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第二十一話 秘伝の行方

 ナム老師が亡くなってから七日後、村は年越しの準備に入った。 

 ハルヒたち世話人は掃除に追われ、料理の準備が進む。


 新年用の酒や食料も運び込まれる。

 去年の村の年越しは静かなものだった。今年は違う。


 ナム老師を偲んでと、三十人からなる武僧の集団がやってきた。リーの姿はない。

 武僧はお年寄りたちと積極的に交流を持つ。家の掃除を手伝って、料理を作る。


 どうもおかしいな、善意にしても、なにか裏がありそうだ。

 立派な白い髭を生やした体格の良い武僧がやってきた。

 名前はハン老師。年齢は六十六歳。ハンは権僧正の地位にある人物だった。


 お茶を振舞うと、ハンは微笑んでお願いする。

「秘密の話がしたいのですがいいですか?」


 人払いをするとハンが話し出す。

「実は我が天哲教で、ある問題が持ち上がっています」


 良い気がしなかった。

 宗教関係の問題なんて首を突っ込みたくないぞ。


 でもなあ、ナム老師には多額の持参金を貰ったからな。

「私もできることと、できないことがありますよ」


 ハンの表情が曇る。

「天哲教には天、地、人、の三つの秘伝があります」


 武僧なのだからそれぞれの秘伝には奥義とか書かれていそうだな。

「秘伝一つにつき、一つの宗派の僧正がこれを守っております」


「では、大僧正とは?」

「僧正三人が合議で認めた、三つの秘伝の継承者です」


 大僧正がたいした人物なのはわかった。秘伝の重要性も理解した。

 ハンは言葉を続ける。

「だが、ここで問題が起きました。大僧正と三僧正が殺されたのです」


 なんだかよくない流れがきているな。

「犯人は捕まったんですか?」


「天哲教の総力を挙げて討ちました。ですが、秘伝が消失しました」

「つまり、元大僧正のナム老師だけが、秘伝を知る者だったんですね」


 流れが見えてきた。ナムが村にきた理由。

 ナムに元気になってもらい、秘伝を復元させたかったのか。

「歴史に埋もれた天と地の秘伝書の在処をナム老師は覚えておりました」


 少しほっとした。

「復刻できたんですね」


 ハンは沈痛な面持ちで語る。

「ですが、人の秘伝書の在処を思い出す前に亡くなりました」


「秘伝の喪失ですか」

「ですが、どこかにあるはずなんです。人の秘伝書も」


 ハンの話はわかった。だが、鵜呑みにするほど性格は良くない。

 武僧が秘伝を探してるのは本当だ。でも、なんか、怪しいな。


 本当に秘伝の在処を忘れていたとは思えない。

 ナム老師は誰かから秘伝を隠したかったのではないか。

 だから、あえて教えなかった。そう考えると合点がいく。


 ハンが身を乗り出す。

「ナム老師が最期に会ったのは庄屋殿だ。なにかヒントを残していませんでしたか」


 ヒントはある。「頼んだ」の言葉だ。

 だが、ここで変な情報を教えると危険だ。


 拉致、監禁、拷問、の三連コンボもあり得る。

 知らないのに拷問なんかされたら、悲惨だ。


「思い当たる言葉はありませんね」

「そうですか」とハンはがっかりした。


 ハルヒがやってくる。

「庄屋様。武僧さんがお屋敷の掃除を手伝いたいと申し出てくれました」


 掃除にかこつけて俺の屋敷を家探しする気だな。

 いいか、何も出なければ諦めもつくだろう。


 ユウトは喜ぶ振りをする。

「有難いな。隅から隅までやってもらおうかな」


 掃除を名目にした捜索が始まった。もちろん、秘伝なんて出てこない。

 出たなら出たで、持っていってもらってかまわない。


 トラブルは御免被る。

 二日にわたる大掃除だったが、武僧たちは何も見つけられなかった。


 これ以上は探しても無駄だと判断したのか、ハンたちは帰った。

 ハンが帰ると、隙を窺っていたようにリーがやってくる。


 リーもまた人払いをして話しだす。

「庄屋様、ハン老師はなんと言っていました」

