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第百六十話 ただのカオリ

 人間はいくつになっても恋をする。老人とて例外ではない。ハルヒとチョモ爺なら祖父と孫ほど離れている。普通の恋なら応援したいが、これはさすがに無理だ。


 今回はハルヒを利用しようとしたムドウとは違う。相手は町の恩人であるチョモ爺である。強引な手は取れない。どちらも傷付けたくない。


「チャドさんが悩むわけだ」

「ハルヒさんと親父をデートさせてやりたい。きっと親父は長くない。最期の思い出だ」


 勘違いであって欲しいがおそらく当たっている。普段から接している息子のチャドだから気が付いた。


 老婆・ロードの能力により老化による健康状態の悪化は起きない。だが、死期が近づいてくると老人たちの中に悟るものがいる。人間が持つ勘だ。


「ハルヒを呼んで検討しましょう」


 滅多に頭を下げないチャドが頭を下げた。

「親父は死にかけていた俺を拾って育ててくれた。大きな恩があるが、俺はほとんど恩を返せていない」


 親孝行したいができずにいたのか。この機を逃すと親孝行はできずに終わる。

 センベイに頼んですぐにハルヒを呼んでもらった。


 ハルヒは手が空いていたのかすぐに応じてくれた。


 ユウトはハルヒに告げる。

「チョモ爺だが、もうあまり長くないそうだ」


 ハルヒは静かに答えた。

「知っています。チョモ爺さんをずっと見てきましたから」


 常にお年寄りの生活を見てケアしてきたハルヒだからこそわかっていた。


 ハルヒにチャドが頼んだ。

「笑わないで聞いてほしい。親父はハルヒさんに恋をしている」


「それも知っています。ムドウさんの事を話した時に焼きもちを焼いていました」


 ハルヒの態度には微塵も嫌悪がない。チョモ爺からの好意をきちんと感じ答えていた。


 ハルヒの答えにチャドは安堵した。

「なら頼み易い。最後に親父とデートしてやってくれないか」


 なんか上手くことが運びそうだと思ったら、ハルヒが断った。

「それはやりません」


 ユウトは驚いた。チャドも驚いた。ハルヒが言葉を続ける。

「チョモ爺さんは亡くなった奥さんを愛しています。下手に気を使うと返ってチョモ爺さんを傷付けます」


 亡き妻へ義理があるのか。最期だから他の女性とデートくらいしていいとユウトは思った。だが、ハルヒの考えは違う。


「チョモ爺さんは奥さんとの思い出を大切にしています。私とデートをすれば浮気をしたと自己嫌悪を抱くでしょう」


 力なくチャドが笑う。

「あるな。最期くらいではなく、最期だからこそ、恋心を胸に抱いてそっと死にたいのか」


 チョモ爺の体は熊のように大きいが、愛に関しては純情だった。


 ハルヒはチョモ爺の心を理解しているから、気付いていた。

「私は今まで通りにチョモ爺さんと距離を保ちます。ですが、チョモ爺さんと過ごす時間はいつもより多く取ります。それではダメでしょうか?」


 チャドはハルヒの提案に納得した。

「お袋が亡くなる時の話だ。親父はお袋の死期がわかっていたようだが、特別なことはしなかった。ただ、傍にいてやった。なら、同じように親父に接するのがベストなのかもしれない」


 ハルヒの洞察力の高さには感謝した。もし、ここで良かれと思い洒落たデートでも、と考えていたらチョモ爺を苦しめるところだった。方針は決まった。


 チャドは不安が解消されたのか、穏やかな顔で帰った。


 町にライエルが加わってくれたが、チョモ爺がいなくなるのは痛手だ。人材を登用しても、消えて行く。絶えず人材は補強しているが、層は厚くならない。


 チャドが帰るとママルがやってくる。ママルも静かにユウトに告げた。

「コタロウ殿が亡くなりました。ただ、コジロウ殿から葬儀は行わないとの報告を今しがた受けました。いかがいたしますか?」


 予期していたが、やはり人がいなくなるのは寂しい。コタロウは町の竜舎を預かる役人である。だが、コタロウは罪人の役目を引き受けた。


「コタロウさんの件についてはコジロウと話をしています。コタロウさんは若い竜士を生かすために罪人の汚名を着せます」


「畏まりました」とユウトの決定に対してママルは異を唱えない。

「コジロウにはコタロウを討った功績があります。なので、褒美の金子を与えます。金は俺が持って行きます」


 本来ならコタロウの葬式はきちんと出してやりたい。だが、それではコタロウの心意気を無駄にする。だが、何もしないのは気が引けるのでせめてもの処置だった。


 ユウトはコジロウの家を訪ねた。

 竜舎にいる竜もコタロウの死をわかっているのか静かだった。


 家の玄関に行くと、綺麗な黒髪の娘がいた。

「庄屋のユウトです。コジロウに会わせてください」


 娘はペコリと頭を下げた。

「コジロウさんの家に身を寄せているカオリと申します」


 カオリの顔にはまだ幼さが残る。コジロウより若い。かつてコタロウに連れられてやってきた、コジロウを思い出す。こんな幼い子を殺そうとするとは竜士の里長も惨いことをする。


 カオリの顔は沈んでいた。

「コジロウさんはいまコタロウ様の首を持って外出しております」


 亡くなってすぐにコタロウの首を斬った。コジロウには辛い仕事だ。早く決着させてカオリの身の安全を図りたいと見える。カオリの安全を確保する行動こそがコタロウの弔いになるとコジロウは理解している。


「出直します」とユウトが告げて帰ろうとした。


 カオリが悲し気な顔で質問する。

「私は生きていていいんでしょうか」


 カオリは助かった。だが、コジロウの大切な人と思い出を奪った。カオリは心を痛めている。

「貴女はコタロウさんともコジロウさんとも血縁がない。ただのカオリです。そこは間違わないでください」


「わかりました」とカオリは涙を溜めて答えた。

2024.12.18 他の作品が書きたくなったので一時、休止します。

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