第三十八話 偽計
敗残兵の数は四百人。二千でやってきて四百人なのだから、かなり消耗していた。
ロシェが苦い顔をして相談にくる。
「庄屋殿、兵糧をわけてくださらんか」
「帰還する分の食糧ですね。帰り道に困らないようにお金も渡しましょう」
「そうしてくれると助かる」
用が済んだのにロシェは帰らなかった。
「まだ、何か御用ですか?」
「庄屋殿はなぜ傭兵を貸さなかったのじゃ」
クレーム対応も庄屋の仕事。
「傭兵は村の金で雇いました。それに傭兵は砦の司令と喧嘩してやってきたのです」
「でも、送れば砦を守れたかもしれんぞ」
正直に答えた。
「俺は守れたとは思えませんね」
ロシェは良い顔をしない。
「もう少し大局を見た方がいいぞ」
「俺は庄屋ですから国家のことはわかりません。ただ、村を見ています」
問題はない。最良の判断だと思った。
七日後、再びロシェがやってきた。
ロシェの顔は厳しい。
「まずい事態になったぞ。砦の跡地に城が建っている」
七日で城ができるとは思えない。どんな魔術を使ったんだ。
「モンスターの付け城ですか?」
「違う。報告では極東の国の旗がなびいておる」
山の民が極東の国と組んで、密かに進攻してきたのか。
だとしたらまずい。完全に裏をかかれた。
「敵の戦力はどれくらいですか」
「わからんが、千名はおるじゃろう」
城の三方には村がある。
ヨアヒムとエリナの領地は小さいので、百五十名も動員できれば良い方だ。
村の傭兵を使うとして二百名。ロシェと一緒に出陣すればさらに二百名。
千名は確保できるが、同数での城攻めは危険が伴う。
領主が総動員を掛ければさらに二千は集まる。
総督も兵を動かせば一万は出せる。
ただ、兵の動員には時間がかかる。
今は夏の盛りの農繁期。無理に徴兵をすれば村の不満は高まる。
かといって収穫の終わりまで待てば、城は堅固になり敵兵も増える。
山の民が協力しているなら、極東の国は補給路を確保している可能性も大きい。
秋には大戦になるかもしれないな。
ロシェが帰ったので、カクメイに相談しにいった。
カクメイの代わりにアメイが出てくる。
アメイは詫びる。
「申し訳ありません。主は病に臥せております」
単なる風邪ならいいが、寿命が来たのなら問題だぞ。
相談したいが、無理をさせ悪化させては困る。
「お大事にしてください」と告げ家に帰る。
困ったなと思っているとラジットが訪問してきた。
ラジットの顔は明るい。
「庄屋殿、役料を上げてもらうチャンスがきたから出向いたぞ」
「何を呑気な、秋には大戦ですよ」
「適切に動けば大戦にはならんよ」
カクメイに頼るのは簡単だ。だが、ラジットはカクメイより十歳は若い。
いつカクメイが亡くなるかもわからない。
軍師としてラジットの実力を見ておく必要がある。
「では、話を聞かせてもらいましょうか」
ママルにお茶出しを頼んでラジットと向かい合う。
「あの城は見せかけだけのハリボテじゃ。防御効果はほとんどない」
たしかに作り物なら一週間でもできるかもしれない。
「では、簡単に落とせると?」
ラジットはちょっとばかり表情を歪める。
「いいや、罠が仕掛けてあると見ていい。最悪、兵が突撃すれば城ごと吹き飛ぶ」
全員が城に入った時に吹き飛べば、まるまる千名を失う。
辺りの守備兵がいなくなった時に隠しておいた兵で村々を潰す気か。
「では、放置すればいいのですか?」
「それもまずい。砦では死者を出し過ぎた」
敵の戦法が見えてきた。
「時が経てばアンデッドを量産して攻めて来るのか」
ラジットは涼しい顔で語る。
「アンデッド化するのは自国の兵士ではない。極東の国は良心が痛まぬ。民心も離れぬ」
