第五話 老婆・ロードの力
ユウトがロシェのもとを訪ねる。
ロシェは村に来た時とは見違えるほど凛々しい顔付になっていた。
出ているね、老婆・ロードの影響力。痴呆の欠片など一片たりともない。
「ロシェ閣下。ご相談があります」
ロシェはきりっとした顔で促す。
「遠慮なくいいたまえ、庄屋殿」
「この付近に野盗が出ます。野盗の規模が大きくなる前に掃討してはくれませんか」
ロシェは眼光鋭く意見する。
「司令部に早馬を飛ばして出撃の許可を願い出ているところだ」
ズバリ、訊いた。
「許可は下りるでしょうか?」
ロシェは毅然と発言する。
「下りるならとっくに下りている。儂の政敵が足を引っ張っている」
「では、どうなさるのですか?」
ロシェは厳しい顔で宣言した。
「馬鹿げた政治に付き合う義理はなし。野盗を掃討する」
軍上層部は戦いでロシェが死ぬと思っているのだろう。
勝手に出撃して勝手に死んでくれれば嬉しい。そうはいくか。
「私も従軍してよろしいですか?」
ユウトから離れても老婆・ロードの恩恵効果がすぐに消えるとは思えない。
だが、用心は必要だ。ロシェが討たれでもしたら戦線が崩壊する。
ロシェはじろりとユウトを見た。
「庄屋殿には庄屋殿のお役目があろう。戦は軍人に任せておけ」
そうなんだけどね。俺がいないと敗北もある。
「是非とも連れて行ってください」
ロシェは真剣な眼差しで釘を刺す。
「死んでも責任は取らんぞ。なら、明日に出発しても良いように準備して待て」
明日は比喩的な意味だと思った。だが、二日後の深夜に迎えが来る。
出兵のタイミングは全く予想できなかった。
集合場所に行くと兵士たち二百名はきちんと準備を終えていた。
村の中にいても出兵が予測できないなら、外部にいれば知りようがない。
奇襲する気だな。片道四時間かかる道をロシェの部隊は軽々と踏破した。
老兵の中に疲弊した者はいない。老婆・ロードの強化能力のおかげだった。
息を潜めて森の中で待つ。
ロシェの元に斥候が戻って来る。
「ロシェ閣下、敵の野営地を発見しました。敵は気付いていません」
斥候の言葉にロシェは満足する。
「夜明けと共に奇襲する」
夜明け前に保存食のビスケットを食べて腹ごしらえをする。
部隊は静かに進む。森を出た場所に張った野盗のキャンプ地を迫った。
野盗は朝食の準備をしているところだった。ロシェの合図とともに矢が放たれる。
矢は次々と命中して野盗を倒していった。普通の野盗ならここで総崩れであった。
だが、野盗は元国軍。逃走に転じることはなかった。
野盗は態勢を立て直して襲ってきた。
「突撃!」
ロシェの合図で兵士が弓を捨てる。兵士は剣を抜いて突撃する。
両軍が激しくぶつかった。
逃げずに残った野盗の数は四百名。対するロシェの兵は二百名。
戦力差は倍だが、兵の練度が違った。
ロシェも馬にまたがり突撃する。
野盗が叫ぶ。
「ロシェだ。ロシェがいるぞ。奴の首を獲れ。褒美は望みのままだ」
次々と野盗がロシェに襲い掛かる。
見事な槍捌きでロシェは次々と敵を葬った。
野盗が苛立って叫ぶ。
「爺一人に何を手古摺っている。奴は老人だ。スタミナがない。攻め続けろ」
ユウトは後ろでこそこそ隠れながら戦況を見ていた。
普通なら野盗の思惑通り。だけどね、俺の老婆・ロードの能力下ではロシェは別人だよ。
ロシェは疲れを見せなかった。老兵も疲れない。
ロシェの勝利がほぼ確定した。すると、敵の大将格が馬に乗って出てきた。
甲冑を着込んだ身長二m近い大男だった。名はキエル。
