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第百七十四回 冬の象

 冬、真っ盛りになる。街は一番寒い時季に入った。気になる報告が北東の村から入った。村の近くに巨大な象が出る。暑い地方に象がいるのならわかる。だが、冬の最中を歩き回る象がいるとは思えない。


 報告書を見ると目撃回数は十を超えていると記載があった。ユウトが赴任してきてから山の麓に象が出たとの報告はない。今までにないから、今回もないとは考えない。治めているからわかる。東の地はなんでも有りだ。


 獣に詳しいオリバの家を訪ねる。オリバは街中の喧騒を嫌ってか、街の外れに引っ越していた。


 オリバの家の周りには簡素な家が立ち並んでいる。家々はほぼ造りが同じ。同時期に一斉に立てた量産型の家だ。家は一階建ての平屋だが、老人が一人で住むには充分だった。


 オリバの家に行くと、他にも老人たち三人が集まっていた。老人たちは狭い家で纏まって暖を取りながら、安い茶を飲んでいた。


 ユウトの訪問をオリバは歓迎した。

「こんな爺ばかりの家に何か御用ですか? 安い茶くらいしかでませんよ」


 ユウトは土産のウズラを出す。ウズラは市場で買った物だったが、仔細は隠した。

「人からウズラを多く貰いました。オリバさんなら捌けると思ったのでお分けします」


 老人の一人が嬉しがる。

「ウズラか、僕の家には葱がある。ウズラを団子にして鍋にしよう」


 別の老人もニコニコと応じる。

「俺の家には米が余ってたな。味噌もある。味噌風味のウズラ鍋じゃな」


 もう一人の老人がホクホク顔で口を出す。

「儂だけ何も出さんのは心苦しい。ならは酒を用意しよう。安い時に買ったが、買い過ぎた。飲み切れん」


 三人の老人が鍋をつつく準備をしに一度、オリバの家から帰った。


 一同のやりとりにユウトは温かい気持ちになった。

「微笑ましい光景ですね」


「そう見えるのなら、そうなんでしょうね」


 オリバの言い方に引っ掛かりを感じた。


 何か訳があるのか訊こうとすると、オリバはユウトに要件の先を促す。

「それで庄屋様のお話とはなんでしょうか?」


 引っかかりの疑問はあとで訊けばいいかと思い、要件を切り出す。


「北東の村で象を見たとの報告があるんです。しかも何件もです。象は温かい地方の生物です。寒冷な山にいるわけがない。どう解釈したらよいでしょうか?」


 オリバは顎に手をやり答える。

「山にはマンモスと呼ばれる象が住むとの伝承があります。マンモスは雪や氷の中でも活動できると言い伝えられています。ただ、私は一度もマンモスに会った経験がありません」


 毛に覆われたマンモスなら雪の中でも生きていける。なぜ、今まで報告がなかったマンモスが急に現れたのかが気になる。


 何かに追われるか、何かを追ってきたのなら、問題は一つで済まない。山の民が復活させて冬の戦力として投入を始めたなら問題だ。突進してくるマンモス部隊が編成されたら、山での戦況が一変する。


「なにか手はありますか?」


 オリバはまるで心配していない。

「今のところはないです。ただ、調査は必要でしょう。マンモスの存在は可能性の一つです」


 思い込みは厳禁だ。マンモスに似た『何か』だった場合はまた対応が違う。ここは冒険者に調査をやらせよう。


 ユウトが方針を決まったので帰ろうとすると、オリバが口を開く。

「庄屋様、マンモスの調査と対策は私にやらせてください」


 オリバは獣に詳しいので適任ではある。だが、七十にもなるオリバは街から離れれば老婆・ロードの効果が切れる。果たして、やり遂げられるかどうか。


 ユウトの不安を感じ取ったのか、オリバはユウトの説得に出た。


「高齢なので不安に感じておられるのはわかります。厳しい時は現場に出ず、若い者にやらせます。最近の物価高は老人には辛い」


 先ほどの友人たちも本当は仲間の家のではなく。どこかの酒場にでも集まってワイワイやりたかった。だが、物価高が許さない状況だった。


 街の郊外ならば家賃も安いが、生活は楽ではない。ならばオリバの思いを汲もう。


「調査と対策に当てる費用を街から出します。受け取った金額内で対処してください。冒険者を雇うのは自由です。あと、この近くに空き家はありますか?」


「ありますが」とオリバが不思議がる。


「ならば空き家を本部にできるよう改装しましょう。簡単な料理と酒が飲める店と兼用です。お年寄りが安く飲み喰いできる店です。秘密の隠れ家的に考えてください」


 秘密基地的な低所得者の老人たちのために憩いの場を作る。子供じみた発想だが、受けると思った。

案の上、ユウトの提案にオリバは表情を緩ませる。


「できれば店の改装と運営も任せてもらいたい。きちんと収支は街に報告します」


 街で人を雇ってやろうとすると、お金も手間もかかる。ならば、オリバたちに運営させたほうが早い。好きにできるのなら、皆の理想の店にできるとの判断だ。


「ただし、マンモス対策に失敗すると、店はすぐに閉店の可能性がありますよ」

 閉店の話は本気ではないが、張り合い甲斐があったほうがいい。


 オリバはユウトの心意気に応えた。

「結果を出しましょう。自分たちで勝ち取った居場所のほうが居心地はいい。掛かる費用の見積もりはすぐに出します」


 やる気になってくれてありがたい。やらせるより、やる気になったほうが人は働く。先の老人たちも、各々ができることで貢献してくれる。


 マンモスの調査は任せてよさそうだった。屋敷に帰ると、ママルから報告があった。

「キリク殿がまたお見えになっていました。用件を尋ねましたが、また今度にするとのことです」


 タイミングが悪いが、こう何度も来るところを見ると何か悩みがある。急ぎではないかもしれないが、放置するのは冷たい。言い出しづらい話かもしれないので、ユウトはこちらから遣いを出そうと決めた。

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