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第六十話 レルフ中将

 暑さがピークに達するころ、兵士が続々とやってくる。兵士たちはユウトの街で休むと、東の村を目指す。兵士たちの恰好は様々。帝国が新たに獲得した土地の軍属だ。


 土地を奪われ没落した貴族は多い。だが、負けたままではいられない。

手柄を立てて返り咲きを狙っていた。


 元所有していた土地が無理でも、新たな土地を得たい。できたばかりのマオ帝国であれば、働き次第では前より大きな貴族になれる。


 敵が守りを固める山岳での戦いは厳しい。長引けば冬もくる。

 辛い戦いが予想されるが、こんな過酷な戦場だからこそ、活躍の場もある。


 行きは天国、帰りは地獄だと思うが、貴族や軍人はまた別らしい。

 駐屯軍は遠征軍の後方を守る役目を負った。規模も千人まで増員される。


 ロシェの後任はレルフ中将に決まったと、兵舎から知らせがくる。

 レルフは今年で七十一歳と高齢。


 マオ帝国の貴族の庶子からの出世組だった。使いの者にユウトは尋ねる。

「レルフ閣下ってどんな方ですか?」

「ロシェ閣下の元部下でダナム殿の同僚です」


 ダナムのほうが年上だから、レルフの出世は早かったのか。

 家柄ではなく功績で中将まで上がってきたのなら、有能な人物だと見える。


 使いの者が辺りを見回し、他に人が聞いていないのを確認する。

「悪い人ではないのですが、ダナム様とは反りが合わなかったそうです」


 使いの者が帰ったので、ダナムの家に行く。

 ダナムの今の役職は組頭。仕事は村の見回りのみ。表向きはぶらぶらして金だけをもらっている老人。


 実情は腕が立つのでユウトの用心棒的存在。ロシェの部下だった過去もあり、前の駐屯軍からは敬意を払われていた。現在、駐屯軍は増員され、ほぼ新しい編成になった。


 仲が悪かったレルフが来て揉め事を起こされたら、ユウトに苦情がくる。

 被支配者層のトップの庄屋としては軍とは仲良くしたい。


 ここはダナムさんに喧嘩をしないで、と釘を刺しておくか。レルフ閣下にも付け届けが必要だな。人の流入が多くなるから、駐屯軍に街の治安を維持してもらわないと。


 酒蔵から高めの蒸留酒をダナムのお土産に選ぶ。甘藷が材料の蒸留酒だ。甘藷はこの地域では栽培されていない。完全な輸入物だった。地元の人間はアルコール分が多いので飲まないが、一部の南方出身の軍人の間では根強い人気がある。


 ダナムの家は村の水道の大元にある。人口が増えた村で水道は村の生命線。ここに毒でも投げ込まれようものなら、多大な犠牲が出る。もちろん水道局で警備はしている。万全を期すために、ダナムの家を傍に建てて引っ越してもらった。


 ダナムは山葡萄でできた棚の下にベンチを置き涼んでいた。ここらへんの葡萄は白葡萄。品種は糖度が低く酸っぱい。葡萄酒には向かず価値は低い。主に子供のおやつや酢の原料になっている。


 ダナムは南方人なので暑さに強いが、今年はさすがに堪えるのか上半身裸である。

 鍛錬を欠かしていないのか、鍛え上げられた褐色肌は見事だった。


「今日はお土産を持参しました。珍しい蒸留酒です」

 ダナムは土産の酒を受け取る。ラベルを確認するが、顔は嬉しそうではない。


 酒好きのダナムにしては珍しい表情だった。

「庄屋殿。何か厄介事が起きたな。しかも力技で解決できない事件が」


 勘が良い。ダナムは強い。戦いなら自信があるが、我慢は嫌いなのかもしれない。

「実は仰る通りです。今日はお願いがあって来ました」

「村で世話になる身だ、いってみろ。悪いようにはしない」


 ダナムの横に腰掛けてお願いする。

「新たに赴任してくる駐屯軍の司令と喧嘩しないでください」

「俺は除隊した身だ。良い歳でもある。喧嘩なぞしない」


 来た当初に起こした暴力事件はない経緯にしているな。昔の事件はいいだろう。

「了承してくれて嬉しいです。では、レルフ中将と仲良くお願いします」


 ダナムの顔が露骨に不機嫌に変わった。

「待った。レルフの青瓢箪が相手なら話が違う。奴は腰抜けだ。その上に、気取り屋だ。俺は好かん。あんなのにロシェ閣下の後任は務まらん」


 随分と嫌っているな。だが、そこをお願いするのが庄屋の仕事。

「駐屯軍にはお世話になるから、仲良くしてください」


 ダナムは眉間に皺を寄せて即答した。

「他の人間なら我慢できるが、レルフが相手なら別だ。奴は殴らねばわからん男だ」


 お爺さん同士なんだからさあ。無茶しないでほしい。でもかなりの嫌いようだな。

「暴力沙汰は困りますよ」

「ふん」とダナムは鼻を鳴らす。酒を開けて飲み始めた。


 これ以上は話にならないと思ったので、席を立つ。

「レルフは気取り屋だが、暑さに弱い。氷結晶でも贈ってやれ」


 三日後の暑い日にレルフの隊がやってきた。

 レルフは薄い褐色肌に金髪の老人だった。


 身なりはよく、オシャレな感じのストールを巻き、赤のベレー帽子を被っている。

 レルフはクソ暑い中、きちんと軍服を着ていた。他の兵士も服装に乱れはない。


 ユウトはレルフも兵士も見ていて可哀想になる。

 服務規定があるんだろうけどさ。こんなに暑いのだから、もっと涼しい恰好をしてもいいだろう。レルフは気合で汗を止めているのかもしれない。でも、兵隊さんは戦闘帰りのような辛そうな顔をしているよ。


 上官のレルフがビシッと決めているなら、下だけだらけるわけにもいかないのかな。規律に厳しい人か、ちょっと試すか。


 屋敷に帰ると、サジを呼んで命令する。

「屋敷の倉庫から氷結晶を出して兵舎に運んでください。庄屋からレルフ中将への就任祝いだと伝えてください」


 氷結晶の産地は山の中。密貿易品なのでおおっぴらにはできない品。サジも屋敷の蔵にある品が密貿易品だと気付いているはず。だが、サジは国家に使える官吏ではない。僧正の地位を持つユウトに仕える武僧である。裏切りはしない。


 これで氷結晶を返してくる堅物なら、用心して付き合う必要がある。受け入れるのなら、オシャレなだけで融通が利く人間だ。


 夕方にサジが帰ってくる。

「涼しくなれる氷結晶は兵舎にありませんでしたので、たいそう喜ばれました」


 兵士が喜ぶのは間違いない。問題はレルフ中将の態度だ。

「レルフ殿は喜んだかな?」


 サシが苦笑いする。

「わかりません。レルフ中将は部屋に入って倒れたようです」


 馬には乗っているが、レルフは高齢。あんな仰々しい恰好で、こんな暑い日を行軍すれば倒れるか。レルフはちょっと用心だな。格好を付けすぎてミスされたら困る。

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