表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/188

第二十二話 マスター・モンク ↑

 年が明ける三日前に一人の老婆と若い男性がやってきた。

 老婆は腰が曲がり、杖を付いて、歩くのもやっとだった。


 青年はサジ、老婆はママルと名乗った。二人とも褐色肌なので南方の出だとわかった。

 ママルはしょぼしょぼした目でユウトを見る。きっと、よく見えてはいないのだろう。


「貴方様が新しい僧正様でしょうか」

「秘伝を受け取ったのは俺ですが」


 ママルは両手を差し出した。

「私の手を握ってくださらんか」


 意味がわからないが、従った。

 ママルは昔を懐かしむ顔をする。


「温かい。人徳派の秘伝の流れを感じる。間違いない。ユウト殿の中に秘伝はある」

 サジが驚いた。

「本当ですか? 婆様」


 ママルはサジに向って頷き、ユウトに向き直る。

「僧正様。私を下女としてここにおいてくださらんか」


 ママルの言葉に対し、サジがすかさず異を唱える。

「婆様が下女だなんてとんでもない。使用人が必要なら家から送ります」


「儂はもう歳じゃ、碌な働きができん。それでも、ソナム家に生まれた者としての責務がある。下女でもなんでも、僧正様をお助けせねばならん」


 ママルが武僧の一族で身分の高い人間であろうことは推察できた。

「使用人として置くのはかまいませんが、ママルさんってどんな人ですか?」


 サジがむっとした顔で答える。

「ソナム家は代々、僧正様の護衛をしてきた家柄。婆様はソナム家の長老です」


 大事なことなので尋ねる。

「全盛期はどの程度の実力があったんですか」


 サジは得意になって語る。

「千人力の女傑でした。ソナム家始まって以来、唯一女性で警護長まで出世した人物です」


 良い人材がきたね。これから武僧との争いに巻き込まれる可能性がある以上、護衛は多いほうがいい。


 ママルがしょんぼりした顔でこぼす。

「マスター・モンクは昔の話じゃ。いまは子供にも劣るひ弱な年寄りじゃ」


「雇う前に質問です。ママルさんは、おいくつですか」

「今年で九十です」


 家が代々続く武僧なら、訓練は子供の頃から受けているはず。

 老婆・ロードの能力下ならロシェ以上に強いかもしれない。

「いいでしょう。給与は少ないですが、ご飯食べ放題でお迎えしますよ」


 ユウトの言葉にサジは不快感を露わにした。

 だが、ママルはユウトの言葉を有難がった。


 正直言って残ってほしいのはママルだけだったが、サジもなかなか帰ろうとしなかった。

 年明けから四日。事態は動いた。


 ハルヒが血相を変えて家に駆けこんできた。

「庄屋様、外に三十人からなる武僧たちがきました。皆さん、怖い顔をしています」


 窓から外をこっそりとうかがう。

 リーとハンが二人、揃ってやってきた。二人は三十人の屈強な武僧を連れていた。


 力尽くで秘伝を奪う、ないしはユウトを連れ去ろうとしているのがわかった。


 リーとハンの前にママルが立ちはだかる。

「これは権僧正と御使い殿、僧正様になんの御用でしょうか?」


 ハン老師が怖い顔で告げる。

「僧正殿を本山にお迎えに参りました。僧正殿はいずこに?」


 ママルは声を張って言い返す。

「寺の青二才どもに伝えなさい。用があるならそっちから来いと」


 リーがママルを批難する。

「寺の高僧に向かって失礼ですよ」


 ママルの怒声が響く。

「黙らっしゃい小娘が! 大体何です? 新年が三日も過ぎたのに僧正様に挨拶にも来ないとは。本山の鼻たれ共は礼儀がなっていない」


 ママルの言葉に対し武僧たちが不機嫌な顔をする。

 武僧たちはママルを完全に馬鹿にしていた。


 あーあ。そんな態度でいいのかな。もう、ママルさんにはすでに老婆・ロードの力が及んでいるのに。


 ママルはキャリア九十年の天才武術家だぞ。二十年や三十年の武は通じんぞ。

「ここは」と一際体格が大きい武僧が前に出る。


