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第三十二話 伝説の暗殺者

 村の東にある砦が撤去されることはなかった。山の民の攻勢は激しい。

 戦いが続いているせいで、砦はなかなか完成にも向かわない。


 双方にかなりの被害が出ていた。

 戦なんてやめればよいと思う。だが、総督にも山の民にも意地がある。


 情勢不安の影響は物価の上昇の形で表面化した。

 誰かが、東の地での戦争を見越して物資を買い占めていた。


 全ての物が値上がりする。ただ、農産物の値上がりだけは微増にすぎなかった。

 そのために、地域一帯の百姓の生活への打撃が最も大きかった。


 とはいえ、ユウトの村は基幹産業が農業ではない。

 お年寄りも金を持つ市民層出身なので、日々の生活にことかくほどの影響ではなかった。


 村で帳簿を眺めていると、ハルヒがやってくる。

 ハルヒは決意の籠った顔で切り出す。

「庄屋様、給金を上げてください」


 物価上昇に伴う人件費の値上がり予想はしていたことだ。

 できるだけ払ってあげたい。だけど、給金は一度上げると、簡単には下げられない。


「いくらあげてほしいの?」

 ハルヒは全員の給与の二割アップを要求してきた。


 二割も上げれば村の財政に影響する。

 これからは密貿易に手を出していく予定だ。


 密貿易によって生じる利益はとても大きい。

 ヨアヒムがやりたがる理由も納得だった。


 されど、始まってもいない状況では絵に描いた餅だ。あてには出来ない。

「一時金じゃダメ?」


「ベースアップでお願いします」

「年功序列で熟練者に手厚くじゃだめ?」


「一律アップでお願いします」

 ハルヒは若いが、世話人をよく纏めている。仕事ぶりも良い。


 なによりお年寄りから受けが良い。

 実質、村方三役のナンバー二の年寄だからな。


 世話人たちがどこまで事情をわかっているのかは未知数だ。

 いまの状況は安全とは言い難い。ならば、金で忠誠心を買っておくのは悪い手でもない。


「わかった。条件を飲む。だから、お年寄りの世話を頼む」

 ユウトが決断するとハルヒは驚いた。


「いいんですか、本当に?」

「できない時はできないと断る。今回は認める」


 ハルヒは躊躇いがちに尋ねた。

「給与を上げてもらった上にこういうのはなんですが」

「言いたいことは言ってください。隠されるほうが困ります」


 ハルヒが沈んだ顔で質問する

「お年寄りへの負担を増やすんでしょうか?」


 密貿易に手を出すとは言えんからな。

「今のところは考えていないよ。未来のことは後で考える」

「庄屋様が優秀な人でよかった」


 労働組合と利用者からの突き上げは回避した。

 だが、これで新規事業の密貿易の失敗は許されない状況となった。


 賃上げを決めると、心なしか世話人がよく微笑んでくれる気がした。

 ハルヒの株も上がっており、仲間内での信頼を勝ち取っていた。


 密貿易の案が固まった。

 山にしか生息しないブラコと呼ばれる雪獅子の毛皮が持ち込まれる。


 ブラコの毛皮で作った防寒具は、高級防寒具として好まれる。

 保温性、撥水性、防風性が高い。南方の魔法加工した絹と合わせれば透湿性も持つ。


 ブラコ製のフルコートを着れば雪山で寝ても凍死しないほどの性能だ。

 性能の分価格も一流で、一着で百姓一家四人が一年暮らせるほどだ。


 それに、ブラコは屈強な獣であり険しい場所に棲む。

 熟練の猟師が狩るにしても手にあまる。


 だが、トロルたちにとってブラコは御馳走である。

 トロルの間では、ブラコを狩って初めて一人前の戦士と認められる。


 寒さに強いトロル間では、ブラコの毛や毛皮の価値は低い。

 また、木の皮は精力剤の原料となる。これもまた帝国領内では希少材料である。


 精力剤は飲めば、一日は疲労なく動ける。

 木が生える場所は山の猟師の秘密である。


 帝国では希少でも、山のどこかには自生しており、トロルのおやつになっている。

 密貿易はトロルにも人間にとっても魅力的なものだった。


 春の終わりに密貿易の準備が整うと、嫌な報告が入った。

 山側の村の付近で鬼火が出る。鬼火はヨアヒムの村とユウトの村を繋ぐ道に出た。


 誰かが密貿易品を狙っている。

 密貿易品なら奪われたとしても公にできない。


 襲撃者にしてみれば、これほど都合の良い獲物もない。

 ちょっと用心が必要だな。場合によっては掃討せねば。


 村に技術を習いにきていた冒険者を五人集める。

「金は弾む。鬼火の調査を頼む」


 五人を送り出す。三日後、若い男の冒険者が一人だけ帰ってきた。

「庄屋様、まずいです。トロルのエレメンタル・サマナーがいます」


 相手はトロルか。山の民と人間の取引を快く思わない勢力かな。

 それとも、極東の国の人間がトロルに化けて取引を妨害しようとしているのか。

 どちらにしろ、敵だな。


「相手の規模はどれくらいですか」

「エレメンタル・サマナーが一人。あと護衛トロルが二人」


 五人では辛かったかもしれないが、冒険者も二十人なら勝てるだろう。

「わかった。今回の件は残念だが。助かった」


 冒険者は慌てて忠告する。

「待ってください。庄屋殿。相手は炎の精霊を四体も呼べる凄腕です」


 炎精霊は火竜より強い。迂闊に突っ込めばまたもや全滅か。

 ロシェを率いていけば討ち取れる。だが、密貿易がばれる可能性がある。


 ここは一工夫が必要だな。ユウトはアメイに相談に行く。

 カクメイの家の庭を掃除するアメイがユウトを愛想よく迎える。


「カクメイ様はご友人とお風呂に行っています」

「今日はアメイさんに用事があってきました」


 何か察することもあったのか、家に入れてくれた。

 密談を開始する。

「実は暗殺したいトロルのエレメンタル・サマナーがいるんです」


 アメイの顔が冷ややかになる。

「暗殺とは穏やかではないですね」

「全ては村のためです」


 アメイの態度は硬化した。明らかに幻滅していた。

「大儀を振りかざして、暗殺をするのは感心しません」

「ダメですか?」


 アメイは澄まして拒絶した。

「お断りします。庄屋殿には汚れた道を進んでほしくありません」


 良い案だと思ったが、ダメか。別の策を考えよう。

 ユウトが家に戻ると、今度はアメイから訪ねてきた。


 アメイの表情は冴えない。

「カクメイ様から協力するようにと頼まれました」


 主のカクメイの頼みだから渋々だな。でも、ありがたい。

「ただ、私はやりません。適任者を紹介するだけです」

「どんな人です?」


「カトウと呼ばれる老人です。我らの中では伝説の暗殺者です」

 老婆・ロードの能力が及ぶのに三日。俺から離れると二十四時間後に効果が切れる。


 ヨアヒムの村から俺の村まで馬で四時間。

 道の中間地点にいるなら一日で帰れる。

「わかりました、カトウさんに依頼を出しましょう」

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