますよ。古い世代の軍人に伝わる風習です」
「ぜひ教えてくれ」
「友人には山羊の腹の肉を贈るんです」
なるほど、どうやら俺は正解にたどり着いたらしい。
敵は得やすく、友は得難いって言葉もあるからな。
政治とはとかく厄介だな。
本当に力押しで勝てるモンスターと戦う方が楽だな。