「秘伝を探しているって話していましたよ」


 リーの顔が険しくなる。

「それで秘伝を渡したんですか?」


 ユウトは正直に語った。

「渡すも何も、ナム老師から預かってないんだから渡しようがないですよ」


 疑いも露わにリーは尋ねる

「本当は隠しているんじゃありませんか?」

「違いますよ。本当に知らないんですよ」


 微笑みを湛えてリーは懐柔に出た。

「もし、譲っていただけるのなら謝礼をお支払いします」


 リーの提示額はユウトの役料の百年分だった。

「そこまでして秘伝は欲しいものですか?」


 目に真剣な色が宿る。

「人の秘伝には人徳派の命運がかかっているのです」


 困ったなあ。

「宗教戦争には関わり合いになりたくないのが本音です」


 しれっと、リーが言い返す。

「残念ですがもう巻き込まれていますよ」


 なん、だと。慌てて弁明する。

「でも、俺は何も知らないんですよ」


 リーは厳しい顔で脅した。

「知らないでは済まされません。この村は北派と南派の戦場になりますよ」

「ちなみに、リーさんの所属はどこですか?」

 

「私は人徳派の北派です。ハン老師は人徳派の南派です」

 武僧同士の宗教戦争か。異国の宗教の細かい違いはわからない。

 誰が味方で誰が敵かすら区別が付かないなら戦いようもない。


 ユウトが困っていると、リーが冷ややかに告げる。

「また、明日に来ます」


 リーが帰ったので即刻、カクメイのもとを訪ねる。

「助けてカクメイさん。えらい事態に巻き込まれた」


 ナム老師との会話とこれまでの経緯を話した。

 カクメイは他人事だとでも思ったのか、澄ました顔して聞いていた。


 全てを聞いたカクメイはしれっとした顔で教えてくれた。

「戦争にならないための良い解決法があるぞ」


 期待が持てた。相談しにきてよかった。

「さすがは智謀に長けたカクメイさんだ。それでどんな方法です」

「庄屋殿が人徳派の僧正に収まるんじゃ。簡単に言えば乗っ取りじゃな」


 とんでもない解決法を提示してくれた。

「乗っ取りなんかしたら、人徳派だけでなく他の二宗派からも攻撃されますよ」

「ナム老師のお言葉があるんじゃ。攻撃はされまい」


 でも、実際は不可能だと思った。僧侶なんてやった経験がない。

「庄屋と僧正の兼任って無理でしょう」


 涼しい顔でカクメイは語る。

「マオ帝国なら可能じゃぞ。出家したが、現役で軍人や政治家をやる輩がおる」


 日本の戦国時代でも、僧籍を持つ武将っていたけどさあ。俺がそれをやるの?

 カクメイは軽い調子で知識を披露する。


「秘伝を知る者しか僧正を許されず。天哲教の重要戒律じゃ」

「天哲教の教義も内情も知りませんよ」


「天哲教において教養や知識は僧正就任の必須条件ではない。表向きはな」

 馬鹿げた解決方法だと思う。だが、カクメイの策はいままで外れた過去がない。


 翌朝、ユウトが秘伝を譲ると思ったのか、リーは強気な顔をしてやってきた。

 リーの顔を見て、ユウトは覚悟を決めた。


 そっちがその気なら、こっちも目にものを見せてやる。

「実はナム老師から秘伝を預かるように頼まれています。秘伝は俺が持っています」


 リーの目が輝いた。

「なので、俺が人徳派の僧正になります」


 ユウトの言葉にリーは目を見開いた。

「馬鹿な! そんな決定は認められない」

「馬鹿でも阿呆でも、ナム老師が秘伝を託した人間は俺です」


 リーが言葉に詰まった。

 ユウトは胸を張って言い張る。

「それともなんですか? 俺以外に秘伝を持つ人間がいるとでも?」


 リーが怖い顔をして睨むので、得意げに言ってのける。

「戒律に従うのが嫌ならいいですよ。北派であろうが南派であろうが、従わない信徒は次々に破門にしていきます」


 ユウトの言葉にリーは絶句した。

 賽は投げられた。もうあとには引けない。

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