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第百七十九回 城と城と城

 今は冬の終わりだ。これが春になれは花が咲く。花が咲けば蜂が活動しだす。無害な蜂と操られた蜂を区別するのは無理だ。まだ雪が残っており、気温が上がらない内に対策を立てたい。そう思っていると、マタイがやってきた。


 マタイはとても機嫌がよかった。

「名城の素案ができました。この城であれば他の貴族たちからも馬鹿にされることはないでしょう」


 分不相応な城の予感がヒシヒシとした。見ないで却下はできないので、図面を確認する。城は三階建なので技術はいるが、街にいる大工の技術がなら可能の範囲だ。


 城は華美な塔を兼ね備えているわけでない。後宮のような建築物もない。立派な庭園を兼ね備えたりもしていない。小さな噴水はあるがこれなら問題ない。厩や家臣たちたが住む家や寺が場内にあるが警備のことを考えれば理解はできる。


「まあ、これぐらいなら」とユウトが思うと。マタイが別の地図を机の上に置く。

 案をいくつか持ってきたのかと予想した。マタイが地図を広げて説明する。


「これが、主郭の図面です」


 意味がわからないのでユウトは尋ねた。

「さっき城の図面を見ましたよ。主郭ってなんですか?」


 マタイが目をパチクリさせる。

「さっきの図面は城の本体です。いってみれば本丸です。これは本城を囲む主郭です。廓とは一つの区画とお考え下さい」


 城の図面は一枚ではなかった。マタイはまだ四枚の図面を持っている。


 不安を胸にユウトは尋ねた。

「残りの四枚の図面はなんですか?」


「第二廓、第三廓、第四廓の図面と、全体を描いた外観図です」


 不安は的中だった。とんでもない規模の城の図面をマタイは持ち込んだ。城を中心に四つの廓で構成された建造物なんて馬鹿でかい規模だ。城の全容が見えないので不安になった。


「外観図を先に見せてください」


 図面を確認する。東の村の原型は残っていない。見事な城が描かれていた。城はコンパクトに纏まっているが、どこにこんな土地があるんだと、ユウトは頭を痛めた。


 ここでユウトはさらに図面の端にある文字の異常に気付いた。街で大きな建築物を作る時の縮尺率は「千分の一」で作成する。だが、マタイの図面の縮尺率は四千分の一となっている。


 マタイが建てようとしている城はユウトの想像の四倍広い。縮尺倍率の違いを頭に入れて先の図面を見て理解した。マタイが作ろうとしているのは城ではない。城塞都市だ。


 地面通りに作れば、東の村をそっくり潰して大規模拡張する必要がある。築城ではなく街を新たに作る規模の工事が必要となる。仮に城が完成できたとする。三百年後には世界遺産になる規模だ。


 さすがに危険と判断し、ユウトは止めにいった。

「これは壮大過ぎる。本城だけでいいでしょう」


 マタイは顔を歪めて残念がった。

「かあー、情けない。庄屋殿はそれでも男ですか? なぜ、この壮大かつ壮麗な美がわからないのです。城を建てるチャンスなんてそう何度もないんですよ」


 マタイのロマンをユウトのロマンにすり替えられては敵わない。ここで、できる、できない、金がある、金がない、と言い争っても進展はしない。ユウトは切り口を変えた。


「なんでそんなに立派な城を作りたいんです。本城だけでも立派な城です」


 マタイはムッとした顔で語り出した。

「違います。山の中には既に大きな城が二つあります。ダーク・エルフ・クイーンの幻影城と凶主の奈落城です。この二城に比べれば本城だけの城はみすぼらしい」


 マタイはサラリと重要事項を口にした。マタイの話が本当なら、マタイは山の民の本拠地を知っている。敵の居城の位置がわかれば、山の攻略が変わる。


 場所を訊くのは危険だった。知っていて教えなかったら処刑がある。かといって、場所をマオ帝国に教えれば戦争は激化する。今はまだ極東の国へのルートを開くための軍行動に過ぎない。敵の本拠地がわかれば、山の民への征服戦争に変わる恐れがある。


