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第百六十六話 新年のバタバタ

 新年が始まった。今年もまた資金繰りで頭を痛めそうだった。市場経済の発展、銀山の安定稼働、村の人口増加と外から見れば景気が良く見える。だが、内情はとても苦しい。


「このままだと、業績好調で潰れる黒字会社の様相だ」


 戦争が進んでいるせいか、召喚石の価格は上がっている。山からしか手に入らない軍需物資なので価格は高く、利幅も大きい。だが、街には帝国軍師テルマの密偵がウロウロし出している。


 テルマは密貿易に気付いているだろうが、まだ見逃している。だからといって、取引の量を増やせば危険この上ない。


「税金の値上げや、新たな課税をすれば物流が滞るからやるわけにはいかない」

 奇策に出るには、時節を見る必要がある。まだ、その時ではない。


 やるとすればまだ発展が遅れている西の三村を開発するのが安全ではある。西の三村は平地が少なく農作業に不向きな土地である。山から流れる河のおかげで水には困らず、水産物があるが、あまり高くは売れない。


 西の開発計画をどうしようかと思案していると、ママルが呼びにくる。

「僧正様、本山から新年の挨拶にリーが来ました」


 庄屋にとって年初めはお付き合いの季節である。色々な人が来る。付き合いは年々多くなるが、面会制限はしない。ユウトが不機嫌だったり、暗かったりすればよけいな事を詮索される。


『庄屋は元気です。街の未来は明るいです』と振舞っておかねば危険である。

 リーに会うと、リーは表向きかもしれないがニコニコと挨拶をしてくる。


「僧正様に置かれましては、御健勝のことお喜び申し上げます。信徒の手本となられ日々邁進されているお姿に一同安堵しております」


 ユウトも定型的な挨拶を返す。最初は敵視されていたが、今ではすっかり機嫌がよくなった。ユウトの委任姿勢が高僧に都合がよく、よほど気持ちよいとみえる。


 リーが目録をユウトに渡した。

「本山の運営は滞りなく進んでおります。信徒からの寄進も増えました。本山だけで教授するのは心苦しいので、わずかではありますが、祝いの品としてお持ちしました」


 新年の祝いに本山が土産を持参した過去はない。目録を確認する。


 様々な高価な品が載っている。ありがたいが、逆に怪しい。

「立派な品の数々ですね。本山の周りは景気がいいのですか?」


「世に天哲教が広まり、信徒が増えました。皇帝陛下も人民の心の支えとなる教えにとても共感しております」


 リーはハッキリとは言わなかった。ユウトは言葉の裏を読んで尋ねる。

「大僧正代行となられたウンカイ様の手腕ですか?」


 ユウトの問いにリーは頷く。

「天哲教の教えはウンカイ様により広範囲に伝わっております」


 利益を地徳派だけで独占せず、人徳派にも回してきた。実績で周りを固め大僧正の地位を確固たるものにする気だ。商売家がある宗教家にいい気はしないが、大庄屋と兼務のユウトに文句はいえない。


「ウンカイ様には直にお会いして礼を言いたいのだが、俺も忙しい身。あとで書状を送るので人徳派より届けてほしい」


 明確には宣言しないが、ウンカイ支持を継続すると仄めかしておく。贈り物には感謝しているのは本当だが、理由は別にもある。


 ウンカイが権力に固執するなら、ユウトからのメッセージを伝えないのは危険である。疑心暗鬼になったウンカイが暴挙に出ないようにするための支持を匂わす書状だ。


 ユウトの言葉を聞いてリーは満足して帰った。


 リーが帰るとママルがやって来る。ママルの顔はちょいと渋い。

「よろしいのですか? 本山の鼻垂れ共に気を使って。天徳派との溝は深まります」


 ダメとは言わないが、ママルはリーたちの方針に不満を持っている。同じく考える人徳派の僧も多いと予想できた。


「ウンカイ様へはお礼の書状を送ります。アモン様には新年の挨拶の書状を送ってください」


 ユウトの命令にママルが畏まって確認する。

「僧正様からアモン様へは何かを贈りますか?」


「贈らなくていいです。アモン様の性格から受け取るとは思えない。アモン様が街でこちらの動きを見ているなら、態度で示したほうがいい」


 物や金で好意を理解してくれる人間の方が付き合いはシンプルだ。ユウト側に金がない状況では行動で示すほうが有難く、またアモンにも伝わる。アモンにも敬意を払うユウトの姿勢を聞いてママルは満足した。


 次の新年の来客はムン導師だった。ムン導師は寺の代表としてやってきた。寺は人徳派で建てたが、運営は武僧に任せている。ユウトとしても寺の代表は人徳派がいいとは思わない。


 どの派閥の誰が代表でも、街の人が受け入れてくれれば問題ない。むしろ天徳派、地徳派、人徳派と喧嘩別れずに上手くやってほしい。


 ムン導師は一礼をしてから型通りの挨拶をする。ユウトも同じく返す。


 挨拶後にムン導師は微笑みを湛えて切り出した。

「庄屋様、寺院の運営についてご相談があります。寺院の運営を地徳派に任せてもらえないでしょうか」


 ムン導師の出身は地徳派である。街に来てからムン導師は地徳派を前面に出していない。何かあったな、とユウトは勘ぐった。


「ウンカイ様から何か言われたのですか?」

「いいえ、もう少し下の地位からの依頼です。地徳派に任せてもらえれば惜しみなく援助をしてくれます」


 素直に自分の出身派閥からの要請だとムン導師は認めた。ただし、ウンカイの指示は否定した。ウンカイが大僧正代行になったら、地徳派内でも権力闘争が始まった。


「街の寺は天哲教布教のために作りました。天哲教の武僧であれば誰でも受け入れます。特定の宗派に運営を任せたくありません。ムン導師のお考えをお聞かせください」


「街の寺は庄屋様と人徳派が建立した寺です。運営に地徳派が乗り出す必要はないでしょう。今まで通りが最適であり問題を起こさないでしょう」


 ムン導師といえど、地徳派内の権力闘争とは無縁でいられなかった。だからといって、権力闘争に加担する気はない。世の義理で付き合っている。


「寺に帰ったら、頭の固い人徳派の僧正は現行のままで行くと判断したとお伝えください。納得がいかないなら、ウンカイ様に直談判するともお伝えください」


 ムン導師はペコリと頭を下げた。

「助かります。私も喧嘩は他所でやってくれと切に思います」


 正直な感想だとユウトは感じた、これでムン導師の話は終わったかと思うが違った。

「ところで庄屋様、一つ儲け話があるのですがお聞きになりませんか?」


 地徳派の罠かもしれないが、聞くだけはタダである。

「いい話があるのなら教えてください」


 今度はユウトから頭を下げた。

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