 武僧がママルの肩を掴む。その刹那、武僧はそのまま一回転して地面に転がった。

 目にも留まらぬ容赦のない追撃。ママルの踵が武僧の喉仏に決まる。


 武僧は動かなくなった。

 一番強いのがいいところなし。一撃でやられたね。


 ママルの低い声が響く。

「お主ら、ここを僧正様の庭だと知っての狼藉であろうな」


 ママルの腕を見て武僧は動けなくなった。

 ママルが叫ぶ。

「サジよ、槍を持て。賊を皆殺しにする」


 本当に殺しかねない勢いだった。

 ママルさん、若い時は血の気が多い武僧だったんだな。


 放っておくと本当に皆殺しにしかねない。

 さすがに止めておいたほうがいいか。


 場を納めるために玄関から出ていく。

 しらじらしくママルに訊く。

「なにごとですか、ママルさん」


 ママルは笑って返す。

「賊が侵入しました。ただいま、首を取るので少しお待ちください」

「血で庭を汚されては困ります。私は怒っていませんから」


 ママルがハンとリーに偉丈夫に言ってのける。

「寛大なる僧正様に感謝するんだな。でなければ、今頃、お主たちは死んでおったぞ」


 ママルの殺気にハンとリーはすっかり萎縮していた。

 ママルがいる以上、俺の安全を心配する必要はない。ここは少し強気に出るか。

「ですが、今回の暴挙をタダで許すわけにいきません。二週間以内に高僧に挨拶に来させなさい」


 ママルが凄む。

「首だけになって帰るか、首から下が付いた状態で帰るか選べ」


 ハンが先に頭を下げた。

「この度の訪問は礼を欠いていました。出直します」


 現在の武力では力押しが不可能だと悟り、ハンは退いた。

 倒れた武僧を他の武僧に担がせ、ハンは帰った。


 フンと鼻を鳴らし、ママルがリーを見る。

「それで? そっちの小娘はどうするんじゃ?」


 リーは形だけ丁寧に謝った。

「失礼しました。僧正様、出直します」


 三十人でも勝てないのに半分になってはどうしようもないとの判断だな。

 武僧たちが帰ったので、ママルに礼を言う。

「助かりました。ママルさん」


 ママルはにこにこしていた。

「僧正様をお守りするのが、ソナム家の務めですから」


 さて、僧侶はどう出るかな。

 十日後、またもハルヒがユウトの部屋に飛び込んでくる。


「庄屋様、武装した集団がぞくぞくやってきました。その数は百名ほどかと」

 百人で力押しされては、さすがのママルさんでも危険かもしれんな。

 どうしようかな、と考えているとママルがやってくる。


 ママルの顔には不安はない。

「本山の高僧が挨拶にやってきたようですね。どうされますか?」

「警備のほうはどうなっていますか」


「問題ありません。倅に命じました。ソナム家一族総出で僧正をお守りします」

「では、面会は忙しいとの理由で四日後の夕方にセッティングしてください」


 若くして高僧にはなれない。お年寄りが多いのなら、老婆・ロードの能力が及ぶ。

 頭が若くなれば、考えも柔軟になろう。


「心得ました」とママルが畏まる。

 ハルヒにお願いしておく。

「高僧たちへの食事と宿泊場所の手配をお願いします」


 ハルヒは不安がった。

「大丈夫でしょうか?」

「荒れるでしょうね。でも、問題は解決します」


 高僧は高齢なのか大人しかった。だが、老婆・ロードの影響により日に日に元気になってくる。全盛期の力を取り戻しつつあるからか、高僧たちは白熱した議論を行うようになっていた。中には議論だけでは飽き足らず、試合と称して決闘まがいの争いを起こす者もいた。


 三日目の晩に、ママルを呼んで現状を訊く。

「どんな感じですか?」


「意見は割れております。僧正様から秘伝を譲り受けるべきだとする革新派。戒律を守るべきだとする伝統派です」


「現状はどっちが優勢?」

「はじめは革新派が主導権を握っていました。ですが、ここ三日で伝統派が逆転しました」

 流れはこっちに来たか。明日に決着させる。

ユウトは十七歳になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