第百七十二回 傑物
今年の冬は雪が多かった。街にも深々と雪が降る。雪のせいで山の中に入るのに難儀していた。遠方地より物資は街までは届く。街の先にある東の村までも運べる。そこから先が運べない。
山の中の砦が孤立した状態になっていた。街には情報は入ってきていないが、マオ帝国の侵攻は止まっている。最前線の砦のいくつかは山の民に奪還されると予想された。今年もまた山の中に送られた兵士に多くの犠牲者が出る。
山の中に村を作るなんて無謀だと考えるが、ユウトには止められない。雪解けを待って工事の準備を進めなければならない。トリーネには逆らえないし、逆らう時でもない。
入植事業の進捗を報告しにサイメイがきた。サイメイの顔は冴えない。
「よくない知らせがあります。新たな村に入植する候補が集まりません。纏まった人数を集めるのなら、下層民から募る必要があります」
下層民はまともな家に住めず、職にも就けない。入植者になれば家も貰えて、土地も貰える。職業訓練は受けられる。だけど村は敵に囲まれ易い場所にあり、冬は孤立する。助けに来るとは限らない。
「夏に村に入ったはいいが、冬には死ぬかもしれない場所だからな。普通の人は来ないよな。村に入植したら税を二年間免除するのはどうだろう」
「庄屋様の話は誰も信用しないでしょう。また村が存続できた場合ですが、三年目から重税が課せられると入植者は考えるでしょうね」
重税は考えたくはないが維持費はかかる。標高が高い村なら、水の心配もある。山の上では有力な産業も興せない。日々敵に怯える貧しい村のままで終わる可能性がある。かといって、嘘を並べて騙したくはない。
「何か良い方法はあるか? あるなら聞きたい」
「下層民の中で体力に優れた者を集めて、兵士として訓練します。マオ帝国の先兵となって戦う傭兵の村にするのはどうでしょう」
傭兵稼業で稼ぐ山岳の村。厳しい環境ゆえに強い兵士が育つ。生き残れたらの話だ。大多数は亡くなる。
初期入植者はほぼ死ぬ。死んだら死んだだけ、街からまた人を送って補充すれば村は成り立つ。強くもなっていくだろうが、心情的にはやりたくない。
ユウトが迷っているとサイメイが指摘する。
「傭兵村の計画には問題もあります。村が山の民に取り込まれた場合は山賊化して街を襲うでしょう。そうならないようにする施策が必要です」
村を作ったが、恨まれて裏切られたら大失態だ。かといって、善意に頼るのなら馬鹿者である。実利が絡んだ楔が必要だ。
「街がないと村が立ち行かないようにする必要があるな。村の生活必需品が街からしか手に入らないようにするのは簡単だ。何せ村には産業がない」
自分で考えておいてなんだが、あくどい発想だ。
サイメイがユウトに尋ねる。
「傭兵業で金は入りますが、村に物がない状態にするだけでは不安です。山の民は独自の文化圏、経済圏を持ちます。山の民には援助や商取引による懐柔が可能です」
サイメイの指摘はもっともだ。解決法も知っている。
サイメイはユウトの口から言わせたいとみえる。
「傭兵村の子供は街で無償の教育を受けられるようにする。また、老いた者には年金を支給して麓の村や街で暮らせるようにする。福祉政策の名を借りた人質作戦を取る」
街に子供や親がいるのに、反乱を起こすなら相当な覚悟がいる。純然たる人質ではなく、教育を施すのであれば、傭兵村の人間にもメリットはある。
「よろしいのですね」と澄ました顔でサイメイは確認する。やはり、サイメイはユウトと似た考え方を持っていた。サイメイの確認は内容の確認ではなく、覚悟の確認だ。
「傭兵村の開墾はテルマ様の希望でもある。やらない、できない、では東の地は危ない」
傭兵村の方針は決まったが、問題は誰を初代村長にするかだ。作る村が村だけに、下手な人員を配置すれば、村は一年と続かないで崩壊する。
