第四話 老婆・ロード 立つ
翌日、エリナが澄ました顔で伝える。
「帰る時に税を持っていくわ」
やはりきたか。無駄だとわかっていたが抵抗を試みる。
「お代官様。去年の税は払いました。今年の税はまだ先です」
つんとした態度でエリナが質問する。
「それで?」
「先だって臨時徴収もありました」
「関係ないわ。私は家臣に恩賞を払わなければならないのよ」
わかるけどさあ、戦争は国の都合でしょう。
巻き込まれるほうはたまったものではないよ。
エリナはきっとユウトを睨んで命じる。
「村の金庫を見せなさい」
金を見せるとエリナは従者に命じる。
「金の半分を袋に詰めるのよ」
村の金を半分も持って行くのか。
これから先、どうなるかわからない。金は残しておきたかった。
だが、敗戦国になったので従った。
ハルヒたちには給与をいままで通りに払うとする。村の運営資金はほとんどない。
お年寄りにこれ以上の税を負担させるのは無理だった。
頭の中でざっと計算する。半年後に村の運営は行き詰まる。
エリナが帰る前にお願いした。
「お代官様、お願いがあります。お金を持って行くのはかまいません。ですが、村の鉱泉水と湯治場の宣伝をお願いします」
エリナはむすっとした顔をしていたが、ハルヒも頼むと了承した。
「軍の知り合いに声を掛けてあげる。ただし、きちんと持て成すのよ」
「へへえっ」と畏まった。
エリナが帰るとほどなくして隣国の中隊が村にやってきた。
髭面の中隊長が金の入った袋を渡して命ずる。
「エリナからここに湯治場があると聞いた。兵を休ませてもらうぞ」
「喜んで」と答え、ハルヒにお願いする。
「各家を回って兵士を泊めるようにお願いしてください」
お年寄りは黙って兵士を受け入れてくれた。
中隊長から貰った袋の中を確認する。
中身は金ではなく、銀だったのでがっかりした。
意外と渋いな。ないよりはいいか。
湯治を済ませた中隊を送り出すと、別の中隊が来る。
その中隊を送り出すと、別の中隊が来る。
エリナは約束を守っていた。
村の運営が困らないように大浴場を軍の中で宣伝していた。
「冷たい代官ではないようだな」
近隣の村の話が伝わる。近隣の村は悲惨な状況になっていた。
徴兵された若者は戻らず、税も再徴収される。
その日の暮らしぶりにも困り、畑を捨てる百姓も出ていた。
不景気になると鉱泉水の売り上げも落ちそうだった。
だが、隣国では炭酸水が珍しく、兵士たちの間で流行った。鉱泉水の売り上げは伸びた。
これで一安心かと思うと村でばたばたと人がなくなった。
葬儀を済ませるが次の入居者が来ない。
戦争で金を使い老人を預ける余裕が民間になくなっていた。
国から年金や恩給をもらっていた役人や軍人は敗戦と同時に収入が途絶えた。
とてもではないが、持参金は用意できなかった。
「あったま痛いわー」
隣国にも富裕層はいる。だが、政情が安定しない僻地に移住してくる物好きはいない。
相手がモンスターなら人を集めて倒せる。
だが、不景気が相手となるとどうしていいかわからなかった。
村の金はじわじわと減っていった。心配になったのかハルヒがやってくる。
ハルヒは不安な顔で尋ねる。
「庄屋様。お給金の支払いは大丈夫でしょうか?」
「まだ大丈夫、との返事でいいですか」
ハルヒの表情が曇る。
「私たちには国元で暮らす家族がおり、仕送りをしています。仕送りが途絶えると困るのです」
いいたい心情はわかるよ。でもねえ、経済的な流れが変わったからなあ。
ハルヒはその日は帰って行った。老婆・ロードの支援能力により寝たきりのお年寄りはいない。だが、簡単な介助が必要なお年寄りはいる。世話人たちがいなくなれば困る。
