第十九話 老婆・ロード 対 ゾンビ・マスター
村人総出で戦争の準備を始める。水責めを行うと言うのだから大変な準備がいると覚悟した。だが、違った。ゾンビがやってくる方向を予測。次に、届いたばかりのスプリンクラーを設置するだけ。
スプリンクラーの撒く少量の水では水責めなんて行えない。
カクメイさんの策でなければ逃げ出すところだ。
スプリンクラーの水源は大浴場の温泉だった。当然、ゾンビを押し流す量ではない。
湯沸かし器が止められており、手を入れると冷たかった。
しきりに水温を見チェックしているアイザックに質問をする。
「水を撒く作戦なのは想像が付きます。ですが、アイザックさんは何をしてるんです」
「カクメイさんの指示で水温を管理しているんじゃよ」
水は温度管理をする以外に、特に手を掛けている様子はない。
いっそ、聖水にでもして撒けば良いのにと思う。
寒い夜。敵襲を知らせる銅鑼がなった。
ユウトも剣を手に外に出た。外には武装した兵士がいた。
不思議なことに兵士の武器は鈍器ばかりだ。弓を装備している者がいない。
遠距離攻撃をしなくていいのか?
バンシーが飛んできて金切声を上げる。
ぞっとする声に足がすくむ。逃げ出したくなった。
バンシーが何かに怯え逃げていく。
いつのまにかユウトの周りにペドロがいて結界を張っていた。
ペドロが勇敢な顔で励ます。
「大丈夫です。庄屋殿。庄屋殿は私が守ります」
とても心強い。
バンシーは村中を飛び回り、指揮を攪乱しようとした。
だが、世話人は家の中に逃げ込んでいる。
お年寄りと老兵には老婆・ロードの能力が及ぶので意味がない。
成果がないと知るとバンシーは消えた。
直後、どこからか死臭がした。ゾンビの軍団がじりじりと迫って来ているのに気づく。
のろのろした動きだが、プレッシャーを感じた。
ゾンビ軍団が村の柵から二十mほどの位置に来た時だった。
銅鑼の鳴り方が変わった。地面に埋設したスプリンクラーが作動する。
地面から水が噴き上げられる。ゾンビがずぶ濡れになっていく。
まさか、ゾンビを凍らせる気か? 無茶だ!
気温はマイナス四℃を下回る。だが、ソンビが瞬時に凍るような温度ではない。
作戦失敗の文字が頭をよぎる。
ゾンビは濡れながら進んでくる。ゾンビの動きは遅い。だが、さらに遅くなる。
柵の三m手前でゾンビは動かなくなった。
不思議に思い目を凝らす。
ゾンビの体には猛吹雪に遭ったように氷が付着していた。
アイザックはただ単に水の温度を管理していたのではなかった。
スプリンクラーの中を通った水が散布時に過冷却水になるようにしていた。
水は一般にゼロ度で凍ると思われている。
だが、水は気圧や分子の状態によってはすぐには凍らない。
その状態が保たれているのが、過冷却水だ。
過冷却水はなにかにぶつかった衝撃で一気に凍りつく。
アイザックはスプリンクラーの水が過冷却水になるよう、温度管理に努めていた。
確かに理論上は可能だ。魔法や薬剤の支援もあったのかもしれない。
だが、本番一発の勝負状況で決めるなんて神業だ。
さすがは火と水の学者だ。キャリアが違う。
鈍重で力があるゾンビでも、氷の鎧を無理やり着せられては動けなかった。
ゾンビ・マスターは異変に気付いたのか、ゾンビを撤退させようとした。
だが、時すでに遅し。寒空の下、ゾンビたちはどんどん動けなくなっていく。
ロシェの号令が響く。
「今だ、打って出るぞ」
兵が気勢を上げて外に出る。ユウトはどうするか迷っていた。
まごまごしていると、ロシェの威勢の良い声が響いた。
「敵将、討ち取ったり」
かちどきが上がる。ゾンビ・マスターさえ討ってしまえばあとは単なる動く死体にすぎない。
それも凍って動けないのだから、損害なしで掃討できた。
明るくなって現場を確認する。
人間の死体がゾンビとなったものが半数。残り半数はゴブリンの死体だった。
ゴブリンを見ないと思っていが、殺されてゾンビにさせられていたとは。
ロシェの遣いがやってくる。
「庄屋さま、兵舎に来てください」
兵舎に行くとロシェが生首を前に難しい顔で考え込んでいた。
生首なんて見たくなかった。ロシェがなぜ呼んだのか疑問だった。
ロシェはユウトを見ると頼む。
「敵のゾンビ・マスターの首を確認してくれ」
ゾンビ・マスターに知り合いなんていないと思った。
だが、実際に見るとよく知った顔がそこにはあった。
「これはドリューです。隣村の元庄屋です」
ドリューの村の場所を教える。
ロシェは暗い表情のまま話を続ける。
「実は秘密だったのじゃが、ドリューの村はゾンビによって滅んだ」
『報復』の二文字が浮かぶ。
ドリューは自分の村を犠牲にしてまで帝国に逆らおうとした。
村のため、村のためと、主張していたが、最後には自らの手で村を滅ぼした。
怒りに囚われた人間とは恐ろしい。
疑問もある。果たしてドリューは最初からゾンビ・マスターだったのか?
ロシェが周囲をさっと見回し、辺りに自分たち以外の存在がないことを確認する。
ロシェは眉をひそめ、小さな声で囁いた。
「ロード職を後天的に作れる技術はご存じか?」
冒険者を目指していたころに聞いた覚えがあった。
「転職の書ですね。でも、ロード職へ転職ができる書は一般的に流通しない」
ロシェは怖い顔で語る。
「いつ、どこで、誰が、なんのために、なぜ、どうやって、転職の書を制作したかは不明じゃ」
「この世の不思議の一つですからね」
ロシェはユウトをしっかり見据える。
「じゃが、学者が転職の書を研究すると、必ずある存在に辿り着く」
「まさか、オーバー・ロードですか?」
ロシェの顔は真剣そのものだった。
「もしかしたら、世界のどこかでオーバー・ロードが誕生したのかもしれん」
ロシェの話はあくまでも仮説。オーバー・ロードには謎が多い。
有難くない話だった。オーバー・ロードの誕生は別にいい。だが、誕生したオーバー・ロードは帝国に敵対している。しかも、この近辺で何かを企んでいるのなら、これから先、まだまだ問題は起こる。
楽な仕事はないけれど、ここの庄屋は特に難易度が高いかもしれないな。
2021.02.21 【休載のお知らせ】考えところがあり4月末まで休載します。
2021.05.03 【休載延期】4月が不調につき復帰できませんでした。5月下旬まで休載を伸ばします。
2021.06.1 1【再開しました】おそくなりましたが再開しました。