サイメイはユウトの心配をよく理解していた。
「村長の人選を開始します。選抜法は考えております。村長候補が決まりしだい、知らせます」
サイメイの次にリシュールがやってくる。
「街に良い人材が集まっています。登用したいのですが面会していただけますか」
役人の雇用は役所に任せている。普通の登用ならサイメイやリシュールがする。
庄屋であるユウトの許可は必要ない。
面接をユウトにさせるのなら街の幹部候補にしたい人物だ。
「よし、会おう」とユウトは決断する。夕方には二人の人物がやってきた。一人目は細身の中年、金髪で白い肌の男性。顔には少し陰がある。第一印象は裏通りの故買屋だ。リシュールの紹介でなければ会わなかった。
男が少しだけ頭を下げて挨拶する。
「名はモルタと申します。得意なことは特になく。不得意なことは世の一切のことです」
やる気がないのか、馬鹿にしているのかわからない。リシュールが屋敷に連れてきたのなら、能力はある。優勝な人物を迎えるのなら、上から物を言ってはいけない。
「モルタさんに質問です。貴方は街にどのように貢献できるのですか?」
ユウトの問いにモルタは皮肉っぽく笑う。
「庄屋様のためではなく、街のためですか? ならば、庄屋様が街に害悪を広める存在ならば斬ってみせましょう」
随分と失礼かつ好戦的な奴だが、リシュールはモルタの言葉を止めない。
面接はユウトがモルタを見極める場であるが、モルタがユウトを試す場でもある。
「街に害悪を広めるといいますが、モルタさんのいう害悪とはどんなことでしょう」
「人民に重税を課し、享楽に耽る。耳に痛い意見する者を投獄し、甘言を囁く者を重用する。暴力を持って意を通し、人の命を軽んじる。権力を求めて争いを呼び、人心を顧みない。法を弄び、世の中を窮屈にする、ことでしょう」
ユウトのことをどう思っているかわからないが、言っている内容はまともだ。
「全部やらねば問題ないのであれば、雇えますね。では、俺を斬れるか見定めたい。ライエルを呼んでください」
小間使いがライエルを呼びに行く間に、モルタは小首を傾げて質問した。
「庄屋殿は自分を善人と思っているのですか?」
正道を説く人間は必要である。だが、ユウトは正道を行く人間ではないと理解している。
「いいえ、俺はどちらかと言うと悪い庄屋です。でも、モルタさんの意見はもっともです。それにモルタさんが挙げる非道を全部やるような人間なら俺だって、そんな奴を斬りたいですよ」
ユウトの答えにモルタは考え込む。ライエルが来たのでモルタに尋ねる。
「俺を斬る気なら、護衛のライエルさんを倒さなければいけません。モルタさんにできますか?」
モルタはジッとライエルを見て答える。
「ライエル殿は斬れます。ですが、仲間が十人は欲しい」
ユウトはモルタの観察眼を認めた。ライエルは隻眼、隻腕で足も悪い。簡単に勝てそうな相手だが、サジでは敵わないほど強い。ライエルの力量をきちんと見抜くのならよい眼力だ。
確認のためにライエルにも尋ねる。
「モルタさんが十人の仲間を連れてライエルさんに襲い掛かってきたとします。ライエルさんは全員を倒せますか?」
ライエルはモルタをサッサっとだけ見て答える。
「全員は無理でしょうな。きっと斬られます」
モルタの言葉は正しい。モルタは観察眼が鋭いだけでなく、分析と予想の精度も高いと見込めた。
「決まりですね。モルタさんを雇いましょう。優れた人材はいつも不足する」
ユウトの決断にモルタがムスッとした顔で質問した。
「よいのですか? 俺は口だけで役に立たないかもしれないですよ」
「その時は放り出します。無駄な人材を雇えば、重税を課す必要が出る。役に立たない人間を傍にずっと置くなんて。享楽ではないですか」
ユウトの言葉にモルタはフッと笑った。モルタの登用は決まった。次はどんなのが来たのか気になる。