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百六十九回 伝説の暗殺者 対 山の暗殺者

 飛竜が飛び立つ場所を確保するので、ダミーネとフブキと七人の冒険者が残った。


 最初はフブキも来るつもりだったかもしれない。だが、コタロウとカトウが一緒であれば問題なしと判断した。


 飛竜を見張るのも重要な仕事だ。氷竜の卵は取れたが、飛竜がいなかった、では意味がない。さすがに歩いて街までは帰れない。


 フブキが飛竜を見張っていてくれるなら、安心だ。コタロウ、カオリ、カトウ、ユウト、冒険者五人で一団となって進む。


 隊の中で最弱はユウトなので足を引っ張らないようにしなければいけない。風と雪が強くなってきた。天候がさらに悪化すれば集団がバラバラになりかねない。コタロウが先頭を行くので、話し掛けられない。


 隣にいるカトウに代わりに尋ねた。

「皆をロープで結んで逸れないようにする処置は必要でしょうか?」


「止めたほうがいいでしょう。襲撃が有れば全滅する」


 ロープが絡まったら思うように戦えない。現在地は敵の占領地などで危険なのはわかる。ただ、ユウトの不安は尽きない。


「このまま風雪が強くなれば視界がゼロになる。逸れる危険がありませんか?」


 怖れも不安も抱かずカトウが説明する。

「脱落者は出るかもしれませんな。脱落した者の生存はない」


 やっぱりかとユウトが苦く思うと、カトウが言葉を続ける。

「庄屋様は大丈夫ですよ。儂かコタロウ殿がどうにかします」


「他の者はどうなります」


「だから、死ぬと言っているでしょう。危険性は事前に説明していました。死ぬのが嫌なら来なければよかったのです。仕事とはそういうものです」


 常に命のやりとり取りをしていたカトウにとって死は身近なものだ。できない仕事を請け負ったら死ぬのは当然の考え。暗殺者の常識だ。


 他に迷惑を掛けたくはない。ユウトは逸れないように必死で従いて行く。歩きづらい雪道を進むこと三十分。山の中に開いた穴が見えた。


 コタロウが足を止めて、命じる。

「ここからは俺とカオリだけで行きます。竜を眠らせたら教えるので待っていてください」


 魔術を使う女性冒険者が興味を示した。

「竜を眠らせるってどうやるの?」


「秘密です」とコタロウが答えると、女性冒険者はまだ食い下がろうとした。だが、仲間に袖を引かれて黙った。命令違反した場合のカトウの行動を警戒してだ。


 コタロウとカオリが洞窟の中に入った。辺りは静かに雪が吹いている。穴の中に入れば風雪は防げるが、誰も入ろうとしない。かといって、警戒を怠ったりはしない。静かな風の音だけが流れる。


 コタロウとカオリが戻ってきて、コタロウが命じる。

「氷竜を眠らせました。卵を取りに行きます。皆さん従いてきてください」


 ここでカトウが口を挟んだ。

「儂と庄屋様はここで見張っています。卵取りはコタロウ殿にお任せします」


 カトウの言葉に疑問を感じたが、ユウトはすぐに悟った。近くに誰かが潜んでいる。

 ユウトには全くわからないが、カトウは気付いた。


 コタロウもカトウのいわんとすることを察したと思われた。

「では、お願いします」とコタロウは素っ気なく応えると洞窟に入った。


 冒険者を見送る。カトウが雪原の一点をジッと見つめていた。誰かがそこに潜んでいるのかと思う。だが、ユウトには雪しか見えない、違う場所で雪を踏む音がする。


 視線を向けると、誰かがいた。種族や顔はわからない。一瞥もしないでカトウが敵を褒める。

「お若いの、よく我慢できたな」


 カトウは相手の攻撃を誘っていた。相手は誘いに乗る寸前でカトウの罠に気付いた。カトウの腕の凄さを知り敵は攻撃を止めた。攻撃を途中で中止したのでカトウからの攻撃はなかったが、敵は姿を見せざるをえなかった。


 達人同士の駆け引きだ。相手からしわがれた声がする。

「野外で私の気配を知るとは中々にやるね」


 声は老婆だが、カトウは若いと表現していた。声は偽装されたものだ。


 カトウは仕込み杖に手を掛けたまま視線を動かさない。

「いやいや、注意せんとわからんかった。大した腕だ」


「高く評価してもらってありがたい。ならその杖を抜いたらどうだ」


 カトウは仕込み杖に手を掛けているがいまだ抜いていない。

「戦い方の指図は受けんよ」


 一瞬シーンとなる。次の瞬間カトウが動いた。カトウはいつの間にか振り向いていた。カトウが持つ杖に仕込まれた刃が見えた。だが、いつ抜いたのかわからない。刃は曇りなく、血にも濡れていない。


 カトウが一撃で仕留めそこなった。視線を彷徨わせるが、雪山に誰も見えない。白い雪の上に血の色もない。


 カトウはゆっくりと仕込み杖を仕舞う。

「逃がしてしまいました」


 敵の増援が来る。ユウトは焦ったが、カトウは平然としていた。

「心配は無用です。手応えはありました。直に毒が回ります。本来なら助からないでしょう」


 言い方に含みがある。普通なら死ぬが、普通ではないので、生きていると取れる。

「また来るでしょうか?」


「今日は襲って来ないでしょうね。今の状態では殺せない。達成が不可能な仕事はしてはいけないのがこの業界の鉄則です」


 確実にやれないとわかれば手を引く。相手もプロだ。


 カトウがニコリとする。

「噂をすれば、なんとやら。仲間が担いで退散しました」


 何人かいたかわからないが、敵は複数だった。


 ユウトは疑問をカトウにぶつけた。

「なぜ一度には襲い掛かってこなかったんでしょう」


「一度に来れば儂を殺すことはできたでしょう。だが、その後が続かない。庄屋様は殺せない。氷竜の卵も持っていかれる。信じ難いからこそ、少ない犠牲で確認しておく必要があったんでしょう」


 死に直面していたとカトウは分析しているが、好々爺の顔は崩れない。

「老いぼれを一人殺しても、任務が達成できなければ無意味ですからな」


 山の民は警戒していた。精鋭を使い待ち伏せもしていた。最高の手札を使ったが、ユウトの手持ちのカードのほうが強かった。


 これはもう迂闊に山に竜の卵を取りに入れない。寒さを感じると、コタロウとカオリが戻ってきた、籠の中にはきちんと卵が入っている。あとは無事に帰るだけだが、簡単に帰れるかは未知数だった。

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