第六十三話 優しきムン導師
ムン導師は街の公園にいた。公園といっても、遊具はなく、砂場くらい。
広さはサッカーをするには狭すぎるが、鬼ごっこをやるには充分な広さがある。
地面はむき出しの土ではなく、草が生えている。
芝生と呼ぶには貧相だが、管理はされており、伸び放題になっていない。
気になったので、ママルに尋ねる。
「こんなところに公園があるんですね」
「昔は寺の資材置き場でしたが、寺が完成してからは運動場を経て公園です」
街の中心部から少し離れているが、立地は良い。
近くに武僧の住む寺があるので、治安も良い。
地価が上がっているので、売れば良い値段が付く。
「建物を建てるか、売るかする予定はないのですか?」
「信徒を泊める宿坊を建てる予定がありましたが、合議の末に公園になりました」
寺の経営は僧侶に任せきりである。台所事情が苦しいとは聞いていない。
金はあるが、あえて何も建てないと決めたのかな。
「こんな良い場所を遊ばせておくのはもったいない、との意見は、なかったのですか?」
「子供が安全に遊ぶ場所を確保するのも功徳の一環と、ムン導師が説得したのです」
天哲教の教えはわからない。だが、寺としては正しい気がする。
ママルが公園の一角を指さす。二十人の子供がグループに分かれて遊んでいる。
子供たちの中に混じって、一人の白髪の老人がいた。老人はビー玉で子供たちと遊んでいた。
老人は子供たちに「導師、導師」と呼ばれ慕われていた。ムン導師で間違いない。
ムン導師は武僧が普段着として着る茶の作務衣に草履履きだった。
背は低く、体も痩せている。一見すると武僧には見えない。見た目は子供好きの隠居した老人そのもの。強い武僧にも徳の高い導師にも見えない。
博識そうに見えないのが逆に凄いのかも知れない。知恵者といってもそれぞれだ。
ムン導師がユウトに気が付くと、子供たちの輪から離れて歩いてきた。
歩けてはいるが、ママルのように芯が通った綺麗な姿勢ではない。
ムン導師は武僧としての戦闘技量は高くないように思えた。
合掌してぺこりとムン導師はユウトに頭を下げる。
「僧正様がそろそろやってくる頃合いだと思いました」
ムン導師の丸顔は穏やかであり、陰謀や智謀とは無縁に見えた。
「邪教対策について、対策をお聞かせください」
ムン導師は笑って、あっさりと答える。
「皆殺しにしなさい」
怖い内容をさらりと口にした。
なんか、見た目と違うぞ。徳を持ってどうとかと、高説を垂れるのかと思った。
「具体的には、どうしろと?」
「ことごとく撃ち滅ぼすのです。メリカが役に立つでしょう」
憤怒のメリカと呼ばれた魔女を使うのか。
メリカの実力も知っておきたいが、上手くいくのかな。
ムン導師は、さらりと告げる。
「邪教徒は、こちらが攻めて来るのを待ち構えています」
「罠にかかった振りをして逆に討ち取るのですか? うまく行きますか?」
言うは簡単だが、やるのは難しい。
攻めてきたユウトを邪教が討たんとしているのなら、備えも万全だろう。
「具体的な策は、教えてください」
「軍を動かしてください。多勢で一気に叩くのです」
大軍なれば策は無用。理解はできるが、軍は動くのに時間がかかる。ロシェの後任のレルフとの関係の構築はいまだ途中。はたして、充分な支援が得られるだろうか。
ムンは急かした。
「やると決めたら早いほうがよい。すぐに、動いてください」
ユウトは気乗りしないが、知恵者と評されるムンの言葉に従った。
兵舎に行くが、レルフは多忙を理由に会ってはくれなかった。
戦争が始まっているので、忙しい状況は、わかる。だが、会うだけ会ってくれてもいいと思う。
次に、メリカの家に行くとメリカの代わりに女性の世話人が出てくる。
メリカの世話人は済まなさそうな顔で弁解する。
「今日より喪中でして、メリカさんは人にお会いになられません」
喪中に人に会わないのか、そこらへんは宗教的理由なのだろうが。だが、気になることもある。メリカには伴侶はいない。子供も一緒に住んではいない。ペットもいない。
村にくるお年寄りについては、きちんとハルヒは報告してくれている。ハルヒの仕事に限って漏れはない。
「誰の喪中ですか。心当たりが、まるでないのですが」
世話人は表情も暗く答える。
「旦那さんの喪中です。旦那さんが昨晩に亡くなったと」
納得がいかない知らせだった。
「メリカさんはこの街に来た時、独りでしたよね? 街に来てから再婚されたんですか」
世話人がそっと耳打ちする。
「最近、痴呆の気がありまして、記憶があやふやなようです」
老婆・ロードの能力は、老いのマイナス効果を打ち消す。
老婆・ロードの力をもってしても改善できないなら、まずいな。
「会えますか? 状況を確認したいです」
「庄屋様はお世話の素人です。ここはプロに任せてください」
介護に関しては、からっきしだ。無理に会うと情緒が安定しなくなる。ないしは、嫌われるのは困る。メリカは次の作戦の要らしい。
「わかりました。話ができるようになったら、教えてください」
出鼻を挫かれた。レルフが軍を動かさず、メリカも協力できないでは、ムン導師の作戦の前提が崩れる。
早く動きたい時に限って事態は進まない。こうしている間にも邪教が勢力を伸ばしていると思うと、歯がゆい。
ユウトはやきもきして待っていた。
すると、ママルがやって来て、澄ました顔で告げる。
「邪教徒の拠点が潰れました」
びっくりだった。
「まだ、こちらは準備すらできていないのに早すぎですよ」
「僧正様が動いておられる間に、片を付けました」
ユウトは囮だった。邪教徒も俺も、まんまとムン導師の策に踊らされたわけか。
きっと、メリカとムン導師は繋がっていて裏で極秘に動いている
怒りはしない。問題が解決すれば良いだけの話だ。