第百七十一回 雪山龍 対 伝説の存在たち
ユウトの決断にキリンも乗ってくれた。キリンが左に旋回した。コタロウの氷竜は右に旋回する。雪山龍と戦う危険な判断をコタロウが下したのも理解できる。コタロウはユウトとフブキを逃がすつもりだ。雪山龍を引き付けても、氷竜の全速なら逃げきれる。
コタロウにしたらユウトの判断は予想外のはずだが、氷竜の操作にブレはない。
ユウトたちを追っていた雪山龍には迷いが生じた。
飛竜は直進する。右からはキリンが突っ込んでくる。左からは氷竜が近づいてくる。どれに、どう対応したらいいか、雪山龍は迷っていた。
雪山龍にできた隙を両側から突く。氷竜の氷のブレスが雪山龍の目に命中する。氷竜のブレスは人を凍らし、樹木も砕く威力がある。だが、雪山龍は軽く目を閉じただけだった。
視界が塞がった時を見越してキリンが落雷を落とす。キリンの落雷は岩をも砕く。雷は雪山龍の眉間に直撃した。雪山龍はグッと目を閉じただけだった。
「雷のほうが効いているが、どちらも大したダメージになっていない。おそらく、雷が百や二百、当たっても倒せない」
攪乱するために、雪山龍の周囲を氷竜とキリンで飛ぶ。雪山龍は忙しなく動く二つの的に目をキョロキョロさせる。迷ってくれるだけで充分だった。フブキの乗る飛竜が逃げられれば目的達成だ。
雪山龍は目で氷竜を追うのを止めた。雪山龍はキリンを敵と認めた。
氷竜が動く。コタロウは迷わず離脱する判断をした。冷たいようだが、コタロウの判断は正しい。
氷竜のブレスはキリンにも効果がある。キリンの落雷も氷竜に効く。同士討ちになれば雪山龍にやられる。キリンで注意を惹きながら氷竜が逃げる時間を稼ぐ。あとはキリンを駆って全力で逃げればいい。
雪山龍が大きく口を開けた。雪山龍が息を吸い込んだ。強い風とともにキリンが吸い寄せられる。キリンが逆方向に逃げようとしても無駄だった。雪山龍の大きな口が迫る。
吸い込みの威力が強いのか、カトウがキリンから投げ出された。いけないと、ユウトは焦った。カトウが雪山龍の口内に飛んでいく。カトウが喰われたと恐れたが、カトウは予想外の動きをした。
雪山龍の口の上部に向かってカトウが流れる。カトウは雪山龍の歯に立つ。吸い込みの力を利用してカトウは駆け上がった。雪山龍の歯、唇、髭、を足場として高速で登っていく。カトウが登った場所から雪山龍に付着した雪が落ちた。
カトウは力の流れ威力を利用していた。そのまま、雪山龍の顔に着地して滑るように進む。仕込み杖の刃で雪山龍の顔を斬りながら駆け上がっている。
ユウトは驚いたが、雪山龍も驚いていた。キリンだけは驚いておらず、猛スピードで雪山龍の反対側にまわる。
雪山龍の頭頂部まで駆け上がったカトウは反対側に滑りながら斬る。雪山龍の頭の端から、カトウが跳ぶ。着陸地点にはキリンがいた。カトウがヒョイとキリンの背に立つ。
雪山龍がキリンに向き直った。雪山龍は口から雪を含む大量の風を噴いた。キリンは雪山龍のブレスの上に移動する。カトウが再び跳んだ。カトウは雪山龍のブレスの上を走った。
単なる冷気なら上を走る芸当は不可能だ。走れる足場になる雪や氷が含まれていたために可能だった。
「理屈ではわかるけど、やる奴はいるか? また、いきなり見切るとかあるのか」
ユウトの驚きは雪山龍の驚きでもあった。ブレスを足場にしてカトウは再度雪山龍に乗る。そのまま勢い付けて右方向に斬りながら走る。キリンも高速移動して、カトウが下りる位置に移動した。
できて当然といわんばかりの行動だった。カトウがキリンに飛び乗る。キリンはカトウを乗せて斜め上に飛んだ。適度な高さで勢いに乗ってカトウが跳躍する。カトウは滑りながら雪山龍の頭を斬っていく。雪山龍から飛ぶ時にはキリンがやはりいる。
カトウの仕込み杖には猛毒が塗ってある。仕込み杖は名のある名工が鍛ええた逸品。それでも雪山龍の大きさを考えれば殺せはしない、はず。はず、なのだがこのまま一撃も受けず、雪山龍の頭の上を走りながら斬り続けるとする。時間は掛かるが、雪山龍を倒せるのではないか?
おおよそ不可能だが、できるように思えた。ユウトの考えと雪山龍の思考は近かった。雪山龍は同じことを考えたのか距離を空けた。絶対に倒せないと思っていた敵が、引いた。
ユウトと雪山龍の考えた内容は同じだが感情は異なる。キリンとカトウのコンビネーションにユウトは希望を見た。雪山龍は怖れを抱いた。雪山龍の感情の変化をキリンは見逃さなかった。
カトウがさっとキリンに跨る。好機とばかりキリンは駆け出した。キリンの四つの足に黄色い炎が灯る。キリンは光の筋になり進んでいく。いままで見ていたキリンの全速は全速ではなかった。
本気になったキリンは矢より速い。キリンが本気になると空気抵抗を無視するのか風を一切感じない。周りの風景がどんどん流れてゆく。キリンの本気の加速は一分と続かない。
加速が終わると急減速を始め、いつもより遅くなる。振り返ると、雪山龍は影も形もない。戦う気だった雪山龍だが、怯んだ隙に迷いが生じた。
迷っている間に、想像以上の速度でキリンに逃げられたので雪山龍は追うのを諦めた。
仮にユウトの予想に反して雪山龍が全力でキリンを追うとする。追いつかれたのが街の近くなら、雪山龍は呪物の影響で動きが制限される。街からも攻撃される。雪山龍は体が大きいだけの馬鹿ではない。無謀な行動には出ない。
最後まで気は抜けないが、当面の危機は回避した。
ユウトが安心するとカトウが後ろで悔しがる。
「大物を仕留められなかった、か。仕留めれば歴代で最高の大きさじゃ。ちと、無念じゃな。庄屋様が無事なのでよしとしようかな」
雪山龍の大きさを考えれば殺すのは無理だ。だが、カトウだけは本気で雪山龍を倒そうとしていた気がしていた。もし、カトウが敵のままでユウトを狙っていたら、ユウトは助かる気がしなかった。
「敵にすればこれほど恐ろしい奴はいない。味方にすればこれほど頼もしい奴はいない」そんな言葉がカトウには当て嵌った。