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第三十六話 霊獣キリン

 初夏が終わる。東の砦では戦いが続いているが、密貿易は順調だった。

 村で予算組をしていると、慌ててママルが飛び込んでくる。


 ハルヒが慌てて来るのは日常茶飯事だが、ママルが慌てるとは何事だろう。

 本山がなにか問題を持ち込んだか。


「大変です。僧正様、村の外にキリンが現れました」

 キリンってアフリカにいる黄色と茶色のあれか?


「それ、問題ですか?」

「何をのんきなことを。キリンは霊獣です」


 そっちのキリンか。さすがはファンタジー世界。

 でも、霊獣ってことは無害のはず。


 ママルが興奮した顔で語る。

「キリンが出現する時、この世には王や英雄が生まれます。聖なる存在です」

「天哲教の霊獣ね。国家でも尊ばれているんですか?」


「キリンは僧正様を次の大僧正様に選びにきたのかもしれませぬ」

 国家的には霊獣でも、俺にとっては害獣かもしれん。


 大僧正に選ばれると大迷惑だ。

 王が出ると知れば、皇帝は当然に面白くない。


 かといって、国家に益をなすキリンを追い払えば避難轟々だ。

 なんか、余計なシンボルきちゃったな。


「わかった。とりあえず、見にいこう」

 村の入口では兵が門を閉ざしていた。


 キリンは全長が三mと少し大きい馬に似た姿をしていた。

 体は黄色く、蒼い角とたてがみを持つ。


 目は澄んでいて、まるでこちらの心を見通すようだった。

 兵士は困惑した顔で訊く。


「モンスターかと思いましたが、ラジット様がキリンであると認定しました」

 さすがは知識人だ。ちゃんと知っていた。


「俺も初めて見ますが、ラジットさんが認めるなら本当でしょう」

「いかがいたしますか」


 キリンは静かに門の外で佇んでいた。

 村に入りたいのか。あまり入れたくはない。


 だが、国家が認める霊獣なら要人も同じ。

 雑に扱うと庄屋ぐらいなら余裕で首が飛ぶ

「入りたいようですから、門を開けてください」


 兵士が恐る恐る門を開ける。

 キリンは堂々と門をくぐると村に入ってきた。


 村人は好奇と畏怖が入り混じった目で見る。

 放って置くこともできないので、そのまま従いて行く。


 キリンは庄屋の家の庭まで入ってくる。

 まるで自分の居場所だとでもいうように寝そべった。


 ママルが歓喜した。

「キリンは僧正様の家を選んだ。次の大僧正は僧正様だ」


 ぞっとした。ちょっと、ここは寝るのはやめてと叫びたい。迷惑である。

 だが、キリンをどかせばマオ帝国の敵になりかねない。

「まだ、決めるのは早いですよ。キリンは誰かを待っているのかもしれない」


 希望的な観測だった。だが、キリンがユウトを選んだ印はない。

 ママルは納得しない。


「そうでしょうか? ほぼ決まりだと思いますが」

「とりあえず、様子を見ましょう。英雄がここを訪れるのかもしれない」


 庄屋の家にキリンがいる。情報はすぐに村中に広まった。

 村人から旅商人まで、大勢の人がキリンを見物しにやって来る。


 遠巻きに見ている分にはキリンはなにもしない。

 家の中にいても落ち着けやしない。


 ママルが改まってやってくる。

「僧正様、キリンの世話は是非とも我らにお任せください」


 生きた信仰の対象だからな。

「世話を焼き過ぎて疎まれないように、注意してくださいね」


 夕方になるとロシェがやってくる。庭で応対した。

 ロシェは庭のキリンをギロリと睨む。

「庄屋殿、まさかお主、キリンに選ばれた者として王を目指すのではあるまいな」


「御冗談を。霊獣といっても獣でしょう」

「今のダンワット帝は幼き日にキリンに選ばれて皇帝になったのだぞ」


 権力者が箔を付けるために伝説を作ることはある。

 だが、キリンの逸話はまずい。キリンに選ばれると危険だぞ。


「いやいやいや、俺にそんな野望はありませんよ」

 ロシェの顔は険しい。

「ならいいがのう。言っておくが、皇帝になろうなど欲を掻くと身を滅ぼすぞ」


 ロシェは警告すると帰って行った。

 次の日、問題が起きる。


 ママルが困った顔でやってくる。

「キリンはどうやら弱っているのかもしれません」


