第三十三話 スチーム・ボム
アメイが村を発ってから十日が過ぎる。連絡はない。
ヨアヒムから「まだか、まだか」と催促が来る。
鬼火騒動の影響でヨアヒムの村では物流も金の流れも止まっていた。
まずいね、このままでは痺れを切らしたヨアヒムが無理にでも密輸品を運ぶぞ。
そうなれば、エレメンタル・サマナーの思う壺だ。
夜中、書き物をしているとコツンと何かが床に当たる音が聞こえてきた。
音は部屋の入口からしていた。そこには、白い髪を肩まで伸ばした小柄な老人が立っていた。
老人は目立たない青の服を着て杖を持っていた。
一見すると、どこにでもいそうな老紳士。村にいてもおかしくはない。
だが、この老紳士はママルの目をかいくぐって侵入してきた。
こいつがカトウか。カトウの肌はオレンジ色、瞳は黒。
旧国民でも南方人でもない。極東人だ。
カトウの表情は穏やかだが、目は笑っていない。
恐怖こそ感じないが、その気になればいつでもユウトを殺せる圧を感じた。
「貴方が依頼人の庄屋様ですか」
「ここに来たのなら依頼を引き受けてくれるのですね」
カトウは媚びず威張らず要求した。
「報酬しだいです」
「おいくらですか? ご希望に沿えるとは思います」
「金はいりません。ただ、この村に妻と一緒に住まわせてほしい」
奥さんがいるのか。暗殺者といっても人の子か。
「他に条件はありますか」
カトウははっきりと宣告した。
「仕事をするのはこれ一度だけです」
持参金なしで二人の老夫婦を引き受ける。密貿易が開始できるのなら安い。
「わかりました。仕事が成功したら普通の村人として受け入れます」
「では、お願いします」
カトウはそれだけ言うと闇に消えた。
翌朝、起きて朝の散歩をしていると見慣れない老夫婦を見た。
てっきり、湯治にきた老人だと思った。
夫がにこやかに挨拶をしてくる。
「こんにちは庄屋様」
夫の声には聞き覚えがあった。カトウだった。
カトウの顔が変わったわけではないが気付かなかった。
理屈はわからない。同じ温和な老人だが空気が違う。
妻がニコニコして挨拶する。
「今日は良いお天気ですね。体の調子も良い」
「それは良かったですね」
カトウが妻に微笑む。
「今日は僕が朝食を作るよ」
「なら、オムレツがいいわ」
二人は変哲のない老夫婦に見えた。
村に溶け込めそうだけど、仕事は大丈夫かな。
家に帰ると、渋い顔のママルが待っていた。
「何者の仕業か知りませんが。トロルの牙が六本届きました」
昨日の晩に仕事を受けて、今朝には終えたのか。なんて仕事の早さだ。
ママルに暗殺の話をしていなかったのではぐらかす。
「トロルの牙ねえ、何か意味があるんでしょうか」
「トロルには裏切り者の牙を抜いて持って帰る風習があります」
カトウはトロルの犯行に見せてくれたのか。
しらばっくれて答える。
「でも、トロルはうちの村の住人ではありませんよ」
ママルは険しい顔で意見する。
「これは何者から村に裏切り者がいるとのメッセージではないでしょうか」
完全な誤解だね。ユウトは笑って答える。
「まさか、ウチの村に限ってそれはないでしょう」
「だと、いいのですが」
仕事が終わったので、さっそくカトウ夫妻の入居書類の準備をした。
昼にはヨアヒムに密輸品の受け入れが整ったと手紙を出す。
ドキドキして待っていると輸送隊は翌日、無事に到着した。
密輸品を蔵に納めて、買い溜めしておいた鉄器を持たせる。
後日、懇意にしている商人が来た時に密輸品を見せる。
商人は品物を手に取り聞いてきた。
「これだけ質が良い品が、これほどあるのも珍しい。どうやって手に入れたんです?」
「儲かる話なので詳細は秘密です」
商人は深く追求してこない。儲け話がなくなって困るのはお互いさまだもんな。
密貿易は、たった一度の取引で庄屋の役料の六年分を超える利益を上げた。
ヨアヒムと折半しても、三年分だ。
時代劇の悪徳庄屋があんなにも存在する理由がわかった。
庄屋ってやりようによってはぼろ儲けできるな。
儲けた時に独り占めする行為ほど愚かなこともない。
カクメイには上等の絹の服を、ロシェには名馬を贈る。
村では餅つき大会も行った。なにごともなく終わるかに見えた。
その日は朝から暑かった。春の終わりにしては気温が高い。
今年は夏が早いのかな。お昼に一風呂浴びに行く。
心なしか、温泉が熱かった。湯釜番に話を尋ねる。
「湯沸かし器の調子がおかしくないか」
湯釜番は戸惑った顔で答える。
「湯沸かし器の調子は問題ありません。ですがなぜかお湯の温度が上がっています」
水温計を見せてもらうと、いつも二十度以下の水温が三十度になっていた。
一定のはずの水温が急激に上がっている。
不安だったのでアイザックの家を訪ねた。
「水温が十度以上も上がっています。原因はなんでしょう」
「地下水の温度がそんなに急に変わるとは異常ですね。調べてみましょう」
アイザックに任せておけば大丈夫だろう。家に帰った。
夜にアイザックが飛んできた。
「大変じゃ庄屋殿。この村の地下に炎の精霊が集まってきている」
「具体的にはなにが起こるんです?」
「このままでは村の地下にある水脈が沸騰して爆発する。村が吹き飛ぶぞ」
「なんですって、なんでそんなことに」
「どこかに炎の精霊を操る者がいるはずなんじゃが」
敵の策に引っ掛かった。
エレメンタル・サマナーの目的は密貿易の妨害だとばかり思っていた。
だが、あれは囮だ。本命は村の破壊。
エレメンタル・サマナーはもう一人いる。
暗殺が成功したと思ったが裏をかかれた。
「あとどれくらい猶予があるんですか」
「明日の十二時が限界じゃ」
そんなに短いのか。村人を避難させるのがやっとだ。
全てが無駄になるのか。いや、まだだ。諦めない。
急ぎカクメイの家に行く。
カクメイは寝ていたが、村の緊急事態だと教える。
「大変です。このままでは村が吹き飛びます」
あくびをしながら聞くカクメイに危機を伝える。
カクメイはぼんやりとしながら聞き終わるとゆっくり答えた。
「なんじゃ、急ぎ起こされたと思えばそんなことか」
寝ぼけて状況を理解できていないのかとイライラした。
眠たそうにしてカクメイが教える。
「村が吹き飛ぶ前にエレメンタル・サマナーを討てばよいだけの話ではないか」
「どうやって?」
「村が明日の昼まで無事ならエレメンタル・サマナーは確認しにくる。そこを討て」
「だからどうやって村を吹き飛ばさないようにするんですか?」
「簡単じゃ。村を重くするんじゃよ」
理屈がわからないが、アイザックは理解した。
「圧力鍋の原理じゃな。かかる圧が増えれば水蒸気の沸点は上がる」
沸点が上昇すれば、水を水蒸気に変えるためにより強い火力が必要になる。
火のエレメンタルの数と火力は同義。
火のエレメンタルがもっと必要になれば、村を吹き飛ばすのはもっと遅くなる。
だが、一晩で村を重くするなんて可能なのか…?




