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第百六十二話 赤と黒

 秋の陽気が心地よいある日の午後だった。昼食から帰ってくると、家の前に二人組の道化師がいた。道化師は武僧に芸を見せていた。道化師はタイツと膨らんだ道化服の上着を着ている。


 道化師は格好と顔の化粧は同じだが、被っている帽子だけは違う。片方が赤でもう片方は黒だった。

 ユウトが近くに行くと、道化師が芸を中断する。赤帽子の道化師がユウトに挨拶する。


「ごきげんよう庄屋様、旅の道化師で赤と申します。もう一人は弟分の黒です」

 陽気な口調の挨拶は気持ちがよい。赤が恭しく頭を下げる。


「我々の芸をお披露目したいのですがよろしいでしょうか。気にいっていただけたなら、パンの一切れでもお与え下されば光栄です」


 武僧も感心する芸なら立派なものだ。ユウトは興味を持った。

「どんな芸を見せてもらえるのですか?」


「未来を当てましょう」と道化師はポケットから骨製のサイコロを取り出す。


 指でサイコロを操り説明する。

「さてこのなんの変哲もないサイコロ、一から六までありますが、どの面が出るか当てて見せましょう」


 用意したサイコロを振るのだから何か仕掛けがあるに違いない。

 赤はサイコロの面をクルクルと回して見せながら尋ねる。


「ちなみに庄屋様はどの目が出るとお思いですか?」


 ユウトは思いつきで答える。

「一ですかね」


 大袈裟に赤が答える。

「なんと私と同じ予想だ」


 黒がサッとザルを取り出す。赤が中にサイコロを投げる。結果、出た目は一だった。

 仕掛けはあると思うが仕組みはわからない。


 赤はさらに尋ねる。

「では、次は何が出ると思いますか?」


「三ですかね」またも思い付きでユウトは答える。赤は大袈裟に驚いた。

「ややや、またも私と同じだ。奇遇ですな」


 赤がサイコロを振ると結果三が出た。どういう仕組みかわらかないが、赤はサイコロの目を自由に操作できる。


 赤がおどけて考え込む仕草をする。

「庄屋様も未来がお分かりになるとは驚いた」


「では」と赤が言いかけると、ライエルが屋敷の入口から声を上げた。

「庄屋様、急ぎで申し訳ない。こちらに来てください」


 芸を見ている最中だが、急ぎの用なら仕方ない。ユウトは財布から銀貨三枚を出して赤に渡した。

「用ができたのでこれで失礼します。パン一切れでは心苦しいので銀貨を差し上げます」


 赤と黒がペコリと頭を下げた。

 屋敷の中に入るとライエルが眉間に皺を寄せてユウトに進言する。


「あの二人は何か引っかかる。まるでこちらの考えを読もうとしている。そういう暗殺者が東の地に入ったとパヤ殿からの忠告がありました」


 道化師に不審な気配はなかった。サイコロの目を当てられるからといって、こちらの行動を予測できるとは思えない。


 最近、馬の事故に見せかけた暗殺が疑われるケースがあった。パヤの忠告なら、無視してはいけない。パヤに親切心かどうかわからないが、なんらかの裏付けがあると見える。


 ユウトは対策を尋ねた。

「怪しいだけで捕まえても、釈放しなければならなくなります。どうしましょうか」


「しばらくは寝る部屋を毎晩、変えてください」


 客間はいくつもあるので可能である。「庄屋は寝る部屋を気まぐれに変える」との噂でも立てばいい。ターゲットがどの部屋にいるかわからないのであれば、暗殺する側への牽制になる。


 ユウトはライエルの案を採用した。夜になるといつもより早く眠くなったので客間に行く。客間に行く途中でママルと遭った。ママルはユウトの行動に疑問を持ったのか、尋ねた。