どうしたものかと悩んでいると、エリナがやってきた。
なんだろう。また、金を徴収しにやってきたのか。もし、徴収なら村は終わりだ。
澄ました顔でエリナは切り出した。
「今日は一つ相談があってやってきたわ。この村を捕虜の収容施設にしたい」
軍の決定なら逆らえない。だが、エリナは相談と言っている。
軍が駐屯するなら金が落ちる。金がないので受け入れたい。
けれども、こういう弱り目の時の美味い話は落とし穴もある。
「詳しく聞かせてもらえますか」
「捕虜といっても一般兵士ではないわ。政治家や軍人たちよ。彼らを軟禁するの」
ユウトはすぐに危険性を理解した。
これはまずいな。要人の地位によっては反乱兵が集まってくるぞ。
仮に蜂起して反乱軍の拠点にでもなれば、戦争の最前線になる。
「申し訳ない。この村には要人を見張っておく設備も人員もありません」
エリナが冷たい視線で見る。
「反対なのかしら?」
「静かな村でいたいのです」
「わかったわ。村人の意見を尊重しましょう」
エリナは帰って行った。あまりに物分かりがいいので、気味が悪かった。
その後、ドリューの村が要人の収容施設に決まった。
ユウトはほっとした。すぐに別の問題が持ち上がる。
ユウトの村に軍がやってきた。人数は百名。
何事かと応対に出ると、エリナが命じる。
「近隣の村を守るためにこの村に屯所を置くと決まったわ」
理解不能な命令だった。現場を知らないのかと思い教える。
「恐れながら、この辺りは魔物も野盗も出ません。安全な場所ですよ」
「決まりは決まりよ。従ってもらうわ」
軍は資材を持ってきていた。兵舎と指揮所の建設が始まった。
建築は早く六十日で完成した。
建物ができると、駐屯兵がやってくる。
駐屯兵は全てが老兵。指揮官も老人だった。
駐屯軍の規模は二百名。指揮官はロシェ閣下と呼ばれていた。
ロシェの階級は中将だが、どこかぼーっとした老人だった。
なんとか体面を保っていたが、見ていて不安になる。ロシェの年齢は八十近い。
話をすればどこかちぐはぐであり、痴呆の気があった。
警備の軍にしては年齢構成がおかしい。それに、この規模で指揮官が中将なのも異常だ。
捨てられたな。
話を訊けばロシェは勇猛果敢な将軍だった。ただ、人間なので年には勝てない。
それでも、現役に拘った。上層部が処遇に困って僻地に追いやった。
境遇は推測できた。だが、兵士まで老兵なのが気になった。
これ何かよくない流れになるな。
ユウトは隣村の情報に気を使った。すると出入りの商人が話してくれた。
「隣村の空気がおかしいですよ。また、村の近くで野盗も出るようになりました」
ユウトはピンときた。祖国奪還を目指す反乱兵が隣村の付近に集まってきている。
エリナからは連絡はない。とすると……。
読めた。支配者層は隣村で反乱軍を蜂起させる気だ。
反乱軍が出現すればロシェは鎮圧に向う。
だが、呆けかけた将と老兵では勝ち目がない。
上層部はロシェを討ち死にさせてから、反乱を潰す計画だ。
冗談じゃねえぞ。流れによってはここが戦場だ。
隣国は僻地の村なんてどうでもいいと思っている。だが、そうはいくか。
俺には老婆・ロードの能力がある。
ロシェは知将であり猛将である。加齢による衰えがなければ万夫不当の英傑。
老兵とて同じ。衰えがなければキャリア三十年の大ベテランである。
老婆・ロードの能力が及ぶとするならば、野盗の兵力がこちらの三倍いてもロシェを打ち破るのは至難の業。
お偉いさんの事情で戦争をやらされるなんてまっぴら御免だ。
まして、俺の村が戦争になるなんてさせんぞ。




