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第二百十九回 庄屋とマタイの謀議

 お母様とお孫様はユウトの屋敷にいる。ユウトは顔が見えないようにしてパルテイーヤに似た格好をする。お孫様役はどこからか連れてきた子供が用意されていた。馬車で移動して宿に入る。


 宿に入ると宿屋の主人にフブキが話を付ける。ユウトは変装を解いて本来ならパルテイーヤの泊まる部屋に入る。お付きの人たちは屋敷に一人も残らず、宿に付いた。


 遠目に見れば判別は付かないが、ユウトが屋敷にいなければ怪しいと思う。上手く行くか疑っていると、来客があった。マタイだった。


 マタイの格好はパルテイーヤ使用人の姿だが全く様になっていなかった。お付きの人間が百人いたとする。本来ならそこに一人加わっても気付かれないが、マタイの雰囲気は明らかに場違いだから気付く。


 暗殺を防ぐはずのマタイが宿に入ったが、まるで安心できない。


 マタイは手にしていた酒瓶を軽く掲げる。

「さすが高級店ですな。こんな高い酒が普通に置いてある」


 酒を飲みながら仕事をするマタイの姿は見慣れている。いつも思うが感心しない。マタイがユウトにも酒を勧めるので断ると、マタイは気分よく語る。


「庄屋様も高い酒を飲まれたほうがいいですぞ。酒は人生を豊かにする。仕事も捗る。儂は飲みますよ。酒代は庄屋様持ちですから」


 酒を奢るとは言っていない。だが、暗殺者を始末できるのなら安い物だ。


 ユウトは心配事を相談する。

「暗殺者はここに皇帝のお孫様たちがいると考えますかね?」


「もし、そう考えるのなら暗殺者は廃業したほうがいい。徴税人にでもなれば庶民は喜び、サイメイ殿は数字が合わずにブチ切れるでしょう」


 暗殺者がユウトの屋敷にお孫様ご一家がいると判断すると、マタイは予想している。

「待ってください。正確な場所がバレているのなら、ご一家が危ない」


「なぜです? この街で一番安全なのは庄屋様の屋敷です。駐屯軍の営倉より、街の拘置所の牢より、ロック殿の銀行の大金庫の中より安全ですよ」


 警備の人間はいるが、ちょっと不安である。

 納得しないユウトの態度にマタイが呆れる。


「庄屋様は本当に人を見る目がない。屋敷に侵入して皇帝のご家族を殺害できるとしたらカトウの糞ジジイだけです。それでも成功率は一割を切るでしょう」


 マタイはカトウを知っている。カトウの実力も承知の上だ。その上で言うのなら、嘘ではない。


 マタイが酒瓶をテーブルの上に置いて説教する。

「神前試合があったでしょう。あの後、ママル殿と武僧の顔付きも変わりました。わからなかったのですか?」


 顔付きは変わったかもしれないが、それほどの違いはない。

 ユウトの顔を見てマタイが嘆く。


「本当に我が主人ながら情けない。以前、武僧はここを最後の修行地として来ていましたが、甘さがあった。仲間内の慣れ合いです。これは仕方ない。競う相手がいないのですから」


 マタイの言い分は理解できる。神前試合でユウト側は負けた。成績からいえばいい勝負だったが、個々の勝負は違う。文句の言いようのない負け方もあった。


 自分より若い相手に長年磨いた技が通用しない。武僧にとっては屈辱である。これで再度試合があった時に、同じ相手にまた負けたら悔しさ百倍だ。


 杯を傾けてマタイは語る。


「武僧は命を懸けて修行に励むといっていたが、今日まで修行で死んだ者はいません。ですが、これからは自らを追い込んだ結果、死ぬ者も出るでしょう」


 これは聞いておいて良かった。修行で死者がバタバタ出たらやはり困る。武僧がより強くなっているのなら、軍の精鋭より強いかもしれん。


 だが、こうなるとマタイの計画が狂う気がする。

「暗殺はないのですか? なら俺がここにいても無駄でしょう」


「いえいえ、さっきフブキ殿が帰ったので、ここは手薄です。庄屋殿を狙うなら絶好のチャンスです」


 周りにいるのは皇帝一家の護衛と使用人。彼らは命を懸けてユウトを守る気はない。周りにいるのが、飲んだくれのマタイだけなら、殺すチャンスである。


「ターゲットを変えて、俺を殺しにくるとの読みですか? 何か根拠がありますか?」


「庄屋殿はネズミの一党をやり込めたでしょう。儂からネズミの一党を唆して庄屋様の暗殺依頼を出すように仕向けました」


 暗殺の首謀者は目の前にいた。ユウトが身構えるとマタイは笑う。


「御心配なさらずに、庄屋様が死んだらワシはタダで酒が飲めなくなる。人の金で飲むと酒はまた美味い。暗殺者はワシが始末します」


 慌てて屋敷に帰れば朝までは無事だ。だが、その先がない。危険でも暗殺を阻止したほうがいい。


 ユウトは分析する。

「暗殺者は現在二件の依頼を受けている。どちらを狙ってもいいなら、確実に仕留められるほうを仕留める。だからチャンスを作ってやったわけですか?」


「頭脳明晰、明朗会計、権謀術策の庄屋様ですな」


 褒めているのか、貶しているのかわからない。両方かもしれない。

 暗殺者の誘導が成功するかどうかユウトはまだ疑問だった。


「不安な点もあります。暗殺者が俺を殺しに来ると決めるには弱い気がします」

「なら庄屋様ならどうしますか?」


「暗殺者の動機を強化するでしょうね。暗殺が失敗して相棒が死んだのが一年前。この節目に、相棒の無念を晴らしたくなるように囁きますかね」


 ユウトの答えを聞いてマタイはすっかり気をよくした。


「見事です庄屋様。貴方は本当に権力者に向いておられる。貴方の手腕を知れば世の悪徳庄屋は恥かしくて逃げ出すでしょう。貴方の心に野心を作らなかったのは、神の慧眼だ」


 少し酔ってきているのか表現が大袈裟だ。

 こそっとマタイが打ち明ける。


「教えるとワシの評価が下がるかもと思い黙っていました。ワシも庄屋様と同様の考えです。何が何でも庄屋様を殺したくなるように吹き込みました。いやいや、評価が下がるなど余計な心配でしたな」


 前回の経験から暗殺者は相手の先を読む達人だ。それではマタイに勝てない。暗殺者は先を読んだつもりで、読まされてマタイに殺される。そこまではいい。他に悪い影響が出るかもしれないのがマタイを使う怖さでもある。

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