第百八十三回 美味い話
ホークは隣に置いていた荷物から小さな袋を取り出す。小さな袋から黒い召喚石を取り出したて、ホークは説明する。
「これは召喚石と呼ばれる物です。山で取れる魔力の塊です。召喚石を使えば、強力な魔物を呼び出せます。また、加工すれば強力な魔法の補助具にもなります」
知っている内容だが、ユウトはあえて知らない振りをする。
ユウトが手を出そうとすると、ホークは慌てる。
「扱いには気を付けてください。下手をすれば私も庄屋様も吹き飛びます」
「それは恐ろしい」とユウトは手を引っ込める。ホークはニコっとして説明する。
「強い衝撃を与えてはいけないのですが、触るぐらいなら問題ありませんよ」
一呼吸おいて召喚石を触る。ここまではお互いに猿芝居だ。本題はここからだ。
ユウトから仕掛けた。
「説明通りなら凄い品だ。でも、私には必要ない。この街には駐屯軍がいる。そちらに持って行ったらいい値段で買ってくれるのではないですか?」
嘘である。駐屯軍に召喚石を持って行ったら捕まる。下手をすれば拷問に遭い殺される。
悲しそうな顔をしてホークは顔を横に振る。
「庄屋様のご指摘はごもっともです。ですが、私は軍人というのがどうも好きになれない」
「なぜです?」とユウトは水を向ける。
「軍人は高圧的で怖い。また、脅すように値切ってくる。だから私は軍を避けているのです」
ユウトは表情が変わらないように努める。本心では違った。
「もっともらしいセリフだな。ホークの話し方だと、召喚石が違法な品だとは知りませんでした、とも弁解できる」
ここまでお互いに召喚石はなんであるかは知っているが、違法な品だと知りませんでしたとの嘘の前提で話が進んだ。
次にホークから仕掛けてくる。
「庄屋様は軍関係者と親しいと聞いております。どうでしょう、庄屋様が中に入って軍に召喚石を売っていただけませんか。もちろん手数料は払います」
ホークの魂胆が見えない。ここでユウトが召喚石を手にしたとする。軍に没収されたと言い張れば、ホークは大損である。ホークの狙いが見えない。
「ちなみにいかほどで売りたいとお思いですか?」
「これくらいで」とホークは紙を取り出すとペンで記入した。額は相場通りだった。
召喚石の値段よりユウトは別のことが気になった。ホークはペンにインクを付けなかった。万年筆の発明はまだされていない。
「そのペンは?」とユウトは尋ねた。
「私が秘密のルートで仕入れた品です」と答えてホークがペンをユウトに渡す。
ペン先を紙に付けると、黒い線が引けた。色を見るが鉛筆とは違う。インクのように滲みもしない。書き心地は万絵筆と異なり、滑らかではない。ペン先を確認するがボールペンでもなかった。この世界独自の筆記用具だ。
「これは便利だ」とユウトは素直に褒めた。
ホークが気を良くした顔でホークが告げる。
「実はそのペンの作成にも少量ですが召喚石が使われております」
嘘か本当かは分解して調べねばわからないが、ホークの魂胆が見えた。
ホークが売りたいのは召喚石ではない。魔法のペンだ。
「召喚石はいらない。この魔法のペンがほしい。おいくらですか?」
わざとらしく、ホークは腕組みして難しい顔をする。
「庄屋様は価値をわかってくださいましたが、魔法のペンは高いのです。召喚石を使用することもありますが、製法も少々独特なのです。作れる職人がいるかどうか」
ホークの魂胆がハッキリした。ホークは魔法のペンの製法を売るつもりだ。魔法のペンを作るために召喚石を使うのは本当だ。
ユウトの下に溜まった召喚石を魔法のペンの製造に使わせる。召喚石が兵器として軍事利用される前に日用品に変えさせる気だ。
魔法のペンを製造すればユウトが儲かる。魔法のペンの製造法を売れば、ホークも儲かる。街へ流出した召喚石がなくなるのなら山の民の利益になる。
ユウトの持つ召喚石を平和的に消費させて、軍事的脅威を取り除く策に出た。ホークはよく考えている。
悩ましい取引だった。召喚石があれば街を守れた。ないしは、山の中に作る村を守れた、となる事態が有り得る。本来ならいくつかは隠し持っておきたい。だが、ユウトは金を欲しており、魔法のペンは作った分だけ売れる。
召喚石として売るより加工したほうがいい。魔法のペンとして売った方が利益は二倍にも三倍にもなる。
非常に悩ましい。ユウトの偽らざる感想だった。
「製造法を買うとするなら、おいくらですか?」
「値段は魔法のペンの売上の二十%でどうでしょう」
一括買上げ方式ではなく、売上歩合方式だった。
ホークの提案はユウトには意外だった。
「歩合割合方式の場合、ホーキンスさんが損をしませんか? 私が約束を守らない。ないしは、私がいなくなったとする。私の仕事を引き継いだ者が約束を反故にするかもしれない」
ちょいとだけホークは肩を竦めた。
「その時は諦めます。ですが、私は庄屋様が約束を破る人間だとは思えない。また、取引が続く間は、良い関係が望めます」
ホークたちバード・マンはリスクヘッジに出た。山での戦いがいまのところマオ帝国有利なので、万一の敗戦に備え始めた。
山での戦況は入ってこない。だが、マオ帝国が段々と有利に傾いてきた可能性が出てきた。または、山の民の中で意見が割れ始めたとの読みもできる。山の民はまだ大きな戦力を残している。といって結束が強いままとは限らない。全てが『かもしれない』の範囲だ。
マオ帝国とトリーネの思惑は違う。極東の国と竜士の里も考え方が違う。山の民の主戦派ともバード・マンたち商人の考えも一致してない。
仕方ないことだ。巨大な力には逆らわないほうがいい。かといって、その地に住む者は独自の生存戦略がないと戦乱に飲み込まれて消える。
「歩合については交渉したいが、魔法のペンの製造法は買いたい」
ユウトの答えにホークは微笑んだ。今のホークの笑みに嘘はないとユウトは判断した。どこで誰が裏切るかはわからない。大戦の行方によっては殺し合いもある。それでもユウトは東の地の安定のために、バード・マンと組んだ。世はまさに戦国時代だ。