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第百六十一話 暴れ馬

 外食は気晴らしになる。特に今年はウズラが美味しい。東の地にもウズラはいたが。街まで出て来ることはなかった。街で売られているウズラは北国の兵士が持ち込んだ品種だった。持ち込まれた種と東の地の環境が合った。おかげで近隣のウズラは増えた。野生化もした。


 ウズラは農家にとっては害鳥だったが、少額でも利益になるとなれば扱いが変わる。兵士や冒険者の間でもウズラ狩りがよく行われる。ウズラは弓の的としては小さく、動きもする。弓を扱う人間が腕を証明するいい機会にもなっている。


 街は順調に発展している。人も馬も増えた。冒険者や兵士が多い街なので騒音や悪臭についてもある程度は許容されている。だが、今後の課題でもある。商業地区や工房地区でなくても街中で馬を見るので物流は盛んである。


 ユウトが歩いていると正面から老いた馬が手綱で牽かれてきた。ユウトは距離を空けて、通りすぎようとした。馬が突如として暴れた。馬の脚がユウトに向かう。老いたとはいえは馬の脚力は一撃で人を死に追いやる。


 咄嗟の出来事だったが、普段の鍛錬の賜物か回避できた。いきなり、馬に背を向けると危険である。ユウトの腕では見えない場所からの攻撃には反応できない。馬から視線を外さず適度に距離を取った。


 馬の主人は馬を宥めた。ユウトは安心せずにじっと馬の動きを観察していた。

 老いた馬だったので、パニックからも短時間で立ち直った。


 危機が去ると、馬の主人はユウトに謝りにきた。

「ウチの馬が迷惑をおかけして申し訳ない。年を取ってからは大人しくなったので、すっかり油断していました」


 街になってからユウトの顔を知らない人が増えた。

「街にはあまりこないのですか?」


 申し訳ないとばかりに主人は説明する。

「この街には初めてきました。この馬は人混みには慣れているはずだったので私も動揺しました」


 老婆・ロードの影響範囲は人だけにとどまらない。馬も街にきて急に元気になったので興奮しやすくなった。とするなら、馬の飼い主には注意をしておく必要がある。


「街の活気に馬も昔を思い出したのでしょう」

「まさか」と馬の飼い主は苦笑いする。


「いやいや、この街の活気は年寄も元気にするんですよ」

 あまり恐縮させるのも悪いと思ったので、別れた。


 屋敷に向かう途中、今度はロバが向かいから歩いてきた。先ほどの件があるのでいつもより余計に距離を空けた。


 安全かなと安心すると、ロバも暴れた。ロバは何を思ったのかユウト目掛けて突進してきた。殺意のある肉食獣の突進ではないので。狙いは定まっていない。


 それでも、ロバと正面衝突すれば、転倒がある。転んだ先に硬い物でもあり、頭を打つと死ぬ危険性もある。

 ミステリーでよくある『アレ』である。予想だにしない死だ。ロバの突進に対して身を捻って躱す。ロバはそのまま走りすぎるかと推察したが、違った。反転して向かってきた。


 ユウトの腰には剣があるが、抜きはしない。ロバといえど一撃で仕留めるのはユウトには無理だ。下手に剣を抜いてロバに突き飛ばされるとする。結果、自分の剣で死ねば間抜けもいいとこだ。ロバを回避すると、ロバは滅茶苦茶に暴れ回った。


 ロバの主人がどうにかロバを鎮めようとするが、上手くいかない。離れて様子を見ていると冒険者が駆けてきた。馬の扱いに長けた冒険者はよくいる。冒険者はロバの手綱を取ると数分で大人しくさせた。


 ロバの主人は冒険者に礼を言う。

 問題が解決したので、ユウトは場を去ろうとする。


 冒険者とロバの主人との会話が聞こえた。

「御主人、馬に小さな針が刺さっていました。この針に見覚えはありますか?」


「いいえ、そんな針は知りません」


 ユウトは思わず足を止めた。誰かが意図的にロバを暴走させた。もしかすると、先の馬も意図的に暴れさせたのか?

 動物を使い事故に見せかけて暗殺する。誰の仕業かしらないが、狙われる心当たりは有り過ぎる。


 辺りを警戒するが、怪しい人影はいない。意図的にやったプロがいたとする。人混みが多いので、ユウトには見つけるのは無理だ。いるのか、いないのか、がわからない。


「さっさと帰ったほうがいいか」


 そそくさと帰路に着くが不安になった。馬でもロバでも一頭だけだから、対処できた。


 複数頭が絡むのなら、身を守るのは難しい。馬を暴れさせ街を混乱させる策にでられたら厄介だ。

「街はある意味、交通戦争の危機にあるのかもしれん」


 道の利用に関するルール整備が必要かと頭も巡らせると、向かいから四頭立ての馬車がきた。荷物を運ぶ馬車なので馬の体格はいい。踏まれたら死ぬかもしれない。


 引き返そうにも馬の移動速度は速い。暗殺目的なら馬に背後から襲われて死ぬ。


 ドキドキしながらできるだけ道の端に寄った。

「庄屋様ではないですか?」


 呼び止められたので、馬からユウトの視線が外れた。


 先にはキリクがいた。キリクは任務中ではないのか、グリフォンと一緒ではない。剣こそ持っているが、鎧を着ていない。


「ひひーん」と馬が大きく鳴く。四頭の馬の全てが暴れ出した。馬はユウトに真っすぐ向かってきた。四頭の馬の一団の突進は人を軽く殺せる。


「まずい」と恐怖すると、キリクがサッと馬とユウトの間に入った。キリクはチョモ爺のような巨漢ではない。馬に踏み潰ぶされるかと冷やっとする。馬はキリクに向かって進んできたが、キリクの前で方向を変えようとした。


 馬はキリクを恐れていた。恐怖した馬たちはキリクの前から逃げようとした。だが、繋がれた四頭では統制が取れない。荷馬車はバランスを崩し横倒しになる。馬は進むも退くもできない。


 キリクが馬に近付き馬を見下ろすと、馬は静かになった。見れば馬はブルブルと震えていた。

「もう大丈夫だ」とキリクが優しく言うと、馬は腰が抜けたように動かなくなった。


 馬の扱いに慣れているというレベルではない。動物が本能的に「こいつには逆らってはダメだ」と判断した。


 キリクは剣の腕が立つ。それだけでは空飛ぶ魔獣のグリフォン・ライダー部隊の隊長は勤まらないと知った。事件が終わったあとに、荷馬車の持ち主が駆けてきた。荷馬車の持ち主はしっかりとキリクに怒られていた。


 動物を使った暗殺の可能性が濃厚になった。犯人は捕まっていないので、今後も似たような事件が起きる危険性はある。かといって、馬の流れを止めたら、経済が滞る。どうしたものか、と考えどころだ。


 キリクがユウトの方を向いた。

「事故処理の必要ができたので、また後で伺います」


 非番なら駐屯軍に兵を呼んで任せればいいのだが、途中で投げ出すのは性に合わないとみえる。

「キリクさんには助けていただいた。いつでも屋敷にどうぞ歓迎しますよ」


 ユウトの屋敷を訪ねてキリクが何を頼もうと思ったのか気に掛かるが。犯人が次に何をするかわからない。ユウトは早々に屋敷に戻った。屋敷でキリクを待つが、その日、キリクは来なかった。

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