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第百八十五回  ネズミの親分 対 老婆・ロード

 マタイへの相談を終えると西の三村にユウトは手紙を出す。言い回しは違うが『ネズミの親分と話し合う。養蚕用の設備は作っていい。だが蚕と蚕の餌になる葉はネズミの親分と話を付けるまで待て』


 手紙を出して三日後にマタイがやってきた。マタイからは酒の匂いがする。マタイの表情も緩んでいる。ほろ酔いなのでいつも通りだ。


「ネズミの親分が決闘を申し込んできました。賭け試合です。ネズミの親分が負ければ鋼糸産業を邪魔しない。庄屋様が負けたら鋼糸産業から手を引くのです」


 互いに賭けるものとしては同等だ。ユウトが負けても約束を守ると限らない。ネズミの親分として勝利による組織の引き締めに使う気だ。庄屋には簡単には従わないとの意思表示でもある。


 敵の内情をユウトが予想するとマタイが頼む。

「誰か人を出したい。人腕の立つ者を貸してください」


 勝手に話を進めるのは困るが、決着は早くに付けたい。蚕も餌となる葉も人の思惑と関係なくドンドン成長していく。事業の停滞は未来の減益だ。


 賭け試合の話ならカトウやフブキは乗らない。ママルも不本意だ。急なのでマリクやキリクも捕まらない。チャドはチョモ爺の故郷に納骨に行っている。


「マタイさんが戦ってはダメなのですか?」


 マタイは自慢げに語る。

「儂なら勝利確定なので、ネズミの親分は戦わずに逃げ出すでしょう。ネズミの親分はビビリですからな」


 相変わらず大した自信だが、実力が伴うので致し方なし。


「サジさんならいいでしょうか?」

「あの若者は少々不安だ。サジなら万が一で負けがある」


 自分は勝利確定だがサジなら万一が有れば負ける、とはサジに失礼な気もする。

 仕切りをマタイに任せているので、マタイの意見は尊重する。


「冒険者から腕の立つのを雇いますか?」

 ユウトの提案にマタイの顔が歪む。


「それはもっと悪い。冒険者が弱いのではない。強い冒険者をネズミの親分は既に雇っておる。運任せの五分五分の賭けなど馬鹿のすることだ」


 となると、ダミーニもダメ。レルフ中将は論外。アメイには話を持って行ったら嫌悪される。密かに動きたい時に動かせる人材がいない。やはり、街にはまだ人材が足りない。


 ユウトが人選に困っていると、マタイから要望があった。

「何を迷っているのです、ライエル殿がいるでしょう」


 伝説の傭兵ライエルだが、障碍者である。賭け試合に出したら負けるのではないか。 ユウトの不安が顔に出たのか、マタイが怒った。


「庄屋殿は頭も悪いが、人を見る目がない。庄屋殿の頭の悪さは儂が補えるでしょうが、見る目のなさはどうにかしていただきたい」


 腹の立ついいようだが、言い返しはしない。マタイの口は悪いが結果を残している。助言も外れたことがない。


 ユウトはマタイを連れて、ライエルの下に向かった。ライエルは庭の掃除をしていた。ユウトとマタイの組み合わせを見ると、ライエルはちょいと眉間に皺が寄った。


 ユウトが口を出す前にマタイが口を出す。

「ライエル殿、賭け試合に出てくれ。庄屋殿のためだ。もちろん、勝てばライエル殿にも報酬を弾む」


 マタイの言葉にライエルはいかにも気が進まないと嫌々と応じる。

「仕事ならやりますが、賭け試合とは何を賭けるんです」


「ライエル殿には命を賭けてもらう。勝てば儂らは傀儡政権が手に入る」


 ユウトにしてみれば、鋼糸の生産ができればよかった。別にワー・ラットの集団を裏から支配したいと思わない。だが、マタイのやろうとしている計画に異議を唱えてはいけない気がした。


 マタイの言葉を聞いてライエルがムッとした顔でユウトに確認する。

「庄屋様はなぜ他者を支配する傀儡政権を作るのです?」


 正直に胸の内をユウトは打ち明けた。


「ネズミの親分を従わせなければ鋼糸の生産ができない。正義のための戦いではありません。利権を確保するための戦いです。そこで最善の方法が賭け試合です」


「では、私が負けたらどうします? 鋼糸の利権は諦めますか?」


 マタイは何も言わない。ライエルにユウトを試させている。

「いいえ、諦めません。次の大義名分を探してまた戦いを仕掛けます」


 ユウトの答えにライエルは納得した。

「庄屋殿のような雇い主とは幾度と仕事をしてきました。だからこそ引き受けましょう。ワー・ラット一族は庄屋様には勝てない。従わなければ悲劇を生む」


 勝つ見込みがないのに、戦い続ける態度は恰好よく見える。だが、防衛もままならず、逃げることもできないのなら、悲惨な結末を迎える。ライエルは傭兵として戦ってきたのでよくわかっている。


 ライエルはユウトの代表として戦う。戦う理由はワー・ラットを良く負けさせるためだ。同時に勝敗をしっかりと決めて、ワー・ラットを生き残らせるための戦いにするためだ。


 うんうんと頷き、マタイがここで口を挟んだ。


「庄屋様、賢いお考えです。もし、ここで街の人のため、東の地の正義のため、と聞こえのよい答えをいえば、ライエル殿のやる気をごっそり削いだでしょう」


 皆で仲良くは聞こえがいい。だが、結果として誰もが嫌な思いをする事態もある。マタイとライエルは優しさに見せかけた欺瞞が嫌いだ。


 賭け試合は夜に行われる。場所には街の郊外が指定された。指定場所に行くと十のランプの灯がある。


 灯りに照らされる観客は五十人程度だった。ユウトは護衛のためにサジを連れて行く。ユウト側以外の観客は全員が顔を隠していた。


 ひょろっとした人物がマタイに近付く。仮面で顔は見えないが、声は女性のものだった。女性の声には憎しみが籠っている。

「裏切り者。よく私たちの前に姿を現せたな」


 マタイは仮面の女性を前に余裕たっぷりだった。

「出せるさ。儂は街の最高権力者である庄屋様に取り入ることに成功した」


 マタイはここで笑いを浮かべてユウトの横に立つ。マタイは己の立場を誇示した。

「あの時はお前たちが儂を追い出した。だが、今回は違う。今度は儂がお前たち追い立てる番だ。覚悟をしろ、ペネ」


 マタイの性格なので、マタイが被害者とは思えない。追い出されて当然の行為をした気がする。追い出された裏切り者が、権力者を味方に付けて脅しに来る場面にしか見えん。


 サジも同じ意見を持ったのか、心配してそっとユウトに尋ねる。

「俺たちが正しいで、いいんですよね。僧正様」


 確認されても困る。マタイとネズミの親分との経緯は知らない。恨みたければ、恨め。今は乱世だ! と割切りたくもないが、鋼糸産業を止めれば、西の三村は貧しいままだ。


「マタイさんを信じましょう」と、ユウトはどうとでも取れる答えをサジに帰した。


 ライエルが長剣を手に前に出る。ペネの後ろに控えていた仮面の人物が前に出た。体格はライエルより一回り大きい。対戦者が仮面を外した。


 金髪に白い肌の一般的な旧王国人だった。ワー・ラットには見えないのでペネが雇って男だ。男の武器は双剣だった。男はライエルを見下していた。男の名は知らないが、ライエルの敵ではないと感じた。


 男には実力がある。人も殺してきた凄みもある。戦いを求めてこの地に来たのだろうが、相手がライエルとは不運である。男の旅はここで終わったと、ユウトは悟った。

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