第百八十回 戦う建築家 対 ビー・キーパー
交通事故の多発は厄介である。街は大きいので、小さな事故も含めれば毎日のように事故がある。事故に見せかけた犯罪が加わっても切り分けは難しい。時間を掛けて検証すれば切り分けできるが、そうなると余計な人を雇わなければならない。
金を生まない役人は増やしたくない。規則と法律を増やすのも避けたい。規則を作っても、取り締まれなければ社会は余計に混沌とする。
マタイに明日にも解決できるのなら、解決してもらうに限る。だが、マタイにだけやらせるのは不安でしかない。フブキとダミーニを呼ぶ。ダミーニは仕事だからと、不満はなさそうだった。だが、フブキは不機嫌である。
気持ちはわかる。テロリストを捕まえるために、警察が泥棒の手を借りるようなものだ。職務に忠実であればあるほど、嫌なのだろう。
ユウトはフブキに一言、断りを入れておく。
「たかが蜂と思わないでください。山の民のビー・キーパーは人間の養蜂家とは一線を画します。放っておくと街に被害が出ます。街のために必要な仕事です」
フブキはムッとした表情でチクチクと言う。
「蜂を使う者であろうと、剣を振るう者であろうと、一緒です。街に害をもたらす者なら成敗すべきです。もちろん、荒くれ者の建築家であろうともです」
マタイの素行に関しては報告がない。報告がないから善良と考えてはいけない。現状は庄屋の耳に入れる必要のない範囲で問題が済んでいるからと考えたほうがいい。
街の軍事顧問であるフブキは色々と悪さを訊いているのでマタイを嫌っていた。
マタイが気分もよくやってきて挨拶する。
「フブキ殿ですか、ご苦労様ですな。今日は街を騒がせる悪人を退治しましょう」
嫌味を兼ねた挨拶に聞こえた。フブキは素っ気なく確認する。
「マタイ老は庄屋殿に今日中に解決すると約束していたようですができるのですか?」
笑ってマタイは請け合った。
「できますとも。もしできなければ、街中だろうと、便所だろうと、どこででも斬ってよろしいですよ」
初めてフブキがニコっとした。
「それはよかった。ならばどちらにしろ街の問題が一つ解決します」
目が離せない。フブキならできなかったら「では御免」とバッサリ、マタイを斬る。
ユウトがいれば止められるが、うっかり目を外していたら終わりだ。
「では行きましょう」と元気よくマタイは歩き始める。一見するとノー・プランにマタイは見える。だが、何を考えているかわからないのがマタイである。マタイは街の中を歩いてまず商家に行く。商店主と二人くらい店員しかいないような小さな店だった。
「ごめんよう」と一声掛ける。マタイは商家の裏口に向かってから上を見る。マタイの視界の先に蜂の巣があった。ハチの巣は煙突の根元にあった。ハチの巣の近くには蜂が数匹飛んでいる。
温かい場所で越冬に成功した蜂の巣だ。蜂の種類はわからない。
「違うな」と、残念な顔でマタイは口にするとまた歩き出した。次は少し大きな飲み屋の前で止まる。マタイは店の戸を開けて「床下をみせてもらうよ」と一声かける。店の中からの返事はユウトには聞こえなかった。
マタイは何も気にすることがない。雪解けの泥で汚れるのもかわまず。床の下に頭を突っ込む。「違うな」と口にしてマタイが這い出る。床下からブンブンと小さな音がするので床下には蜂の巣がある。
ビー・キーパーと呼ばれるのだから蜂とは関係ある。こうして街の中のハチの巣巡りをしていて、ビー・キーパーは見つかるとは思えない。マタイはそれからも街の家屋を行き来する。マタイの行く先には必ず蜂の巣があった。
昼時になったのでユウトは誘った。
「どこかで昼食にしますか」
ユウトの言葉にマタイは軽い感じで拒絶した。
「そうしたいのはやまやまなのですが、捜査が思いの外に難航しています。このままだと儂の命がなくなる。昼抜きで捜査を続行します」
昼食は食べたい。命が懸かっていると拒否されたら、従うしかない。マタイを残して昼食にする選択肢はない。マタイから目を離すのは危険だ。
そうして、夕方までマタイと一緒に町を歩く。マタイからは何の報告もない。されど、行く先にはかならず蜂の巣がある。
街中にハチの巣がいくつかは知らないが、なぜここまでマタイが場所を把握できているのか疑問だった。
マタイが突如、作業を止める。マタイはユウトに手を出した。
「酒を買うので金をください」
自分の金で飲めと断りたいが、何か意味がある行動かもしれない。
必要経費と思いユウトが財布を開けると、冷たい顔でフブキがマタイ老に警告する。
「そんな時間はあるのですか? 私にはマタイ老が斬れないと思っているのですか?」
作業中は無言だが、フブキは怒っているのかもしれない。対してマタイはまるで気にしていない。
「いいや、解決の目途が付いたからで酒を買うだけじゃ。事件が解決した後なら、自分で酒を買わねばならん。同じ酒でも庄屋殿の金で飲む酒のほうが美味い」
タダ酒を飲みたいのかもしれないが、厚かましい。ユウトが銀貨一枚をマタイの手に乗せる。マタイは手を引っ込めない。手を軽く上下させもっと寄越せと催促する。四人いるので四人分かと思い、銀貨四枚を渡す。
銀貨を握りしめてマタイは酒屋に行く。成り行きが見えないのでフブキに質問した。
「本当に今日中に解決するんでしょうか?」
フブキはニコリともせず、辛辣に意見する。
「街の害悪を一つ取り除けるのなら、私にはどちらでもいい。ただ、残念なことですが、マタイ老には勝算がある」
酒屋に入っていったマタイが出てこない。まさか、金だけ持って裏口から逃げたかとう疑った。バンと音がして店の扉が開いた。扉の中から恰幅のよい男が逃げてきた。男はユウトを見るとギョッとして立ち止まった。
マタイが何かやったのかと、ユウトは冷っとした。フブキが剣を抜いてユウトの前にでた。男が熊の姿に変身する、熊は迷わずにフブキに飛び掛かった。フブキが鋭い突きを放った。
フブキの剣が熊の心臓を捕えていた。熊はせめてフブキに一撃でも入れようとしたが無駄だった、フブキが剣をサッと抜く。熊は胸から大量の血を噴いて倒れた。辺りは騒然となる。
山の民のビー・キーパーの正体が人に変身できるワー・ベアーだったとユウトは悟った。
酒屋からマタイが現れた。マタイは酒が入った徳利を持っていた。
マタイの顔には憐れみの色があった。マタイはしんみりと告げる。
「味のある良い蜂蜜酒を造る男だったのにな。もったいないことをしたものだ」
偶然入った酒屋にビー・キーパーがいたとは考えられない。マタイはこの酒屋が怪しいと以前から思っていた。今日は裏取をしていた。すぐに出てこなかったのは、おそらくマタイは男に出頭を薦めたのだろう。だが、聞き入れられなかった。
フブキが剣に着いた血を拭う。ダミーニが走り衛兵と駐屯軍を呼びに行った。初めて見るマタイの悲し気な顔。ビー・キーパーは倒せたが、なぜか心情的にユウトは喜べなかった。