 気付かない振りをするとユウトは決めた。本題からそれない範囲でユウトは尋ねる。

「その二城はどれくらいの規模ですか?」


 熱を帯びた顔でマタイは熱く語る。


「幻影城は古代帝国時代から続く、霧に隠された城。そこに三十万人の人々が住んでいます。山間に作られた城で、冬の朝日を浴びると実には美しく輝く」


 マタイはユウトを騙そうとしているのかもしれないが、本当なら恐ろしい話だ。ダーク・エルフは生まれながら能力が高い種族だ。全員が戦闘員でないとしても二割は戦えると見積もる。正規軍に加え予備役まで集めるとする。ダーク・エルフだけで六万の兵を動員できる。


 以前にゴブリンの外交官は山で数が一番多いのはゴブリンだと自慢していた。ならば、ゴブリンは倍の十二万の兵を要すると見積もれる。ここに他の種族が加わって倍近くに増えるなら、敵の総兵力は四十万になる。滅んだユウトの故郷である旧王国が擁した兵力の五倍に近い。


 山への侵攻は順調だと思ったが違った。山に送られる食料の量から推計する。マオ帝国が山に送っている兵は五万程度だ。山の民が本気になれば、一気に逆転される。


 山を取り戻した山の民が東の地を襲うなら大惨事だ。山の民が守備に兵を残すとしても、十万くらいが雪崩を打って東の地に攻め込める。ならば、東の地は終わりだ。


 図面を改めて見る。マタイの作ろうとしている城ならば十万に攻められても一年は籠城できるかもしれない。一年あれば、マオ帝国が軍を再編して助けにこれる。


 こうしてみると、マタイの提案する城の規模はあながち間違っていない。

『この城が必要だ』と思わせるのがマタイの策かもしれないので判断に困った。とりあえず、話を続ける。


「では奈落城とはどんな城ですか」

 城の話が大好きなのかマタイは嬉々として語った。


「山で一番の金持ちである凶主の城です。地下深くにあり、陽の光は届かない。ですが、近付けば青く燃えて見える城です。幻影譲城とも違った魅力がある」


 凶主の名前は時折と耳にする。現状ではオーバー・ロードのアインが客分として身を寄せているくらいしかわらない。マタイは山の民の出身者である。何か知っているかもしれない。


「凶主ってどんな人ですか?」


「人ではないでしょう。凶主の姿を見た者はほとんどいません。顔を知るのは家臣上層部と山の民の支配者層だけです。凶主の臣下であるハーメルは知っているでしょうが」


 凶主はバンパイア・ロードの主人だった。マタイの話では凶主は凶主で軍事力を保持していると見ていい。ユウトが赴任した時は東の地は痩せた土地にある貧しい領地だった。実情は緩衝地帯だった。


 トリーネの築城計画は東の地の防備を考えた時にはまともなのかもしれない。


 とりあえず、ユウトはマタイに告げる。

「城の素晴らしさ理解しました。トリーネには伺いを立てます」


 ユウトの答えにマタイは満足した。

「賢明です。我が城ならきっと領主様もお喜びになるでしょう」


 さっきまではどうにかして城を小さくしようと悩んでいたが、そうもいかなくなってきた。

 マタイは気分よく地図をしまうと、とって付けたように言う。


「庄屋様はビー・キーパーでお困りだとか。なんなら儂が明日にでも片付けましょう。もちろん、タダです」


 タダより高い物はない。ここでユウトに恩を売って築城を進めたいのが目に見える。築城をしないなら、断ったほうが得だ。現状では働いてもらったほうが得にも見える。このなんとも言えない匙加減で物を進めるからマタイは油断ならない。

【お詫び】百十二話でカトウの奥さんのためにカトウが薬を買う話がでました。

 読者さんより「カトウの奥様は五十四話で死んでいた」との指摘を受けました。


 調べた結果、カトウの奥さんは五十四話で「亡くなりました」と書いていました。

 読者さんの指摘が正しかったです。


 五十四話を修正して「カトウの奥様はまだ生きていることにします」

 百八十話以降で死ぬことがあるかもしれませんのでご了承ください。

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