攻めれば罠がある。待っていても敵は増えていく。
「ではどうすればいいのです」
「こちらから兵を出して敵を討ちなされ」
力押しは有用ではない気がした。
「でも、砦には千名の敵兵がいます」
「そんなにはおらんよ。百名もいればいいところよ」
ロシェとラジットでは敵兵力の見立てが十倍も違う。
敵の強さを見誤れば危険だ。だが、どうしてここまで違う。
ラジットがきりっとした顔で断言する。
「相手にはイリュージョン・マスターがいる。幻影を操る魔術師だ」
幻影使いの高位職か。でも、正体がわかれば怖くない。
「城も兵も幻ですか。それなら一気に総攻撃で打ち破りましょう」
ラジットは厳しい顔で注意した。
「侮るなかれ。あそこまで大きい幻影を作れるなら厄介な敵じゃぞ」
「どうしてです? 所詮は幻を作るだけでしょう」
「幻影は同士討ちを呼ぶ。中途半端な兵だと犠牲は大きい」
魔術師には魔術師をぶつけるか。
「ラジットさんの腕で幻影を破れますか?」
「儂の腕だと無理じゃな」
困ったぞ。村には魔術を使えるお年寄りはいる。
だが、建前上、村民を徴兵するわけにもいかない。
「では、手の出しようがない、と」
「武僧の寺には幻術を打ち破る太鼓がある」
僧正は俺だから使者は出せる。だが、本山での俺の評判は悪いはず。
「簡単に行きますかね」
「そこは儂が手紙を書こう」
手紙の一通で貸してくれるかな。俺が僧正で名目上はトップ。
だが、付き合いが薄いからなあ。
本山に住居を移せとかキリンを寄越せとか、そんな要求をしてくる可能性が大だ。
「わかりました。手紙を持たせてサジを派遣しましょう」
サジに手紙を持たせて出した。鍛えられた武僧の健脚でも街まで十日はかかる。
街からは魔術師に金を払って転移門を使えば一日で本山につく。
帰りは街から飛竜便に乗れば三日だ。早くても太鼓が届くまで十五日かかる。
敵が黙っていてくれる保証はない。だが、ラジットの読み通りならすぐに動かない。
時間がどちらに味方するかはわからないが、待つしかない。神経の削りあいだった。
三日目、南東の村からエリナの手紙が届いた。
ゴブリンが城に兵糧を運んでいるとの相談だった。
密貿易の相手が敵国に兵糧を横流していたら大事だ。
筆跡はエリナと同じで封蝋もある。
だが、ユウトは慌てない。手紙は偽物だと思った。
使者に手紙を持たせずに、バルカンを呼ぶ。
「敵が偽手紙を使って仲間内を混乱させようとしている」
バルカンはふんと鼻で笑った。
「姑息な手だな。それでどうしてほしい?」
「安易な偽手紙を信じるなとエリナとヨアヒムに警告してくれ」
「下手に警告を出すとエリナとヨアヒムがいざという時に動かなくなるぞ」
敵は三方連携させないために偽手紙を出しているのか。
「本物には目印をいれるという策はどうだ?」
バルカンは渋い顔でユウトの意見を否定した。
「やめた方がいい。敵にイリュージョニストがいる。あいつは人を騙すプロだ」
戦った経験があるのか。なら、経験者の意見は採用すべきだな。
「同士討ちの可能性がある以上は包囲の優位はないか」
とりあえず、エリナとヨアヒムに警告だけを出す。
翌日には険しい顔のロシェがやってくる。
「庄屋殿、モンスターと極東の国が手を組んだぞ」
「山のモンスターは中立って話ですよ」
「騙されたんじゃよ。現にハーピィが空から城に物資を搬入している」
ハーピィは上半身こそ人間の女性だが、下半身は鳥の姿をしたうえに翼までもっているモンスターだ。
信じがたいがハーピィは幻ではないのだろう。
兵士が部屋にやってくる。
「大変です。庄屋殿、村の外にモンスターが現れました」




