第三話 大戦
大浴場ができると、村にやって来る商人が増えた。商人は品物を売り風呂に入る。
帰りに鉱泉水を汲んで帰るのが定番だった。おかげで、村の暮らしが少し豊かになった。
鉱泉水は大きく売り上げを伸ばさない。だが、帰りの商品があれば商人は買っていく。
掘った甲斐があったな。
ユウトは村の発展が嬉しくもあり、寂しくもあった。老婆・ロードの恩恵には限りがある。村を去ればお年寄りは動けなくなる。そうすれば村は支出が増えて立ちいかなくなる。もう、ユウトは冒険に出ることはおろか村から離れられない。
小間使いの小僧が手紙を持ってやってきた。差出人は代官だった。
中身を読む。戦争が始まるとの通知だった。相手は隣国。
ハルヒたち出稼ぎ労働者の出身国だった。
これは勝っても村の運営に支障が出るかもしれん。
ユウトはきちんと村の現状を代官に報告していた。代官は村の状態を知っているので、徴兵は免除となった。ただ、税の臨時徴収を求めてきた。額はそこそこに大きい。
こんな辺鄙な老人だけの村に臨時徴収か。今回は鉱泉水販売で儲けた分があるからよい。だけど、戦争が長引いて何度も徴収されると困るな。
ユウトは代官の顔を潰さないように今回は素直に応じるつもりだった。
金の算段をしていると隣村の庄屋のドリューがやってきた。
ドリューは去年世襲で庄屋になった。
年齢はユウトと同じ。だが、体は逞しく赤毛の男だった。
ドリューは開口一番に告げる。
「ユウトさん、貴方のところにも税の臨時徴収の通知がきましたか?」
これは良くない話だとユウトはすぐに悟った。
「私も庄屋ですから」
「他の村を回っているのですが、団結して税の支払いを拒否しようと思います」
来ちゃったよ、一揆の誘いだよ。
国の動きはわからない。反抗すれば最悪、処刑もある。
だが、ユウトの村だけが徴税に応じれば今度は周りの村から恨まれる。
こういう付き合いって対応を間違えると危険だぞ。
「村に余裕がないのですか?」
「ありません」とドリューは厳しい顔で告げる。
隣村の代官って容赦ない人なのか。俺は庄屋の地位を買ったから、放任だったな。
他は厳しいんだな。
「うちはまだ余裕があるので、今回だけは応じようと思います」
嘘を吐いてもばれる。後で嘘とわかったほうが危険だと直感したので正直に打ち明けた。
ドリューの顔が険しくなる。
「そんな対応はダメだ。徴兵で働き手を持っていかれた上に臨時徴収なんて」
隣村の代官はやり過ぎたんだな。でも、これはまずいな。
「そうは言われましてもね」
ユウトは言葉を濁した。隣村が要求された税はユウトの村より多いと推察できた。
ユウトの村が優遇されていると知れば不公平感はますます強くなる。
世に怖いのは、遠くのドラゴンより、隣人の妬みだからな。
ユウトは詫びた。
「申し訳ない。我が村は徴税に応じます」
ドリューの顔が厳しくなった。
「いいのですか? ここで簡単に応じれば次はもっと過大な要求をされますよ」
「もう決めたのです」
「わかりました」とドリューは不満も露わに帰って行った。
ユウトは情報を集めるべく長男のエンリコと次男のニケに手紙を送った。
内容は戦争に関する情報を尋ねたものだった。
まず、エンリコから手紙が来た。
この度の戦いは大きく負けるかもしれない。下手に徴発に応じるなとの内容だった。
国が負ける? これは俺の地位もまずいな。
次にニケから手紙が来た。戦は勝てるから心配するな。国を支援せよとの内容だった。
商人と官僚の立場で意見が違うな。だが、わかる内容もある。今回の戦争は大きい。
大戦となれば結果しだいでは支配者が変わる。
当然、利益の再分配となれば代官や領主も変わる。
せっかくの安穏と暮らせる環境がピンチだった。