 これはまずい。国家がありがたがる霊獣を庭で死なせたとなったら一大事だ。

 異世界版の生類憐みの令だ。最悪処刑の可能性だってある。


「餌を食べないんですか?」

「キリンは餌を食べません。水を少量だけ飲むと伝えられております」


 本当に霊獣だな。でも、村に獣医はいない。いたとしても、キリンは診れないか。

「困りましたね。霊獣では治療法がない」


 庭に行くと、ハルヒがキリンを見つめていた。

「どうかしましたか?」

「キリンが弱っています。おそらく、もう長くないでしょう」


 ちょっと待ってくれよ。もしかして、死に場所を求めて俺の家に来たのか。

 問題になるな。本音を言えば、山の中でひっそり死んでほしいくらいだ。


 無駄だと思うが、ハルヒに意見を尋ねる。

「どうにかなりませんか?」

「無理だと思います。霊獣だって生き物です。寿命はあります」


 寿命? 老衰なのか?

 ママルに訊く。


「キリンの寿命ってどれくらい?」

「伝承ではキリンの寿命は二千年と聞きます」


 老婆・ロードの能力が人間限定とは限らない。

 二千年も生きるというのが本当なら、俺の側なら多少の延命ができるのではないか。


 多少と言っても、二十年くらいはもつだろう。とはいえ、これは仮定の話だ。

 何も手を打たずに死なせたとあれば、皇帝が激怒するほどの大問題に発展する。


 申し開きのために、とりあえずはアリバイ作りをしよう。

「パメラさんを呼んで。村で最高の治療をしよう」


 ユウトが先頭に立って不休の治療を開始する。

 がんばりました、と答えるためにできるだけ休まない。


 キリンの体を拭き、霊薬の投与を試る。

 必死の介抱のおかげか、俺の老婆・ロードの効果か、三日目にキリンはすっかり元気になった。キリンはやはり老いていた。


 村人は喜び、ユウトは安堵した。とりあえず、首は繋がった。

 元気になったキリンはユウトをじっと見る。


「お礼に背中に乗せてやる」と言っているように思えた。

 疲れていたせいもあって、深く考えずに背に乗った。


 キリンは空中を駆ける。とても気持ちがよかった。

 キリンが気を遣ってくれたので、鞍や鐙がなくても安定していた。


 爽快な気分を味わい、地上に降りる。南方系の人がひれ伏していた。

 ママルが厳かな顔で伝える。

「僧正様こそ、この世を救う救世主です」


 とんでもない間違いを犯したと気が付いたがもう遅い。

 やっちまったな。霊獣に乗ったら、俺に権威が付く。これは良いことを意味しない。


「看病で疲れたから」と理由を付けて眠りにつこうと試みる。

 だが、家の周りが騒がしく寝られなかった。


 水を飲みに起きる。家の庭には武僧が来ていた。リーの姿もあった。

 悪い予感がした。全く気にしていない振りをして出て行く。

「お久しぶりですね。どうしました?」


 リーは戸惑っていた。

「霊獣のキリンが出たと聞き、確認にきました」


 武僧の誰かが報告に走ったか。

「ご苦労様ですね。本山はお変わりないですか」


 リーは苛立っていた。

「大アリですよ。キリンが僧正様を背に乗せたのですからね」


 俺の思惑と関係ないところで評価が上がっていく。

 リーは眉間に皺を寄せてお願いした。

「僧正様、キリンと一緒に本山に来てください」


 そうなるわな。宗教上のありがたい霊獣がいれば信者にでかい顔ができる。

 生きたシンボルがあるなら、人徳派は他の二派より優位に立てる。

 お布施だってがっぽがっぽ入ってくる。


「俺は縁あってこの村にいます。キリンもそうです」

「しかし――」とリーが反論しようとするとママルが怒った。


「黙っらっしゃい小娘が。キリンの意志を人の手で曲げるなど、天に逆らうも同義」

 リーは諦められないのか、「いや、でも」と口にする。


 ママルが鬼のように険しくなったので間に入る。

「キリンは単なる獣ではないので意思を尊重してください」


 リーがちらりとキリンを見ると、キリンは視線をぷいと反らした。

 僧正と揉めるのは問題。


 それなのにキリンまで怒らせたらたまらん、とでも思ったのかリーは引き下がった。

 これで終わりじゃないよな。

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