第二十七話 老婆ロード 対 ドラゴン・テイマー
カクメイがユウトの家にやってくる。
カクメイはいつものように落ち着き払っている。
「東の砦より使者がきた。急ぎ対龍抗槍を送れとの内容じゃ」
対龍抗槍は村の防衛の要。渡すと村が危険だ。
「村に置きたいけど、渡さないとダメですか?」
カクメイは涼しい顔で忠告する。
「渡さなければ砦は落ちるでしょう」
二千名の兵士では砦を守り切れないか。もっと頑張ってほしいものだが…。
けど、精神論で戦が勝てれば世話がない。
心配なのでカクメイに不安を打ち明ける。
「砦が落ちたら次はここだからな。でも、対龍抗槍を渡したらこの村を襲ってきませんか?」
「敵はもっとも無防備になる輸送中を襲ってくる」
対龍抗槍は小型バリスタの形状をしている。
移動中を襲われれば準備中に破壊される。
だが、カクメイならもちろん予見している。
「あり得る展開ですね。それで、策は?」
「本物を隠して運び、偽物をわざと破壊させる」
対抗手段がなくなったと油断させ、砦側で敵を倒すというわけか。
村が戦場にならなくていい。
だが、敵は兵器製造ができる村を襲うかもしれない。
「村を守る手段はどうします?」
カクメイはにこりと微笑む。
「輸送するのは、完成した十二本のうち六本と噂を流しておく」
偽情報か。村の防衛を考えれば有効な兵器を残しておく対応は考えられる。
敵にしてみれば、それならば輸送中の兵器を壊そうという考えになる。
次の対龍抗槍が送られてくるまでに砦を落とせばよいと考えるはず。
「行けるかもしれませんね」
「六本も残っていると信じれば、容易には襲えん」
「それで行きましょう」
安心できたのでお願いした。
村では偽の対龍抗槍がセットされたバリスタが用意される。
対龍抗槍の出来は本物そっくりに見えた。
これなら、敵も信じて襲えないだろう。
しばらくして、砦から兵糧の輸送隊に化けた隊がやってきた。
兵糧に偽装したバリスタが荷馬車に積まれる。
対龍抗槍は別の箱に入れられ厳重に封がしてあった。
ここで本物を運んで、後から偽物を運ぶのか。
一見すると、偽装運搬隊には見えない。
運搬隊の隊長は若い。兵の服装と規律は乱れていた。
ユウトは一抹の不安があった。
大丈夫かな。こいつらに重要な兵器を預けて。
ロシェも厳しい顔で運搬隊を見ていた。
そっとロシェに意見する。
「大丈夫ですかね?」
「軍人にとって、命令は絶対じゃ」
運搬隊の隊長は休息後、荷物を受け取る。
ロシェに見送られて運搬隊は村を出た。
運搬隊が無事に砦に入ってくれれば、作戦の半分は成功だ。
眠っていると襲撃の銅鑼が鳴り響く。
「まさか、こっちを狙ってきたか」
二階の窓から外を覗く。魔法の光が次々と打ち上げられて空が照らされた。
敵は真っ赤な火竜だった。全長は十二m。火竜は飛竜より体が大きく獰猛。
炎の息で敵を焼き払う。そんな飛竜が四頭も向かってきていた。
震えそうになる。
「読まれていた。こっちの策が通じなかった」
村の建物はほとんどが木造。火を点けられては村が全焼する恐れがあった。
角笛が鳴る。
「射出用意」
兵士の声が響く。バリスタで迎撃する気か。
火竜の鱗は硬く。筋肉は生半可な剣を弾く。
単なるバリスタではどこまで効果があるのか不明だった。
火竜が村の上空に侵入した。バリスタから矢が射出される。
矢は火竜に命中した。ドサリ、ドサリ、ドサリ、と火竜が三頭も落下した。
「バリスタが効いている。通常バリスタにしては効果が大きい」
落下した火竜に矛を持った兵が殺到する。兵が火竜を滅多打ちにする。
いくら頑強な火竜でも落下したダメージがあればすぐに動けない。
身動きがままならないところに殺到されてはたまらない。
火竜が火を吐く。だが、狙いが定まらず、火は虚しく空を照らす。
なんとか攻撃を免れた一頭は判断に迷っていた。
角笛が鳴る。装填完了の合図だ。
撃ち落とされてはたまらないと火竜は飛び去った。
夜が明ける。村への被害はゼロで火竜三頭を討ち取った。
ロシェが家にやってきた。ロシェの顔は明るい。
「火竜に乗っていたドラゴン・テイマーを捕縛しました」
戦いには勝った。だが、不思議だった。
「対龍抗槍はなかったはず。火竜をどうやって落としたのです?」
「庄屋殿を騙すようで申し訳ないが、対龍抗槍はあったのです」
やられたと思った。
「隠して運ぶ算段は嘘だったのですか?」
「当初は庄屋殿にお伝えした通りに運ぶつもりでした。だが、どうも運搬役が頼りなかった。儂の一存で急遽作戦を変更したのです」
ロシェも思い切った行動を取る。失敗すれば厳罰ものだ。
これが若い指揮官なら作戦に拘泥して失敗したかもしれない。
命令通りに動いていれば失敗してもお咎めはない。
だが、命令を破れば、成功しても罰があるかもしれない。
それでもロシェは最良がなにかを考えて決断してくれた。
ロシェの思慮深さと決断力を賞賛したい。
「ドラゴン・テイマーはどうなりました?」
「捕虜として監禁しておる」
気になったので訊く。また、顔見知りかもしれない。
「どんな男なんです?」
ロシェの顔が曇る。
「男ではない。ダーク・エルフの女性じゃ。名はメアリ」
ちょっと疑問だった。
「山にダーク・エルフって住んでいるんですか?」
「口を割らん」
「拷問とかしてます?」
ロシェはムッとした顔で言い返した。
「儂は名誉あるマオ帝国軍人じゃぞ」
立場があるのでいつまでも紳士でいるのは難しいかもしれない。
現状はこれでいい。
「疑って悪かったです。メアリはどうなるんですか?」
「できる限り情報を引き出そうと苦労しておる」
山の中には砦ができている。なら、組織がされた軍がある。
モンスターの砦だから極東の国の施設ではない。
もしかして、山の中にモンスターの国があるのか?
とするなら、すでにいくつかの村もあるはずだ。
メアリが傭兵なら問題ない。だが、山の民で位の高い人物なら事情が違う。
山の中に独自の王国があるなら、付き合い方がある。
マオ帝国や極東の国の事情は知らん。この地には平和であってほしい。
僻地の村の人間と山のモンスターとで大国の代理戦争なんてやらされたくはない。
できることなら山の情報はほしいな。よし、北風と太陽作戦だ。
軍はメアリに厳しく当たる。俺は優しくいく。
美味い料理も持って行けば酒も差し入れよう。大浴場を勧めてマッサージもしよう。
暇つぶしの書籍も贈ろう。軍は軍。村は村だ。