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第百八十二回 金の匂い

 遅い春が訪れ、木々が芽吹く。肥料工場では去年から仕込んである有機肥料が作られてはいる。だが、化学肥料の成功の報告はない。


 今朝の仕事はロックとの面会から始まる。ロックはニコニコしていた。非常時を除いてロックはいつも余裕を醸し出している。弱みを見せれば付けいられるのだから商人の世界も厳しい。


「庄屋様、今日は戦時国債の償還についてお話があります。償還が夏には満期を迎えますが、償還は無事に終わりそうです」


 トリーネは戦時国債を銀行に引き受けさせていた。無事に返せるのなら良かった。債務不履行から銀行が倒産すれば、連鎖倒産が起きる。そうなれば東の地には致命傷になる。


「銀行は儲かったんですか?」

「私たちは国債を小口化して売りました。手数料で儲けました」


 銀行はリスク分散を成功させ、手数料で儲けた。ユウトは確認する。

「銀行から国債を買った人は得をしました? それとも損しましたか?」


「短期で利率が良かったので、満期まで保有した人間は得をしました。インフレも進みました。結果とすればタンス預金するよりは良かったくらいでしょう」


 頻繁に国債を売り買いした人間や、満期前に売った人間は損をしたとも裏読みできる。問題はない。ロックの銀行は素人相手ではない、事業者向けの銀行である。商業者向けの金融商品なのだから、損しても不満はでない。下手に愚痴れば損をした人間は自ら評価を下げる。


 ロックは説明を続ける。

「マオ帝国は領主様から借りた金に利子を付けて返すので、領主様も多く利益を出したでしょう」


 ロックの言葉は少し意外だった。トリーネは戦時地方債で集めた金をマオ帝国に貸している。利率は詳しくは知らないが、そんなに高い利率ではない。額も一地方貴族が貸した額ならたかが知れている。


 ユウトの疑問を読んだのかロックが説明する。

「領主様に多額の利益をもたらした原因は金と銀の交換比率です」


 理由がわかった。旧王国領を征服したマオ帝国では金貨の取引が主流だ。東の地では銀貨が主流だ。トリーネは銀貨建てで国債を発行した。集めた銀貨を金貨に交換してからマオ帝国に貸す。


 取引の概要は以下の通りだ。金貨と銀貨の交換レートは、金貨一枚に対して銀貨が百枚としておく。トリーネは銀貨百万枚を戦時国債で集めて、金貨一万枚に両替してマオ帝国に貸す。


 返還時に利子込で金貨一万三千枚の返済をトリーネはマオ威帝国から受ける。この時、金貨一枚の価値が銀貨百三十枚だとする。ならば、トリーネの手元にある金貨一万三千枚は銀貨百六十九万枚の価値がある。


 国債発行前にトリーネは銀山と造幣局を手にしていた。トリーネは市場に銀貨の流通量をあるていど調整できる。インフレ率を調整して、国債償還時の金貨の価値を上げていた。


 トリーネは多額の利益を出して銀貨を貯めた。だからといって、どこまで城のために使ってくれるかはわからない。美食、美容、服飾、宝飾品に対するトリーネの興味は薄い。だが、趣味の古書の購入につぎ込む可能性はある。


 ユウトがあれこれ考えていると、ロックは本題を切り出す。

「庄屋様は次の地方債について何か聞いていますか?」


 手数料で稼げるのだから、ロックとしてはより多くか発行して欲しい気持ちはわかる。

「何も聞いていないな。マオ帝国がトリーネから借りる予定があるのならロックさんのほうに早く情報が入ると思いますよ」


 ロックがニコっとした。

「でしたら築城の費用を地方債で調達されてはいかがでしょう」


 マタイとロックが繋がっているとは思えない。大方、大規模公共事業が始まれば大きな儲け話が生まれるとのロックの読みだ。


 ユウトの心はモヤモヤしていた。巨大な城を造らせようとする圧力を感じた。

「考えておくよ」とだけ答え、心の内は秘密にした。ロックが帰ると、銀山からの荷物が届いた。


 いつものように密輸品の召喚石を詰め替え作業する。トリーネに流す分を寺に送った。いつものように少しだけ召喚石を抜いた。


 抜いた召喚石は手元には十二個、残っている。あまり貯めて盗まれても困る。物が密輸品だけに、被害届も出せない。密輸品を知らない顔をして運んでいるマリアなら、売却できる先を知っている。


 マリアのルートは使いたくなかった。トリーネはマリアの上得意先だ。マリアに召喚石を渡せば密輸品の中抜きが露見する。トリーネに伝わるならいいが、マリアが脅迫してくればまた厄介だ。かといって、街中で売るのは馬鹿だ。


 軍が市場に召喚石が流れたのを知って調査をすると危険だ。出所がユウトとわかればトリーネは全ての罪をユウトに着せる可能性がある。高価な品だが、売れなければ単なる危険物である。


 どうしたものかと、と思案していると、センベイに呼ばれた。


「庄屋様、旅の商人が来ています。相手はホーキンスと名乗っております。ロック殿からの紹介状を持参しております」


 物売りの類はママルが追い返す。いきなりユウトに会えたりはしない。


 ロックからの紹介状があるのなら、無碍にはできない。何か大きな儲け話に繋がるかもしれない。

 応接室に通して面会する。知らない人なので部屋には護衛としてママルが控えている。ママルは見ためは老いた下女なので、威圧感は与えない。


 相手は白い肌の優男だった。見た記憶がないが、どこかで会った気がする。ホーキンスは背負っていた荷物を床に置いた。ホーキンスはニコリと微笑むと挨拶をする。


「商人のホーキンスです。仲間からはホークの相性で呼ばれています。今日は秘密の儲け話を持参しました。お人払いをお願いできますか」


 愛称のホークと声でわかった。相手はバード・マンのホークだ。名前と姿を変えてユウトに会いにきた。街に人が多く入るようになった。変身の魔法が使え、言葉に違和感がなければ、簡単にはばれない。


 ユウトの屋敷には猛者たちがいる。ユウトの考え一つで命は消える。ホークは随分と大胆な事をするとユウトは内心舌を巻いた。ホークがきたのなら都合がよい。山の民のホークなら召喚石を持っていても不思議ではない。召喚石の売却先には持ってこいだ。


 ホークとの取引が軍にばれてもユウトは「山の民の陰謀です」と申し開きができる。


 山の民によりホークが持つ召喚石を発見されてもホークなら「これは人間の手から回収したものです」と主張できる。


 お互いにとって都合がよい相手だ。危険はある。召喚石を売りたいと思ったタイミングで来るのが怪しい。かといって、冷たくしてお帰り願うのも悪い対応だ。話だけは聞いておいたほうがよい。


 ホークなら損にしかならないので、襲い掛かってくることはない。とはいっても、表面的にはユウトと人間のホーキンスは初対面である。いささか芝居懸かるが、気付いていない振りをしてユウトは謝った。


「申し訳ない。ここ半年で俺の暗殺騒動が起きているんですよ。人払いは警備上できないのです」


 ユウトの問いにママルはしおらくして付け加わる。

「このような目も悪く、耳の聞こえの悪い婆です。お邪魔はしませんので、ご容赦ください」


 ホークはママルを一瞥する。

「庄屋様が信頼なさるのなら問題ないですよ。では、秘密の儲け話をいたしましょう」


 ホークはママルの正体と実力を知っている。それでいて、ホークは知らない振りをした。あくまで初めて庄屋の屋敷を訪問した人間の商人であるホーキンスで通すつもりだ。

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