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第百六十八回 竜の卵

 まだ暗く、小雪がちらつく中、氷竜の卵取りのメンバーが揃った。冒険者が十三人、乗用飛竜が五頭と、前回より規模が大きくなっている。


 フブキの補佐にはダミーネが付く。コタロウの補助にはカオリが付く。ユウトの護衛にはカトウが付いた。カトウの参加は疑問であるが、腕には心配はない。


 カトウの腕なら一人で竜一頭を仕留めても不思議ではない。顔と名前を知るメンバーには不安はない。ただ、冒険者には不安があった。腕はそこそこに立つのだろうが、気の緩みが見えた。


 出立前にフブキから注意がある。フブキは厳しい顔で伝える

「これは重要かつ危険な仕事だ。命令違反は死罪にする」


 前回は十人でいって三人が死んでいる。フブキは前回同行していないが、仕事の困難さは理解している。冒険者は特に異を唱えないが、フブキの言葉を本気にしてもいない。まずい、予感がした。


 それぞれが飛竜に乗り込む。ユウトはコタロウの操る飛竜に乗った。


 同じ飛竜にはカトウが乗っていた。ユウトはカトウに尋ねた。

「俺の護衛をやっていただき助かりました。カトウさんが一緒なら安心です」


 ユウトの言葉に素っ気なくカトウが答える。


「勘違いしてもらっては困ります。儂は護衛の仕事は不得意です。庄屋殿を狙う敵がいるとする。儂は庄屋殿が殺される前に敵を殺すだけしかできん」


 同じ内容ように感じるが、カトウは違うと思っている。それでも問題ない。


 次にユウトはコタロウに尋ねた。

「今回は上手く行くでしょうか?」


 飛竜を操るコタロウはユウトに背を向けたまま答える。


「犠牲者は出したくない。ですが、出ないとは、保証できません。竜の卵を採取するとはそういうことです。もし俺が亡くなった時はカオリが跡を継ぎます」


 かつてコジロウと名乗った少年はコタロウの名を継いだ時から変わった。覚悟が備わった。目の前にいるのは異国の街に住み、竜士として一門を興そうとする一人の男だ。コタロウはユウトより若いが早くも独り立ちした。


 山の天気は変わった。先ほどはどんよりと曇っていただけだった。


 風も出てきた。小雪もちらついてきた。雪山での悪天候は敵より怖い。日帰りする予定なので、水も食料も一日分しか用意してない。


「ボエー」と遠くで何か叫ぶ音がした。風の音ならいいが、何かの魔獣や竜なら危険だ。


 ユウトの不安にコタロウが応える。

「雪山龍の鳴き声です。冬の到来を喜んでいるのでしょう」


 嫌な名前を聞いた。街に発展する前の村を襲った龍が近くにいる。あの時は撃退できたが、できれば二度と会いたくない龍だ。


「氷竜の巣の近くにいたら大変だな。襲われたら全滅もある」


 コタロウは当然のように答える。


「雪山龍は近くにいます。それゆえ、魔獣ブラコも山の奥に逃げているでしょう。山の民も雪山龍を怒らせるのを危惧するはずです。竜による空中戦は挑んできません」


 氷竜の卵を山の民は街に渡したくはない。だが、雪山龍を怒らせた場合は山に住む者のほうが被害は大きい。だからこそ、氷竜の卵を取るチャンスだった。コタロウの考えは大胆なのか、細心なのか、判断がわかれるところだ。


 飛竜が高度を下げて雪山に着陸する。下りた場所は大きな岩の後ろだった。大岩の後ろなら雪が少なく、対象なりとも風も防げる。


 山の斜面には雪が残っているので雪崩への警戒は必要だった。全員が降り立った。卵を入れる籠は二つ用意されている。一つはカオリが背負い、もう一つはコタロウが背負う。


 冒険者の若い男が、籠を面白そうに見て提案する。

「これが氷竜を入れる籠か。俺が背負いたい。それくらい、いいだろう?」


 冒険者の言葉にコタロウが注意する。

「ダメだ。卵の搬送は簡単ではない。前もって訓練したおいた者でも失敗する。ここでの役割変更は認められない」


 冒険者は自分より若いコタロウが仕切るのが気にいらないのか、おどける。

「たかだがでかい卵を運ぶだけだろう。俺だってできるよ。やらせてくれ」


 困った人だと、ユウトが注意しようとするとカトウが先に動いた。カトウが目にも留まらぬ早業で、冒険者に何かをした。冒険者は地面に倒れてピクピクと痙攣する。


 平然とカトウは冒険者を見下ろす。

「命令違反は死罪、と説明はあった」


 倒れた冒険者の仲間の四人が武器に手を掛ける。仲間割れかとヒヤリとした。止めてもらおうとフブキを見るが、止めようとはしていない。フブキは武器に手を掛けない。


 厳しい顔でフブキは冒険者に忠告する。

「死にたいなら、武器を抜け。お前らが死んだあとのことは気にするな」


 倒れた冒険者はピクリとも動かなくなった。


 冒険者はカトウを見るが、一人、また一人、と武器から手を放す。冒険者は仕事を舐めていた。だが、相手との実力差はわからないほど、馬鹿ではなかった。


「わかりましたか」と、コタロウが冒険者に冷たい顔で確認する。

 冒険者から返事はない。「返事は?」とフブキがきつく言うと。


「はい」「はい」「はい」「はい」と四人が下を向いて答える。


 カトウが呆れた顔で釘を刺す。

「今度だけじゃからな」


 杖で倒れた冒険者の胸をカトウがガツンと突く。死んだと思っていた冒険者が「ガハ」と大きく息を吐くと、せき込みながら忙しなく息をする。


 ビックリした。カトウが行ったのは相手を仮死状態にする攻撃だった。


 ユウトはホッとしたのでカトウに話し掛ける。

「驚きました。てっきり本当に死んだのかと思いました」


 カトウはこともなげに返した。

「あのまま何もしなければあと二十秒くらいで死んでおった」


 カトウの言葉にユウトはドキリとなった。


 苦しい顔で上半身を起こした冒険者に優しい顔でカトウが教える。

「賢い仲間を持って助かったの。お主の仲間が馬鹿なら、お主はあの世で仲間と再会じゃったぞ」


 カトウの言葉を聞いて冒険者の男は青くなった。冒険者の全員が無言になった。冒険者は仕事がら色々な人間と仕事をする。


 冒険者の命を軽く考える依頼人はいる。カトウも同じだが、命そのものへの考え方が根幹から違う。仕事中のカトウは人として異質だった。

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