第二十三話 妥協
村の集会場で、遅れた新年会が行われる。村人の協力もあり美味しい料理が用意された。
参加した高僧は十三人。北派と南派があり、その中で革新と伝統に分かれる。
誰がどうだかよくわからないが、気にしない。
念のための護衛として、かたわらにはママルが控える。
ママルが最高齢であり、全ての高僧の若い時を知っている。
高僧にしてみれば、やりづらい。
ユウトの新年の挨拶あと十三人が順に挨拶をする。挨拶は若い人からだった。
皆、いいたいことがあるだろうが、当たり障りのない挨拶が続く。
完全な腹の探り合いだった。
最後にハンがやってくる。ハンが型通りの挨拶を終える。
「それで、僧正様はいつ本山にお戻りになられるんですか?」
「俺は行きませんよ。庄屋の仕事がありますから」
ハンが澄ました顔で告げる。
「それでは困ります。お勤めが滞ります」
「実務と運営は本山の高僧の合議制で決めてください。俺は承認だけに留めます」
ユウトの言葉に、十二人の高僧たちが顔を見合わせる。異論はなかった。
様子見に出たか。僧正は必要。だが俺に実権を与えると面倒。
合議制で済むならある程度自分たちの裁量で寺を運営できる。
ハンは顎髭を触りながら思案した。
「僧正様がおられないとなると、困りますね」
演技だと思った。よくわかっている。
勝手がわからない人間が采配を振るうことこそ始末が悪い。
「信徒を導く僧は多くいます。ですが、村人を導けるのは俺だけです」
ママルがハンに告げる。
「ハン老師。僧正様のお言葉である。合議制にせよ」
ハンが仕方ないとばかりに賛成した。
「僧正様においては本山でお勤めをしていただきたかったのです。ですが、僧正様が自らの提案であれば従いましょう」
ハンが振り返ると、全員が頷いた。
戒律が守られ、実権も掌握できた。これで高僧も帰れる。
落としどころがわかったところで注文を出す。
「一つお願いがあります」
なにを要求してくるのだと、ハンの顔が曇った。
「この村にも寺がほしいです。功績のある武僧が余生を過ごす寺にしたい」
この村は世間から見ればいわば姥捨て村だ。
安らかな老後生活を送るための寺がほしいと提案しても、違和感はない。
ユウトは本心を隠して続ける。
「武僧といえど歳を取ります。余生は穏やかに過ごしてもらいたい。福祉の一環です」
本当の狙いは村の軍事力の密かな増強だ。
年季の入った武僧の集団を入居させ、村の防備を固める。
ユウトの狙いに気づくはずもなく、ハンは柔和な顔で承諾した。
「僧正様のお側に仕える栄誉が与えられた僧は幸せでしょうな」
新年会は無事に終わった。
寺の建築が始まる。よぼよぼの武僧が三十人やってきた。
長旅に耐えられたのが奇跡だと思えるほどに弱々しかった。
だが、それも三日で変わる。
武僧は元気になった。戻った力を試すように寺の建立を手伝った。
棟梁のダンは高齢の武僧が手伝うことに戸惑っているようだった。
だが、武僧はどんな若者より力が強く、疲れない。
お茶の時間にダンが不思議がる。
「武僧って、力と技に優れると聞きましたが、歳をとってもこれほどなんですかね」
「そうなんでしょうね」と適当に相槌を打っておく。
二月になる前にエリナがやってきた。
エリナがきている間は武僧に仕事をさせないでおく。
エリナは建立中の寺を見て驚いた。
「こんな僻地に寺院を建てるの?」
当然、真の目的は隠して答える。
「武僧たちの隠居寺ですよ」
「お金はどうしたの?」
「人徳派が高齢の僧を預かる条件で出してくれました」
嘘ではない。
エリナは俺が僧正になったことを知らないようだ。
それならあえてこちらから言う必要もない。
信仰心が薄いのか、エリナは寺に興味を示さなかった。
「職業訓練場の件ですが領主様から許可がおりました」
大事なことなので確認しておく。
「補助金は?」
「おりそうです。苦労したのよ。書類を作るの」
全額は無理だったが、七割ほどの金額は出るようだ。
こればっかりはエリナに感謝だな。
エリナと話をして案を詰める。
ダンも入れて、建設について意見を聞いた。
職業訓練所は初年度が赤字になる。
職業訓練所が完成したとして、初年度はおそらく赤字だろう。
それでも、二年目以降から少しずつ黒字化していけば問題ない。
老いてはいるがその道を極めた者から直接指導を受けられるとなれば、評判は悪くないはず。黒字化はそう難しい未来ではない。
それに、村に人が集まれば、商人も来るようになる。経済が回れば村は豊かになる。
職業訓練所の話が済むと、エリナがさらりと切り出した。
「北に滅んだ村があるのは知っているわよね」
ドリューの村だな。
「ソンビによって滅んだ村ですね」
「領主様があの土地をもらったのよ。村を復興させる計画があるわ」
曰くつきの土地にはなった。だが、耕作地として見た場合、生産力はある。
捨てるには惜しいとの判断か。
エリナがすがるような目で見る。
「一緒に来ない?」
代官のエリナは人事異動か。管理職だからしかたのないことなのだろう。
庄屋としての俺の能力を評価しての引き抜き。
だが、俺の能力である老婆・ロードを活かすには、この村が一番適している。
「私は庄屋なので、この土地に骨を埋める覚悟です」
支配者層の貴族や役人なら移動は拒みづらい。だが、庄屋は被支配者層。
権力はないが、こういう時は断れた。
エリナは未練がましい顔で誘う。
「私に付いてくれば大庄屋になれるわよ」
ユウトは丁寧に断った。
「お気持ちだけいただきます」
誘いを断るとエリナは不機嫌に帰って行った。
ほどなくして、南方から移民団が入植したというニュースが入ってきた。
同時に、遅れていたゾンビ・マスター退治の恩賞が届く。
恩賞は金ではなかった。兵糧として運び込まれた食料だった。
せっかくもらった食料だ。黴を生やしてはもったいない。
新天地への門出の祝いとして、酒と食料をエリナの村へ送ってやった。




