第十七話 死の匂い
村の未来を決める草案ができた。待っているが、エリナはなかなか来ない。
その内、冬の足音が聞こえてくる。
村に雪は降らない。しかし、外に水桶を置けば氷が張る程度には気温が下がった。
郵便配達人が廻状を持ってきた。郵便配達人の顔色は良くなかった。
「どうしました。具合が悪いのなら休んでいきますか」
「庄屋様、この付近でアンデッドが出る噂を御存じですか?」
噂は知らない。この村に来てからもアンデッドを見た記憶がない。
「知りませんね」
「他の村では墓が荒らされていると聞きます。また、女の霊の噂も耳にします」
女の霊と言えばバンシーが有名である。
アンデッド・モンスターのバンシーは力が強くない。タフさもない。
だが、バンシーの鳴き声には人の精神を狂わす作用がある。
侮って全滅したパーティの怪談は冒険者の定番である。
「気を付けますね」
郵便配達人は帰っていった。近隣の村はまだ土葬。
ただ、ユウトの村で多くの遺族からはお骨だけでも先祖のお墓に入れたいとの要望があった。遺体は保管にも運搬にも不向き。なので、ユウトの村は火葬である。
アンデッドね。よい気分はしないね。
郵便配達人が帰ると、カクメイが来る。
カクメイの顔が珍しく曇っていた。
「ゴブリン・ロードの死体を調べた。奴は異界からの転生者じゃった」
俺と同じく外からきたのか。軽い感じで訊く。
「なにか問題ですか?」
「異界からの転生者は世に災いをもたらす悪魔じゃ」
驚いた。そんな話は誰も教えてくれなかった。
まさか、常識が変わったのか。有り得る話だった。
常識なんて文化や風習によって違う。
元の国では問題なくても、国が替われば重罪は有り得た。
まずいね。こんなところで統治国が変わった影響が出るとは思わなかった。
知らぬ振りを決め込む。
「そうなんですか、知りませんでした」
カクメイは見せたことのない残忍な顔で言い切った。
「異界からの転生者なぞ火炙りにするに限る」
罪を犯したわけでもないのに火炙りか。よっぽど嫌われているようだな。
「それと庄屋殿にお願いがある。金のかかる話じゃ」
今度はなんだ。何をお願いする気だ。
「魔法の農機具がほしい。スプリンクラーじゃ」
農繁期は終わった。畑で作物は作っていない。
カクメイさん、来年は農業に手を出すのか。
不思議だった。カクメイは国から多額の年金をもらっている。
スプリンクラーが高価だったとしてもカクメイなら買える。
倹約家だな。お世話になっているからいいか。一つプレゼントしよう。
「一つでいいですか?」
「百は欲しい」
「そんなに? どれだけ広い畑を開墾するつもりですか?」
「これは村の存亡に関わる買い物になる」
なにか、考えがあってのことか。
カクメイが見積もりを出す。結構いい金額だった。
「わかりました。お金を出しましょう」
カクメイは報告が済むと出て行った。
カクメイの孫娘や、ハルヒとの結婚はこれで消えたね。
スプリンクラーの件はともかく、転生者が悪魔の如く扱われているという情報が早い段階でわかって良かった。俺の正体がエリナに知られたら罷免では済まんな。
でも、これまずいね。マオ帝国が倒れる兆しはない。
少なくとも俺が死ぬまで村は帝国領だ。この先、ずっと隠し通さないと。
ぼんやりと思う。ゴブリン・ロードも自分のために戦ったのかな。
商人の行動に変化が現れた。
商人は明るいうちに来て、一泊してから明るくなってから帰る。
夜間での行動を控えていた。
「どうしたんですか?」と尋ねた。
怯えた顔で若い商人は答える。
「出るんですよ。アンデッドが」
「見たんですか?」
商人が身震いする。
「恐ろしい内容で脅かさないでください。遭ったら終わりですよ」
本当かな? 疑わしいが、色々な事態を想定してこそ立派な庄屋だ。
ロシェに相談にいく。
「噂のアンデッド騒ぎをご存知ですか?」
ロシェはさらりと認めた。
「知っておるよ」
「ここいらにアンデッドが出るなんて、嘘ですよね?」
「どうじゃろうな」
ロシェの歯切れは悪い。肯定も否定もしない、だと。
まさか、本当にいるのか?
ロシェの顔を凝視すると、困っていた。
「今日は忙しい。帰ってくれ」
追い返された。帰ろうと兵舎を出る。兵舎に軍の早馬が入ってきた。
なんか、非常に嫌な予感がする。
家に帰ると、ハルヒが困惑した顔で待っていた。
「庄屋様、さっきコサン曹長がきて食糧蔵の鍵を借りていきました」
きたね。軍事行動用の兵糧のチェックだね。
間違いなくなにか、悪いことが起きている。
「宴会でもやるのかな?」ととぼけておく。
不安になったので教会のペドロ司祭を訪ねる
ペドロは禿げあがった頭の髭の司祭だった。
体格は熊のように大柄である。
「司祭様。アンデッドが村の付近に出るのでしょうか」
ペドロはむすっとした顔で答える。
「聞くな」
疑惑は確信に変わった。出るな、これ。
「聞き方を変えます。アンデッドってどれくらいの強さなのでしょう」
ペドロは明らかに会話に乗り気ではなかった。
「弱い者から強い者までいる」
「仮にここら辺にでるとしたらどんな種類でしょう」
「ゾンビかグールだろう」
なんだ、大して強くない奴だ。
ゾンビならゴブリンと強さは変わらない。少し安心した。
ほっとすると、ペドロが怖い顔で注意する。
「ゾンビを舐めるな。ゾンビ・マスターに率いられたゾンビは格段に強い」
「どの程度に?」
「動きは遅くとも、力が強い。小手を握りつぶし、兜を噛み砕く」
俺の想像したゾンビと違うな。
ペドロが怖い顔で苦々しく語る。
「なによりもタフだ。鎚で頭を砕いても簡単には倒せん。弱いが再生能力も持つ」
ちょっと待てよ。これはフラグか?
まさか、そんなゾンビの集団が村を襲ってくるのか。
ファンタジーの世界なら聖水とかで防げんのか。
嫌な予感しかしなかった。
「なにか対処法はないんですか?」
「ゾンビ・マスターを討つことだな」
それができれば苦労しないよ。
「他には」と尋ねると、兵士が教会にやってくる。
兵士は緊張していた。
「司祭様、急いで兵舎まで来てください」
ペドロがユウトに向き直る。
「急用ができた。これにて失礼する」
教会の外に出ると、夕焼け空が広がっていた。
まさか今夜ってことはないよな。
俺はゾンビ映画って嫌いなんだよな。
村の周りを歩くと、警備が強化されていた。
ロシェはなにかに備えていた。
来るなよ、来るなよ、と念じて眠る。