二人は名乗りを上げて斬り合った。だが、十合でキエルの首が飛んだ。
圧倒的勝利。武将としての格が違った。
さすがは武功で中将まで登った武将だ。馬鹿みたいに強い。
キエルが死ぬと野盗は総崩れになった。
ロシェは即断した。
「深追いはするな。戦利品を回収する」
ロシェの部下たちは手慣れた手つきで戦利品と怪我人を回収した。
村に着いた時にはまだ日は沈んでいなかった。一日で決着がついた。
敵の死者数はわからないが、ロシェ側の死者は十八人だった。
倍以上の敵と戦い死者が十八人。ここに老兵も老将もいなかった。
老婆・ロード、馬鹿にできないね。人間って老いの影響がないとここまで強いんだ。
翌日、ロシェの使いがやってくる。
用件は戦利品のおすそ分けだった。
駐屯軍としての配慮だな。現地の人を手懐けて離反しないようにする策か。
さすがは知将だね。
村の運営は苦しいので戦利品はもらっておいた。
ロシェは討ち取ったキエルの首を王都に送ろうとするのでお願いする。
「隣村で首実検をしてください。キエルが軍人なら知る者もいましょう」
隣村での首実検には意味があった。反乱の失敗を知らせるためだ。
「わかった」とロシェはユウトの意図を汲んでくれた。
危機は去った。金も貰えた。
当面は安泰かなと思った矢先、問題が起きた。
村を一度も訪ねてきたことがない長兄のエンリコがやってきた。
エンリコは人払いを頼んだので嫌な予感がした。
だが、兄弟なので無下に断るわけにもいかない。
人がいなくなるとエンリコは切り出した。
「美術品を預かってくれないか」
勘が働いた。これ、脱税だな。
「もしかして財産が没収される危機なのですか?」
「赴任した総督は街の商人たちに莫大な税金を掛けようとしている」
財産を街中や銀行に隠してもわかる。だから、美術品に変えて僻地の村に隠す気か。
ばれたら、俺も同罪だな。でも、兄さんには大浴場の建設でお世話になったからな。
エンリコの顔は悔しそうだった。
「大きな商家ほど執拗に狙われている。このままじゃ家が潰れる」
「馬鹿な真似を。そんな無茶な課税をすれば経済がおかしくなるのに」
エンリコは吐き捨てるように愚痴った。
「奴らはこの国を大きな金庫だと思っているんだろう」
「困った人たちだね。わかった。美術品を運び込んで。こっそり隠しておくよ」
エンリコはほっとした顔をする。
「ありがとう、弟よ」
兄弟なので助け合う。だが、貰う物はもらう。
「ただし、運び込まれた品の数点はもらうよ。村の財政も厳しいんだ」
二週間後、馬車がやってきた。馬車には陶器や磁器が積まれていた。
ほとんどが一般品だ。中には国宝級の茶器や花器に食器もある。
父のアンドレの収集品だった。
アンドレは教育の一環として収集品の見分け方を伝授してくれていた。
なので、ユウトには高価な品の見分けがついた。
秘密裏に運び込まず正面から持ち込ませた。
あえて村の人間に荷降ろしをさせ一般品を装った。
村人や世話人が壊さないかどきどきものだった。
ハルヒが疑った様子もなくのほほんとした顔で訊く。
「庄屋様この大量の食器はどうされたんです?」
「人が増えただろう。ロシェ閣下も滞在することだし、いつ大きな宴席が行われてもいいように食器を買い揃えたんだよ」
ハルヒはユウトの説明に納得した。
「軍人さんって宴会が好きですからね」
表向きには接待用の品。接待に使う品なら買ってもエリナは文句を言わん。
また、宴席用の器がないと困るので、売れとも命じない。
品物は無事に蔵に収まった。
脱税の片棒を担いだ。もう、後には引けない。