「僧正様、客間の前でなにをしているのですか?」

「今日はここで寝ようとかと思いました」


 ママルはユウトの行動を引き留めた。

「止めたほうがいいでしょう。この客間のベッド・マットが壊れています。 寝心地はよくないと思われます」


 ママルがベッド・マットを壊れたままにしておくはずがない。昨日今日で壊れたと考えられた。屋敷にはある客間は一つではない。他の部屋にしようとすると、サジが現れた。


「僧正様、キリンが呼んでいます」


 キリンからユウトを呼んだのは初めての出来事だった。

「キリンは言葉を話さない。なんで俺を呼んだと思ったんだ?」


 歯切れも悪くサジが答える。

「俺にもわかりません。でも、そんな気がするんです」


 ママルの顔を見ると、ママルも不思議そうだった。キリンは天哲教の霊獣であり、ユウトの友人である。何か心配毎があるなら、放ってはおけない。ユウトがキリンの宿舎に行く。


 キリンはユウトが行くと横に寝ろといっている気がした。

「今日は不思議な日だな」と感じたが、こういう日もあってもいいとも思った。


 キリンは大事にされているので宿舎は汚れてはいない。ノミもいない。ユウトは初めてキリンの傍で眠った。


 眠ってどれくらいが経ったか、バタバタと足音がする。屋敷の中で何かが起きている。キリンの宿舎からユウトは出ようとした。すると、キリンがユウトの袖を噛んで引き留める。


 何か屋敷内でよくない事件が起きている。キリンの小屋の周りには見張りをする武装がいる。キリンは戦えるし、乗れば空に逃げられる。


「下手に動くのは危険だな」とユウトは判断した。耳を澄ましていると、警備の武僧が緊急事態を知らせる笛を吹く音がした。誰かが屋敷内に侵入した。焦げ臭くないので、放火はない。


 ユウトを狙った暗殺の可能性が高い。もし屋敷の内部に暗殺者がいるのなら庭の一角にあるキリンの小屋は安全である。ユウトは敷き藁の中に隠れて事態が過ぎるのを待った。


 静かになるとキリンが立ち上がった。キリンは扉の傍に行く。宿舎の窓の隙間からは光が入ってこないのでまだ夜だ。キリンは扉の前で蹄を鳴らして扉を開けるように催促する。


 外に出たほうが安全なのかはわからないが、キリンを信じた。宿舎の扉を開けてキリンと外に出た。キリンの宿舎の前に武僧がいたが深く眠っている。


 どういう手段か知らないが警備が破られている。屋敷の内部では魔法の光が灯っているのでやはり異常が起きている。


 扉を蹴り開けて、二人組の武僧が出て来た。恰好は武僧だが、顔は知らない。

 キリンの宿舎から出て来たユウトを見た武僧の二人は固まった。ユウトは相手が侵入者だと悟った。


 隣にキリンがいるがユウトには武器がない。キリンに乗って逃げるには相手との距離が短い。侵入者にすればユウトを殺す絶好のチャンスなのだが、侵入者はすぐに行動を起こせなかった。


 数秒をおいて侵入者の一人が鉈を抜く。鉈をユウトに投げようとしたところで、もう一人の侵入者が「止せ」と叫ぶ。


 声には聞き覚えがあった。昼の道化師の赤だ。とすると、鉈を投げようとしているのは黒だ。黒から鉈が飛ぶ。鉈は明後日の方向に飛んだ。


 黒が倒れた。黒の胸には矢が刺さっている。赤はユウトの暗殺を諦めて闇に走った。

 赤が消えるとママルと武僧が現れた。ママルは安堵していた。


「御無事でしたか僧正様、警備の隙を突かれました」

「無事だけど、もう一人の暗殺者は逃げた」


 ママルが暗闇に目を凝らすと、どこからかライエルの声がする。

「しばらくは安心でしょう。次に奴らが行動を起こす前には手を打ちます」


 ライエルの声には自信があった。おもえば、ライエルがユウトに寝る場所の変更を求めたからユウトは助かった。ユウトには無理だったが、ライエルは赤に読み勝った。

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