物資はすぐに値上がりした。食料品の値上がりが大きい。
幸い村には小さな畑がいくつもある。家畜もいる。
村は孤立しても凶作にならねば飢える心配はない。
商人から戦争の話が伝わると、村人は不安になった。
出稼ぎの世話人たちは帰国するかどうか迷っていた。
ハルヒが世話人代表としてやってくる。
「庄屋様この度の戦争はどうなるのでしょう」
「正直に答える。わからないよ」
ハルヒは不安な顔で質問する。
「もし、戦争で私たちの国が負けたら私たちは追放ですか?」
「今まで通り働いてください。ここの世話人たちはよく働いてくれています」
老人たちの世話は出稼ぎ労働者で成り立っている。出ていかれれば困るのはユウトだった。それに、ハルヒたちはよくやっているので、老人の受けもよい。
ハルヒたちは仲間内で相談していたが、村を出て行く人間はいなかった。
下手に動くのは危険との判断だった。戦争の機運が高まる中、国内を迂闊に移動すればスパイと見做され殺される可能性もある。
姥捨て村からは出征する人間はいない。近隣の村では出征式を行って士気を高めていた。
しばらくして、戦争が始まったとの知らせが届いた。開戦の一報が入って一週間後。
ユウトの国は負けた。ユウトの村に敗戦の知らせが入ってから三日間は動揺した。
だが、動揺はすぐに収まる。老人たちは死を覚悟した。ただ、身内の安否が気懸かりだった。
ユウトの元に手紙が届く。代官と領主が共に討ち死にした。
その後、七日で城が落ちた。戦争はあっけなく終わった。
長期戦になって徴発を乱発されたり、略奪が横行したりするよりは良いか。
ユウトの立場は微妙だった。支配者層の人間なら処刑があるので逃亡せねば危ない。
だが、ユウトの身分は庄屋。被支配者層の代表者である。
支配する側からすれば被支配者層のトップを安易に挿げ替えるのは愚策。やりかたを間違えれば、せっかく手に入れた所領が無価値になる。下手をすれば反乱と鎮圧のもぐら叩きになる。
庄屋の立場でもあるのでユウトは逃げなかった。逃げればお年寄りたちが困る。
赴任して二年に満たないが村やお年寄りに愛着もあった。
異国の伝令が来る。新代官が決まった。視察に来るとの知らせだった。
新代官をユウトとハルヒで出迎える。新代官はハルヒと同じ国の出身の女性だった。
黒い髪は短く顔付はきつい女騎士だった。年齢は若くハルヒやユウトと同じだった。
名前はエリナと名乗った。エリナが命じる
「さっそく村の状態がわかる書類を見せてもらうわ」
ユウトが書類を見せるとエリナの顔付きが曇る。
「村の大半が老人? 話が違うわ。恩賞でこんな村を貰っても価値がないわ」
エリナはぷんすか怒っていた。
ここはへつらったほうがいいね。俺の首は俺が繋がないと。
「お代官様。村は老人を受け入れて運営する特殊な村でして」
ユウトが村の運営形態を話す。だが、村の特殊性をすぐに理解してもらえなかった。
されど、特産品として鉱泉水があり、名所として大浴場があると説明する。
そこまで説明すると態度が和らいだ。
「なるほど、無価値ではないのね」
エリナを大浴場に案内して入ってもらう。鉱泉水で煮た山羊料理を振舞う。
機嫌はだいぶよくなった。
食事の席で持て成すとハルヒが尋ねる。
「それで村はどうなるんでしょうか?」
「ハルヒはこの村でどう扱われたの?」
「お給料はきちんともらえました。話もきちんと聞いてもらえました」
「なら、このままでいいわ。村の管理は庄屋のユウトに任せます」
首は繋がったか。給与の遅配がなくてよかった。
ハルヒの要望に応えていて正解だったな。
だが、心配はあった。支配者が異国の人間になった。
文化も違えば習慣も違う。これからは気配りを間違えれば即刻罷免もある。
俺はいいが、俺がいなくなるとこの村は終わりだからな。